パウルが話を持ってきてから一週間後に王国へ出立する事になった一行。まず彼女が行ったのは服の新調だった。
コトハが帝国に来てそろそろ半年になるが、最初にマリと服を購入して以来コトハはそれをずっと着回していた。与えられた休暇も普段のように教会で祈りを捧げ、本を読み耽っていたため外出する事もなかった上にコトハ用の神子専用ローブも支給されていたため、衣服に関しては事足りていた部分もあるのだ。
そもそも彼女に服を買うという考えがなかった。故郷では服は支給されるものであった上に、申請して許可がないと服を変えてもらえなかったからだ。レノから服について聞かれそれを告げると、レノは丁度部屋に入ってきたマリに声をかけた。
「マリ、済まないが座学の前に服を買いに連れて行っておくれ。お嬢ちゃんは以前マリと購入した服以外持ってないそうだ」
「えっ! コトハさん、それ本当?!」
コトハは首を縦に振る。その様子に絶句しているマリを不思議に思うコトハを見て、レノは話し始めた。
「あたしらは神子だから、一応品位というものを考えなくてはならないさね。お嬢ちゃんの国にも何かしらの儀式みたいなものはあったのかい?」
「ありました」
故郷で言えば、巫女姫の浄化の儀式がそれに当たるのだろうと考える。
「儀式の時にあたしら神子のような存在の服装を思い出してみるといい」
そう言われて気づく。寝巻きなど私室で着用するような服は着られなくなるまで取り替えはなかったが、儀式をする際の服装は綺麗な物が多かった事に。
「基本外見で他者を判断する場合が多いのさ。見窄らしい服を着て儀式を行う神子がいたとしたら、相手はどう思うさね。『この神子、本当に大丈夫なのか』って心配になると思わないかい?」
「……思います」
確かに自分が儀式を受ける側に置き換えてみると理解できる。
「お嬢ちゃんも大陸一の神子として知られ始めてる。だからそれに見合った服装というものを心がけた方がいいさね。そうすれば以前みたいな突っかかる馬鹿は少なくなるし、自分の身を守る盾にもなるのさ。という事で、マリ! あたしゃ最近の流行りという物が分からないから、よろしく頼むさね」
「分かりました! レノ様、行ってきますね!」
楽しそうなマリに連れられ、服を何着か仕立ててもらったのである。
服の注文が終わった後は、一週間みっちりカルサダニア王国とオウマ王国について学んだ。
オウマ王国はカルサダニア王国に隣接している人族の王の国である。この間儀式を行った際、カルサダニア王国に番がいる者たちが意外と多かったのを踏まえ、もしかしたら第三王子の番は隣接するオウマ王国にいる可能性もあるのでは、と考えたのだ。
出立までは座学に明け暮れたコトハ。そしてその間はイーサンも多忙だったようだ。一度コトハの顔を見に現れたが、それっきり執務室に篭りきりだという。出立前日にマリと購入した服を受け取り、支給された鞄の中へ詰め込む。そしてマリにも荷造りを手伝ってもらった。
出立当日。
昼食をとってから、王城内にある広場でコトハとマリは他の者たちを待っていた。今回の集合場所は城の北側にある城内で一番の面積を誇る広場で、普段行く教会の反対側に位置している。
少しするとヘイデリクとイーサン、レノが現れる。そしてその後にパウルが現れた。彼の後ろには三人の見知らぬ人たちがいる。一人は侍女の格好を、二人はイーサンと似たような格好をしているので、彼らが同行者なのだろうと考えた。それはどうやら当たりだったようだ。
「皆さま、お待たせいたしました。出立する前に同行する者たちの紹介をさせていただきます。まずこちら、侍女のバーサ」
「バーサと申します」
非常に礼儀正しく、落ち着きのある女性だ。
彼女はカルサダニア王国の伯爵家出身の娘だそう。父は人族、母は犬獣人族のハーフで、幼い頃は礼儀作法や勉学に励み、ある程度の歳になると行儀見習いとしてある侯爵家に勤めていた経験を持つ。
今回はカルサダニア王との謁見が行われるらしい。その際は彼女に教えを乞う事になるそうだ。
「と言っても、謁見中に話すのはイーサン様だけですからご安心ください。謁見の流れに関しましても、王国に着いてからでも問題ないでしょう。後はバーサ、よろしく頼みますよ」
「承知いたしました」
「そしてイーサン様の左側にいるのがデイヴと言い、宰相室に勤める文官です」
「よろしくお願いいたします」
デイヴは眼鏡の位置を直してから挨拶をする。その仕草を見て、きちんとしている方なのだろうとコトハは思った。
「もう一人はニックだ。外交官室に所属している」
「よろしくお願いするね〜」
ニックは右手を軽く上げてから挨拶をする。イーサンよりも気さくで話しやすそうな表情が印象的だ。全員の紹介が終わり、コトハが「お世話になります」と話していると、現れたのは
どうやら、同行する司祭はブラッドであるらしい。本当はザシャが着いて行きたかったらしいのだが、業務があるとの事で教会の者たちから止められたのだそう。口を尖らせながらもブラッドを激励していた。
そしてレノとコトハは神子の証を受け取り、首へとかける。準備が整ったところで、出発の時間になった。その時に、コトハは疑問に思っていた事を告げた。
「ところで、王国へは馬車で向かうのでしょうか? そのような物は見当たらないのですが……」
まだここへ辿り着いていないのだろうか、と考えていたコトハにレノは笑いながら告げた。
「そうか、お嬢ちゃんは知らなかったさね。竜人族はねぇ、竜に変化できるのさ。あたしらは竜化と呼んでいるがね」
そう言ってレノが目を瞑ると、彼女が光に包まれる。眩しくてコトハは思わず目を閉じたのだが、しばらくすると光が落ち着いたらしい。恐る恐る目を開けると、そこにいたのはレノではなく、まるで夕焼けを閉じ込めたような美しい色合いの赤竜がいた。
「えっと……もしかしてレノ様でしょうか?」
『そうさね』
「この姿でも言葉を話せるのですね!」
最初は驚いたコトハだったが、声も人型の時のレノと同じであったため恐怖は感じていなかった。その様子に安堵しているイーサンを他所に、ヘイデリクとニックも同様に目を瞑る。
すると現れたのは灰色が混じっている黒竜と銀竜だった。マリは嬉しそうに黒竜の元へと向かう。きっと彼がヘイデリクなのだろう。後ろでパウルが言うには、どうやらマリはヘイデリクに、バーサはレノ、ニックにはブラッドが騎乗して王国に向かうらしい。つまりコトハはイーサンに乗るという事だ。
コトハはイーサンへと顔を向ける。すると彼も目を瞑り竜化している最中だった。周囲の光が収まる頃に彼女が目を開けると、そこにいたのは瑠璃色の美しい竜。一目見て彼がイーサンだと分かった。
彼女を怖がらせないようにか、ゆっくりとコトハの元へと歩いてくる竜化したイーサン。そして彼女の前で止まると、イーサンは頭を地面につけて目を瞑り、寝そべるような姿になった。
どうしたら良いか分からず狼狽えるコトハに、バーサが彼女の耳に囁いた。
「頭を撫でてあげてくださいませ。無防備に竜が寝そべるのは、相手を信頼している証ですから、きっと喜ばれるかと思います」
コトハは後ろを向き、頭を下げているバーサにお礼を告げる。そして臥しているイーサンの頭にそっと手を乗せてみた。少々硬い皮、ひんやりとした感触に驚きつつも、コトハは頭を撫でてみる。心なしかイーサンも気持ちよさそうな表情をしているように見えた。
パウルはそんな彼女を見て、騎乗に関しても問題ないと判断したようだ。
「ちなみにコトハ様は高所……高いところは平気でしょうか?」
「はい、大丈夫かと」
「そうでしたか。もし高い場所が苦手なのであれば、馬車で隣国へと向かう事になっておりましたが、問題ないのでしたら計画通りに向かう事ができそうですね」
パウルは微笑んで全員に騎乗するよう促す。どうやらマリやバーサ、ブラッドは何度か竜化した者に乗った事があるのか、すんなりと乗っていく。三人の乗る様子を見終えたコトハはイーサンへと近づいた。
彼もコトハが乗り易いように身体を低くしたり、羽や手を踏み台のようにしてくれていたり……彼の気遣いが伺えた。
少し時間が掛かったが乗り終えたコトハを見て、パウルは「いってらっしゃいませ」と頭を下げる。その瞬間、コトハの身体がふわっと浮いたような気がした。