ギクシャクしたまま二人は正門の外へと出ると、コトハは人の多さに驚いた。丁度お昼休憩の時間帯らしく、本通りは活気で溢れている。コトハの故郷は基本祭り以外に村人が同じ場所へと集まる事はほぼない。そのため人混みが初めてであるコトハは少々尻込みした。
イーサンとコトハは肩を並べて歩いていく。だがどうしてもぎこちなくなってしまった。それは二人の外出は初めてだった事に気がついたからである。
人混みに紛れると慣れていないからかコトハの歩みは遅くなる。イーサンは人族よりも身長が高いため見失う事はないだろうが、少しずつ距離が離されていくのを感じて足を早めたその時、誰かの足につまずいてしまった。思わず目を瞑って衝撃に耐えようとするが、その前に何か温かいものにふわりと包まれる。
恐る恐る目を開けると、そこにいたのは申し訳なさそうな表情をしているイーサンであった。
「済まない、少々早足で歩きすぎた」
「こちらこそすみません。助けていただいてありがとうございます」
二人は往来の邪魔になるから、と一旦建物の側に避ける。そして改めてコトハは助けてくれた事に感謝をする。
「いや、俺も失念していた。王国の本通りには食堂や軽食を販売している店舗が多く出店しているから、この時間になると人でごった返す。俺は何度か訪れているから慣れてはいたが、君も大丈夫だろうと勝手に考えていた。もしかして人混みには慣れていなかったか?」
「はい。ここまでの人は初めてです」
イーサンも普段通りであれば、コトハは人混みが苦手であると判断しただろうが、今回は初めて二人での外出、という事で内心舞い上がっていた。そのため、彼女の些細な変化を見落としてしまったのだ。
彼は少し悩んでから、そっとコトハの目の前に手を差し出した。
「そうか……では良ければ、
そう言われてコトハは頬がぽっと赤くなる。彼が逸れないように提案してくれた事は理解しているし、身長差を考えると肩が一番良い事は理解できるのだが……今までの異性との触れ合いなど元婚約者であったズオウに物を手渡す際、手が触れたくらいなのだ。全く免疫がないと言ってもよいコトハは思わず赤面してしまう。
そんな彼女の姿を見て、イーサンはコトハの可愛らしさから「ん゛っ」と声を上げるが、慌てて咳をして誤魔化した。
「もし嫌なのであれば、違う方法を考えるが――」
「あ、いえ。嫌なわけではないのですが……あの、このような事が初めてで慣れていないので……」
間髪入れずに否定するコトハの様子にイーサンは内心大喜びである。その上、彼女の言葉をそのまま受け取って良いのであれば、コトハは異性との触れ合いがほぼ無かったのだろうと判断できる。
イーサンは湧き上がってくるほの暗い独占欲を押し込め、表情に出る事がないように細心の注意を払う。
「俺もこのような事に慣れているわけではないが、コトハ嬢が不快にならないように注意を払おう」
「……よ、よろしくお願いいたします……」
許可を得たイーサンはコトハへ笑いかけた後、肩を抱いて彼女の歩幅に合わせ歩き始めたのだった。
肩を抱く許可を出したとはいえ、やはり慣れない事に肩が強張ってしまうコトハ。イーサンに迷惑を掛けないように……と肩を強張らせ歩いていると、ふと甘い香りが鼻を突いた。
緊張していたため彼女は足元ばかり見ており、彼が店の前へと誘導した事にコトハは気がついていなかったのである。「どうぞ」と差し出されたのは、串に刺さっているなにか、であった。
「これは……?」
「あら、お嬢さん。レザボンを知らないのかしら?」
「レザ……ボン?」
店員から話を聞くに、正式名称はレザンボンボンという名前らしい。レザンというのは、串に刺してある三つの果物の事。レザンは食用になる果実部分は房として垂れ下がり、一房に多数の実をつける甘い果実として王国で人気を誇っているようだ。ちなみにレザンの周りにある薄い膜のようなものはボンボン、と呼ばれている甘いお菓子の一種で、食べるとボンボンのパリパリした食感にレザンの柔らかな食感が相まって不思議な感覚だというお客が多いとの事。
「甘い物が好きそうだったから、これを購入してみたのだが……良かったら食べると良い」
お礼を告げてコトハは一口食べてみるが外は思った以上に硬く、噛み砕いて食べるもののようだ。ボンボンが割れると中から現れたのは果汁。少々酸味もある果汁に甘いボンボンが合っていて、疲れた身体に甘さが染み渡った。
「……美味しい……」
「それは良かった! うちの自慢の商品だから、良かったらまた食べにきてね!」
店員はコトハに一声かけると、来店した客の対応へと向かう。コトハは「また来ます」と彼女の背に声をかけた後、イーサンへ顔を向ける。
「イーサン様、ありがとうございます。とても美味しいです」
「それは良かった。それに肩の力が抜けたようだな」
「……!」
どうやら彼女の緊張を解くためにレザボンを購入してくれたらしい。確かに甘いもの効果なのかは分からないが、先程よりも気持ちが落ち着いたように思う。イーサンのはにかんだ笑みに少々目を奪われていたコトハは我に返る。お礼を言わなくては、と慌てた後、考えていた事をそのまま声に出した。
「ありがとうございます! あの……もしよろしければ、ひとつ召し上がりますか? とても美味しいので、イーサン様にも食べて欲しくって」
「……!」
レザボンは串に三粒の果実が刺されており、現在最後のひとつが残っていた。コトハは申し訳なさそうに、「一人で食べてしまうところでした……」と謝罪しつつ、イーサンの前に残ったレザボンを差し出した。
今度はイーサンの頬が
「貰って良いのだろうか?」
「はい、勿論です! イーサン様に購入していただいた物ですから」
「……では戴こう」
彼はそのままコトハから串を受け取り、口に入れた。レザボンを食べているイーサンの様子を見ていた彼女は、気づいてしまった。これが間接接触である事に。コトハは美味しそうにレザボンを食べるイーサンを見て、林檎のように頬を真っ赤に染めたのだった。