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第28話 カルサダニア王国

 初めての感覚に少々狼狽えていたコトハだったが、暫くすると周囲を観察する事ができるほど落ち着く事ができた。

 改めて後ろを振り返ると、先程まで立っていた広間のある王城ですら小麦の粒ほどの大きさとなっており、彼らの飛ぶ速度が想像以上に速い事を感じさせる。今まで馬車や徒歩で慣れていたコトハにとっては、驚くべき速さだった事は間違いない。


 真下の景色がどんどん変わっていく。そんな摩訶不思議な体験に、彼女は目を輝かせる。その事に気付いたらしいイーサンは、コトハへと声をかけた。


『調子はどうだ? 恐怖を感じていないか?』

「はい。慣れたので問題ありません。このような速度で空を駆けたのは初めてだったので、少々恐々としていましたが……空から見る景色は素敵ですね!」

『そうか、それなら良かった。だが、もし些細な事でも違和感を感じたら教えて欲しい』

「分かりました」


 彼の優しさに胸がほんのりと温かくなる。一旦そこで話は終わったが、その後もイーサンは暇を持て余しているであろうコトハにちょくちょく話しかけてくれた。景色の解説をしてくれたり、街や村が見えれば教えてくれたりと……以前習った座学での内容中心ではあるが、イーサンの豊富な情報と会話力、そしてコトハの傾聴も相まって、二人での会話も非常に盛り上がったのだった。


 陽が落ちる頃に一度地面へと降り立った一行は、近くの街で一泊。翌日早朝に飛び立ち、カルサダニア王国へと入国し、王国の街でまた一泊。王国の王都の近くへ辿り着いたのは、三日目の昼前だ。

 イーサン曰く、帝国のように竜化に慣れているのなら問題ないのだが、王国はその限りではないため、竜化した状態で王都に立ち入る事はできない。竜化を解く際に提供されている場所が決められており、その場所へと降り立つのだそうだ。


 その場所をイーサンは見つけたらしく、速度を落としながら高度も下げていく。コトハたちが全員その広場へと降りた頃、彼女たちの元へ三台の馬車が現れた。馬車は広場の入り口あたりで止まり、その中から現れたのは一人の男性。その男性はコトハへと近づいてくる。どう対応すれば良いのか分かっておらず、固まっている彼女の後ろから現れたのは、イーサンであった。


「ヘクター殿、お久しぶりです」

「イーサン殿、お久しぶりでございます。皆様、長旅お疲れ様でございました。この後は私、カルサダニア王国で宰相をしております、ヘクター・ガードナが王宮までご案内させていただきます」


 そう言ってヘクターは背を向け、コトハたちを馬車へと案内する。全員が乗り込んだ後、馬車は動き出したのであった。



 王宮に到着後、ヘクターが用意した客間で休憩をとっている一向は、明日行われる予定である国王への謁見についての話をしていた。新たな神子であるコトハを紹介するための謁見ではあるが、コトハ本人は一言も喋らなくていいそうだ。


「基本は私が受け答えをするから問題ない。コトハ嬢がすべき事と言えば、私が国王陛下へ紹介した際、立ち上がって礼をとって欲しいくらいか?」


 イーサンはブラッドを一瞥する。今回の謁見に関しては、教会が主体になって行うものらしい。神子が現れた際には、毎回同じような段取りで謁見が行われるのだそう。

 ブラッドもイーサンの言葉に同意する。


「ええ、それで問題ありません。こちらの司祭にもザシャ様がお声を掛けられていますから、カルサダニア王国の謁見に関しては、コトハ様が喋る事はないと思います。ですが今回は教会が関わるものですから、礼儀作法が貴族のソレと比べて異なるのは注意しなければなりません……と言っても、礼の執り方だけですから、そこまで緊張なさる必要はありませんよ」


 そこからブラッドに謁見の流れを一通り聞いた。何度かそれを経験しているレノにも話を聞き、実際に確認を始めた。神子は神子特有の礼の仕方があり、胸の中心に両手を当てて礼を執るという。

 胸には神子の力の源である女神の欠片と呼ばれる物がある、と信じられており、この礼は神子はその欠片の力を大切に使う意思表示の意味合いがあるのだそう。


 何度か訓練し、レノとブラッドのお墨付きを得た頃、現れたのはヘクターであった。


「お疲れのところ、大変申し訳ございません……神子様方にお時間を頂きたいのですが、よろしいでしょうか?」


 イーサンはレノとコトハに目配せをする。二人とも頷いている事を確認した彼は、ヘクターへ顔を向けた。


「こちらは問題ありませんが、もしかして例の件で?」

「はい」

「……分かりました。では、マリ殿、ヘイデリク、バーサ、デイヴ、ニック。この五名はここで待機していて欲しい。神子の二人がこの場所にいるという偽装をお願いしたい。私も含めた残りはヘクター殿についていく」


 第三王子の依頼に関しては、全員で行く必要もない。護衛としてイーサンとブラッドがいれば問題ないだろうと彼は判断したらしい。男性陣はそれで大丈夫だろう、と判断したのか首を縦に振っている。


「念の為皆様が向かう場所を教えていただく事はできますでしょうか?」


 そう質問したのはバーサだ。職務に忠実な彼女は、きっとコトハに何かあれば駆けつけられるようにと考えていたのだろう。

 イーサンは後ろにいたヘクターへと声をかけた。


「それは……どうだろうか、ヘクター殿」

「向かう場所は隣の部屋でございます。ここは隣の部屋への隠し通路がある場所になるのですが……失礼。皆様、通路の解除は我が国の機密事項ですので、後ろを向いていただけますか?」


 コトハたちは後ろを向いた後、目を瞑る。ヘクターが向かった場所は壁一面に本棚が置かれている場所だ。何回か本棚から本を取る音が聞こえたと思えば、後ろからゴゴゴ……と何かが動く音が聞こえた。「どうぞ」とヘクターに言われ、音の鳴った方を見てみると、そこには一枚の扉がある。

 イーサンを先頭に、レノ、コトハ、ブラッドの順で扉に入っていった。



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