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第33話 オウマ王国の使者 〜カルサダニア王国側〜 

 コトハたちがアーベルへの儀式を行ってから五日後。オウマ王国へと送った密書の返信が使者によって届けられた。

 現在、国王陛下の執務室内で、オウマ王国からの返信を携えた使者が頭を下げている。現在この場所には、ハワード、ヘクター宰相レナード第一王子アーベル第三王子の四名がおり、彼らは頭を下げている使者へと視線を送った。


「儂はハワード・デ・カルサダニアじゃ。オウマ王国の使者殿、長旅で疲れているところ大変申し訳ない」

「いえ、お気遣いありがとうございます。私はラウレンツ・ドゥンケルと申します。我が国の陛下からハワード国王陛下に密書の返信をお持ちいたしました」

「貴方がドゥンケル侯爵家の……」


 思わぬ大物にレナード第一王子は目を見開いた。

 ドゥンケル侯爵家と言えば、人族結婚の多いオウマ王国内で、珍しく獣人族との婚姻が多い家である。この家は子供も多く、戦いが得意な者は騎士団や近衛へ、それ以外の者は王宮に文官として出仕するか、侯爵家の役人として生涯勤める家だ。受け継いだ身体能力の高さから、非常に重宝されているらしい。

 現在侯爵家の当主であるラウレンツは、母が犬人族なのだそう。侯爵自身が非常に足が速いと有名だ。

 返信を手渡されたヘクターは、封を開けてからハワードへと差し出した。手紙を受け取った彼は、その内容を一通り読んだ後、ヘクターへ差し出す。


「なるほど、これは……」


 手紙を読んだ者たちは揃って眉間に皺を寄せる。最後に読んだアーベルは不快感を露わにしていたほどだ。そこには現状のドネリー家についてしたためられていたからだ。


 ドネリー家の前当主であるザイラ・ドネリーは流行病で亡くなっており、現在は子爵家からの入婿であるルッジエ・ドネリーが当主代理として業務を引き継いでいるらしい。だが、その当主代理や後妻が、ザイラ前当主の娘であり、正統後継者であるモイラが病弱である事を言い触らしているのだ。

 本当に病弱だったら仕方ない。そう思い影の調査が入ったのだが……現実は真っ黒。

 モイラは病弱でなかった。常に父ルッジエの代わりに全ての仕事をこなしていた。仕事が終わらなければ、父から折檻を受ける事もあった。また、後妻や義妹には常日頃から罵詈雑言を浴びせられており、彼女は萎縮してしまっているという。

 現在、モイラがいなければ業務は回らない。それにもかかわらず後妻の連れ子であるドナータを後継にしようと企んでいるのだ。


 ラウレンツは全員が手紙の内容を一読したと判断し、話し始めた。


「アーベル殿下の番の捜索に関しては、喜んで協力させていただきます。本日より三週間後に、我が国の第一王女の成人を祝う舞踏会が開催される予定です。今回は元々国内のみで執り行う予定でしたが、この機会に我が国で帝国の新たな神子コトハ様のお披露目、アーベル殿下の番を探すための場として利用していただけるよう、こちらで先に手配をかけさせていただいております」

「我が国はその場を提供してくれるのであれば問題ないが……帝国は了承してくれるかのう?」

「その件に関しては、文官の一人を帝国へと派遣しておりますので、連絡待ちでございます。先にイーサン殿へとご連絡させていただく予定ではありますが……」

「では、後ほど時間をお作りいたします」


 ラウレンツとカルサダニア側で話が進む中、アーベルは先程届いた手紙を今だに見つめていた。手紙を持つ手は震え、今にも紙を破りそうな勢いである。


「アーベル、落ち着け」

「……」 


 レナードがアーベルの背中をさすった事で、幾許いくばくか落ち着いたらしいアーベルは手紙を下ろし、ヘクターへと手渡した。だが、彼は怒りが収まらないのか、手をキツく握りしめている。


「モイラという女性がお前の番であるかは分からないだろう?」

「ああ、そうなのだが……もし俺の番がそんな事になっていたとしたら、と思ったら怒りが抑えきれなくて……」


 そんなアーベルを見て、ラウレンツは同意を示した。


「殿下、そのお気持ち、身に染みるほどよく分かります」

「……ラウレンツ殿も、そうなのか?」

「はい。私の母は犬人族でございますので……」

「……そうか。私は……いや、何でもない。先を続けてくれ」


 アーベルの怒りは治ったようだ。隣にいるレナードもほっと胸を撫で下ろした。


「今回の舞踏会では、王命で国内貴族全員の参加を義務付けております。国内全ての貴族が集まりますので、集合後に一度神子様に儀式を行なっていただくのはどうでしょうか? そこで番が判明しなければ、アーベル殿下の番は貴族では無いのだと判断できるでしょうから」

「それもそうですね。神子様は『ドネリー』という言葉のみで、それが家名なのか、領地なのかも判断つかないと仰っておりましたし……」

「ヘクターの言う通りだ。もしかしたらドネリー家のタウンハウスの近隣に住んでいる令嬢かもしれないぞ?」

「……ええ、確かにドネリー家は王都にタウンハウスもございます。虱潰しらみつぶしに探すよりは、良いのかもしれませんね」

「それにもし神子様の儀式でも判明しなければ、最悪アーベルにはご令嬢たちに目を合わせてもらって判断すればいいじゃろうし、何とでもなるじゃろうよ。あとは神子様のご協力がいただけるか、どうかかのう」


 番が見つかるのでは、という一筋の光がこの場にいる全員だけでなくアーベルにも射し込んでいる。ほっと安堵する父や兄の一方で、アーベルは何故か言い知れぬ不安を感じていた。

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