目次
ブックマーク
応援する
5
コメント
シェア
通報
第30話 お披露目後

 翌日の午前中、定型通りのお披露目を終えたレノとコトハは、マリとヘイデリクを連れてそのままオーガスタの執務室を訪れていた。

 一時間ほど話したところでお開きになり、レノとコトハは借りている客間へと戻る。部屋に入ればそこにいたのは、イーサンとデイヴ、ニックイーサンの部下、バーサとブラッド司祭であった。コトハに気づいたイーサンは、微笑みながら彼女へ声をかける。


「コトハ嬢、疲れただろう。ゆっくり休むといい」

「ありがとうございます。ですが、実はそこまで身体は疲れていないのです」

「そうなのか? 謁見中は同じ姿勢が多いから、よく肩が凝ったりするのだが……」

「私も以前よくあの姿勢をとっていたので慣れていたのが幸いでした」


 レノは穏やかに会話をする二人を見て目を細めた後、彼女はイーサンへと話しかけた。


「話途中に済まないね。そろそろ昼食なのだが、食事はどうなるか分かるかい?」

「その件だが、会食は明日になった。だから本日は自由にして良いと言われている」

「外出もできるのかい?」

「ああ。もし王宮内で食べるのなら貴賓室で食べられるよう手配をして下さるそうだ。街に出て食事をしても問題ないらしい。一応街の地図も貰っている。ちなみに貴賓室で食べる場合は、連絡を……と言われたのだが」


 と言って地図をテーブルへと置く。それにすぐ反応したのはレノであった。


「あたしゃ貴賓室なんて堅苦しいところは嫌さね。外だ、外。マリ、ヘイデリク、ちょっと付き合うさね」

「あ、レノ様。私もいいですか?」

「ああ、ニックもかい? あんたも来な!」


 どうやらレノ達は外で食事を摂ることにしたらしい。彼らは連れ立って部屋を出ていってしまう。


「では私は貴賓室で頂くとしましょう」

「ブラッド殿、私も御相伴に預かっても?」

「ええ、勿論です。貴方とはゆっくりお話ししたいと思っておりまして」

「光栄です」


 一方、ブラッドとデイヴは連れ立って貴賓室へと向かうらしい。


「私は先に食事を摂らせていただいておりますので、こちらでお待ちしています。では私の方でブラッド様とデイヴ様が貴賓室を使う事をお伝えしてまいります」

「よろしくお願いいたします」


 そう告げてお辞儀をしたバーサは、扉から出ていく。全員の素早い行動に呆然としていたコトハ。実は顔にあまり出ていないがイーサンも驚いている。


「では、私たちも一度部屋に戻りますので」


 そうデイヴに告げられて我に返ったイーサン。皆が謀ったように部屋を去っていったため、気づくとコトハと彼の二人だけが残っていた。「二人だけで食事に行け」そんな無言の圧を感じたイーサンは、コトハに顔を向ける。


「……コトハ嬢」


 そんな彼の声はいつもより硬い。そして二人きりであることに気づいたコトハの表情も硬い。


「……は、はい」

「俺らは外で食事をしてこないか? 今から貴賓室に、となると相手方にも迷惑をかけてしまうからな……」

「そ、そうですよね! バーサさんにもご迷惑ですものね! 参りましょう!」


 動揺しながらも、コトハとイーサンは連れ立って部屋を退出した。




 その頃、カルサダニア国王であるハワードの執務室では、ヘクター宰相オーガスタ神子、そして第一王子である王太子レナードが集まっていた。

 先程まで仕事に取り掛かっていたが、オーガスタが執務室に現れたため全員で休憩を取っていた。ヘクターは外の侍従から渡された紙を読んでいる。


「先程バーサ殿より、貴賓室を利用する方はブラッド様とデイヴ殿のお二人と伝言をいただきました。レノ様やコトハ様方は外へと食事に行っているようです。レノ様にはヘイデリク殿が、コトハ様にはイーサン様が護衛としてついているそうです」

「レノ様は自由人ですし……堅苦しいのが苦手ですから、予想通りですね」

「オーガスタ様、助言をいただきありがとうございました」


 元々カルサダニア側では全員分の食事を毎日王宮で用意する予定だったのだが、オーガスタから「待った」がかかったのである。レノは堅苦しい場が苦手であるため、毎日重鎮達と食事を摂るのではなく、ある程度自由に動けるように取り計らった方が良いのではないかと話したのだ。

 オーガスタの意見を取り入れたのは正解だったらしい。そもそも竜人族はこの大陸で最強の種族でもある。彼らが護衛でいるのであれば問題ないと判断したのだ。


「しかし、コトハ様は大丈夫なのでしょうか? レノ様はある程度の護身術が使えると聞きましたが、新たな神子であるコトハ様は人族でしょう」

「確かにレナードの懸念も分かるが、まあ、イーサン殿がいるから問題ないじゃろうな」

「ええ。陛下の仰る通りでございます。イーサン様はあの皇帝陛下の弟君ですからね。皇帝陛下と良い勝負をされる程の戦闘力があると聞いております」

「成程、それでしたら問題ありませんね。それよりも、陛下。アーベルの番がオウマ王国にいるというのは本当ですか?」


 レナード王太子は、ハワードへと尋ねる。

 現在アーベルはこの執務室にはいない。番がオウマ王国にいると分かった彼は、「身体を動かしてくる」と言ってハワードやヘクターとは別れたからだ。可愛い弟であるアーベルの話を聞けていないレナードは、痺れを切らして話を切り出す。

 それに答えたのはオーガスタであった。


「ええ、その可能性が高いと思われます」

「やはりレノ様がアーベルの番の場所を判断したのでしょうか?」

「いえ。レノ様も私と同じように番がいる、というところまでしか情報を得る事ができませんでした。オウマ王国にいると判断したのはコトハ様です」

「あの方が……」

「はい。コトハ様は大陸一の神子とされていたレノ様よりも神子の力が強いのです」


 そう言い切るオーガスタに全員が目を見張る。


「儀式を行う際、神子の力を込めると宝玉が光り輝くのは皆様ご存知だと思いますが、力の強さによって宝玉の光の強さが変わるのです。コトハ様は私の神子の力なぞ足元にも及びません。大陸一の称号を持っているレノ様であったとしても数倍は……光が強いと思われます。つまり神子の力もレノ様の数倍はあるかと」

「それは……だが確か、コトハ様は迷い人じゃったのう……迷い人が神子の力を持つなんて驚きじゃな」

「はい。それにも驚きましたが……レノ様のお話によると、彼女の力は儀式者の番が国外にいた場合でも発揮されるそうです。レノ様でも国外になると、名前と大体の居場所……年齢が分かれば良い方だ、と仰っておりました。ですがコトハ様は名前と場所だけではなく、年齢や家族構成など様々な情報を入手する事ができるそうです。情報量と、正確さが段違いだと仰っていました」

「それは凄いですね……」


 レナードの呟きにオーガスタは頷いた。


「彼女は……元の場所では何をされていた方だったのでしょうね」

「まあ、あの転移陣を使えるお嬢さんじゃ。心の清らかな女性じゃろうなぁ……」


 二人は謁見の時の彼女の姿を思い浮かべる。彼女の作法は付け焼き刃にしては美しく、上品さが伝わってきたのだ。もしかしたら以前は王族に準ずる立場にいたのかもしれない、と考えるほど。

 そんな和やかになりかけた空気を切り裂いたのはオーガスタである。


「……ですがその彼女でさえ、アーベル殿下の番の場所が曖昧だと仰っていたのです。殿下の番の身に何が起こっているのか……」

「なんですって? 本当ですか? 父上」

「オーガスタ様の仰る通りじゃ。オウマ王国の王都周辺、とまで絞り込む事ができた。後は『ドネリー』が鍵じゃろうな。コトハ様が言っておったが……ドネリー家なのか、ドネリー領なのかが判断できないとの事じゃ。あとはオウマ王国の者に協力を得る必要がありそうじゃな」

「では、あちらの王家に密書を送るのですか?」

「ああ、そうじゃ。現在ヘクターに用意をさせておる」

「……最悪な事態になっていなければ良いのですが……」


 一瞬空気が重くなったように思うが、誰も表情に出さない。どんよりとした雰囲気のまま、彼らは仕事を始めることにした。


コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?