扉をくぐると、そこにいたのは二人の男性と一人の女性だった。最後に現れたヘクターにより紹介が始まる。
「一番左手にいらっしゃるのは、カルサダニア王国国王陛下であらせられます、ハワード・デ・カルサダニア国王陛下でございます」
「国王をやっておるハワードじゃ。まあ、そろそろ隠居しようかとも思っているがな」
「隠居にはまだ時期尚早だと思われますが……」
大口を開けて笑うハワードに、頭を抱えているヘクター。そして「父上らしい」と笑っている若い男性。きっと彼が第三王子なのだろう。その予想は当たっていた。
「そして真ん中におられるのは、今回の依頼主である――」
「アーベルと言う。この国の第三王子だ。願わくは私の番を見つけてくれると嬉しい」
「アーベル殿下の仰る通りです。この国の神子である私では見つかりませんでしたからねぇ……本当に情けないものです」
そう告げたのは、カルサダニア王国唯一の神子であるオーガスタという妙齢の女性だった。彼女はアーベルの儀式を二度ほど取り行ったらしいのだが、番の気配は感じても
「国外の可能性が高いということかねぇ」
「ええ。レノ様の仰る通りかと」
「ならあたしよりもお嬢ちゃんが良いんじゃないかねぇ」
レノはちらりとコトハを見る。その視線に釣られた王国側の視線は全てコトハへと向いた。少々の居心地の悪さを感じていたが、二人の話は進む。
「レノ様……彼女は……帝国に現れた新しい神子様ですか?」
「そうさね。大陸一の称号は今やあたしじゃなくて、お嬢ちゃんの称号さね」
「「なんと(ですって)」」
やはりレノ以上の神子が現れたという事が衝撃なのか、国王陛下とオーガスタは声を上げた後、まじまじとコトハを見ている。
「では、レノ様。私の番が見つかるかもしれない、という事か?」
番が見つかるのでは、という期待が膨らんできたらしいアーベルは目を輝かせている。イーサンも、番を待ち焦がれていた時はこんな様子だったのかな、とコトハは思った。
「実際やらないと分からないさね。さて、まずはあたしも状況を把握したいので、儀式をさせていただきますよ、殿下」
「ああ、頼む」
こうしてまずはレノがアーベルへと儀式を行った。
「うーん、確かにこの現象は初めてさね……」
儀式後のレノの第一声だ。眉間に皺を寄せて何やら考え事をしている。
「殿下の番がいる事は分かるのさ。だがねぇ……例えると霧みたいなものかねぇ」
「霧、とはどういう事だろうか?」
「なんというか、殿下の番は掴みどころがないのさ。霧を手で掴む事ができないだろう? それと同じように、番の情報が朧げなのさ。あたしにもこれは無理さね……」
そう言ってレノがコトハを見る。
「まあ、気負わずにやってみればいいさ」
「分かりました」
「では、コトハ様、よろしく頼む」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
そして周囲の視線を感じながら、コトハは儀式を行うのであった。
儀式を行ったからか、レノの話が理解できる。普段であればコトハの頭の中に多くの情報が流れてくるのだが、今回はその情報自体がぼやけており、読み取る事ができないのだ。だが、幸いな事にアーベルの番がいる場所はなんとなく理解できた。そして、ひとつだけ確実な情報も手に入れる事ができたのである。
コトハが目を開けると目の前にいたアーベルの驚く姿が目に入ったが、忘れないうちに彼へと伝えなければと考えた。
「あの、急いでオウマ王国の地図を用意していただけませんか?」
「オウマ王国? ああ、分かった。ヘクター頼めるか?」
ヘクターは念の為に用意していたらしい地図を取り出す。そしてコトハはすぐに番を感じ取った場所を指差した。朧げだったため、どうしても広範囲に渡ってしまった。彼女は申し訳なさそうにアーベルに告げる。
「アーベル殿下の番は、この辺りにいらっしゃると思われます。普段であれば詳細を掴めるのですが……今回はこれが精一杯でした」
「……いや、私の番がオウマ王国にいる、と分かっただけで充分だ。だが、この辺りは王都だろうか?」
ヘクターに声をかけたアーベルだったが、それに答えたのはハワードであった。
「そうじゃな。そこは王都周辺だ。なんとまあ、アーベルの番がオウマ王国にいるとは……王都であれば、貴族という可能性もあり得るのう……これはあちらにも協力を得る必要がありそうじゃ。ちなみにコトハ嬢よ、他に情報はないのかのう?」
「ひとつだけ、ございます」
「流石お嬢ちゃんさね。何が読み取れたんだい?」
よくやった、と言わんばかりに背中を軽く叩いたレノだが、一方でコトハの表情は暗い。
「私が読み取れたのは、『ドネリー』という言葉のみでした。この言葉が何を指すのか……大変申し訳ございませんが、私には分かりかねまして……」
アーベルに申し訳なさそうな表情でコトハが告げると、アーベルは一瞬目を大きく見開いた。
普段であれば情報を掴むとそれが家名であったり、相手の名前である事がすぐに理解できるのだが、今回に至ってはこの言葉を理解するだけで終わってしまったのだ。
なんとなくではあるが、これ以上の情報を手に入れるのは無理だろうと理解した。それを伝えると、アーベルは首を横に振る。
「いや、オウマ王国に番がいる、と知れただけでも私は嬉しい。希望が見えたよ、ありがとう」
感謝を述べられ、コトハは慌てて頭を下げる。するとその時、「あ」と後ろから声が上がった。
「ヘクター、どうしたんじゃ?」
「話を中断して申し訳ございません。私、『ドネリー』という言葉に少々思い当たる節がありまして……陛下と殿下は覚えていらっしゃいますでしょうか? 数年前に城内で使用していたインクを我が国で生産したものに入れ替えた事を」
「ああ、確かインクの質が落ちてきた、とかで我が国の商品に入れ替えたのだったな……まさか」
ヘクターの言葉で彼が何を言いたいのかアーベルは理解したらしい。
「ええ、殿下。以前使用していた商品のインクの生産地が、ドネリー伯爵家の治めるドネリー領で生産された物でした。確かドネリー領は王都に隣接している場所……つまり先程コトハ様が指した範囲にあるはずです。そのためドネリーという言葉が伯爵家を指すのか、領地を指すのか……どちらなのかは分かりませんが、これで大分絞れたのではないでしょうか?」
「おお! やっと私の番の居場所が! コトハ様、ありがとう!」
「お役に立てて良かったです」
王国側の者たちが歓声を上げる一方で、レノは難しい表情で考え込んでいる。それを見たオーガスタがレノへと声をかけた。
「レノ様、どうかなさったのですか?」
「いや、お嬢ちゃんでさえ拾えた情報がひとつだとは……アーベル殿下の番に何が起こっているのだろうかと思ってね。お嬢ちゃんは番が他国にいても、名前、出身、居場所、家族構成……そこら辺まで拾える規格外の神子さ。なのにも関わらず、この情報のみ……殿下、この後も内密に動いた方がいいんじゃないかねぇ。なんとなくだが、嫌な予感がするさね」
「……レノ様が言うのなら。陛下、この件についてご相談をさせていただけますでしょうか?」
「そうじゃなぁ、あとは我々が対処しよう。アーベルのために来てくれて、助かった」
ハワードは「どっこいせ」と言いながらソファーから立ち上がる。そしてコトハとレノの顔を見て頭を下げた。
「この後の相手の出方次第ではあるが、もしかしたらまた力を借りるかもせぬ。その時はまたよろしく頼む」
「あたしゃ、役に立つか分からないからねぇ」
「私でよろしければ、お力にならせて下さい」
その答えに満足したのか、ハワードはアーベルと共に部屋から出ていった。