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第25話 依頼

 コンフェをひとつ口に入れたイーサンが「美味しい……」と呟くのを聞いて、コトハの心は温かくなった。ニコニコと微笑みながらコトハはイーサンの様子を見守っていたのだが、その時また彼と視線がぶつかる。

 イーサンは気恥ずかしさからか最初はすぐに視線を逸らしたのだが、次には何かを決意した表情でコトハへと顔を向けた。

 そして彼が口を開きかけたその時――。


「イーサン様! 今レノ様が来ていま……あれ?」


 扉が大きな音を立てて開き、そこに居たのは彼の部下であるロジーネだった。手には先程レノと一緒に購入した甘味の箱を持っている。

 ロジーネはコトハがここにいる事を知らなかったのだろう。二人を交互に見た後、口角が片方だけ引き攣っていた。そう、良い空気だった二人を邪魔した事に気づいたのである。


「あ、はは……す、すみませんでしたっ!」


 笑って誤魔化した後、イーサンに背を向けたロジーネだったが、そうは問屋が卸さない。イーサンが立ち上がり、満面の笑みで彼女を見ているが……残念ながら目は笑っていない。


「ロジーネ。俺は常々、君に『これだけは直せ』と伝えている事があるのだが、それは覚えているか?」

「ああ……す、すみません……」

「執務室の扉はノックするように、と何度も声をかけているはずなのだが……君の耳は飾りか?」


 イーサンに耳を引っ張られて「ごめんなさい」を連呼する彼女。コトハは手助けすべきかが分からず困惑した表情を浮かべた。まあ、部屋に入る時にはノックは必要だと思うので、彼女の自業自得といえばそれまでなのだが……。

 二人のやり取りを見ていると、後ろから肩を叩かれた。驚いて後ろを振り向くと、そこに居たのはレノとヨルダンだ。二人の後ろにズウェンもいたが、彼はロジーネがイーサンに詰められているのを見て、大きなため息をついている。

 まだまだ続きそうなやり取りを横目で見ながら、コトハは後ろに立っているレノへと声をかけた。


「レノ様、お礼を渡していただいてありがとうございました」

「いや、それは良いさね。あたしゃ、お嬢ちゃんの上司みたいなものだからさ。それよりも、結構な時間二人で話し込んでいたねぇ……大丈夫だったかい?」


 レノの言葉の意図を理解してコトハは首を縦に振る。


「はい、楽しかったです」


 コトハの言葉と笑みに眼を見開いたレノだったが、彼女も微笑んで「良かったね」と告げた。



 それから数週間が経った、座学の休憩中の事。

 普段であれば甘味を持って現れるであろうイーサンが珍しく執務室にまだ訪れていなかったのだ。体調を崩したのだろうか、とマリとコトハが心配していた丁度その時、扉を叩く音が耳に入った。

 コトハが入室するよう伝えると、そこに現れたのはイーサンだった。だが、今日の彼は眉間に皺を寄せて思い悩んでいるようだ。どうしたのか、と声をかけようとしたところに入ってきたのは、宰相であるパウル、そしてレノである。


 ヘイデリクはパウルたちに椅子を勧めた後、マリを伴って出て行こうとしたがそれをイーサンが止める。その間にレノはコトハの隣に座ると、パウルへと視線を送った。


「本日はコトハ様への依頼をお持ちしました」

「私への……依頼ですか?」

「はい。私と皇帝陛下、そして外交官室長の三人からの依頼となります」


 外交官室長、と言われてコトハはイーサンを見る。普段と比べて思い悩んでいるのはこの件についてなのかもしれない。パウルの話を聞く姿勢をとったコトハだったが、その前に待ったをかける人物がいた。マリとヘイデリクである。


「パウル様、その依頼の内容を私たちが聞いてもよろしいのですか? 聞く限り私とデリクには関係なさそうな依頼ですが……」

「普段であればそうなのですが、今回はイーサン様と相談し、お二人にも協力を得ようと判断いたしました。遺跡に関しては既にヘイデリク殿のご両親に依頼をかけておりますので、ご安心を」

「……でしたら、問題ありません。お話を中断して申し訳ございませんでした」


 マリとヘイデリクはパウルの言葉で何かを悟ったらしいが、コトハは首を傾げるだけだ。どんな依頼なのか、と困惑している彼女にパウルは依頼の内容を話し始めた。


「端的にお伝えしますと、依頼は『番探し』です」


 番探し、と聞いてコトハは「あれ?」と思った。確かに番探しなら神子の領分である。でもそれならレノでも良いのではないだろうか。そう思い彼女の方を見ると、レノも首を捻っている。彼女もまだ詳しく話を聞いていないようだ。


「詳細を話しますと、今回の依頼はカルサダニア王国の国王陛下からの内密な依頼です」

「国王陛下……ですか?」


 カルサダニア王国、と言えば人族の王が興した国である。帝国の南側に位置し、国境が隣接している事もあり獣人族の流入が多いため、この大陸では最も人族と獣人族が共存して暮らせている国だ、とマリから習った。


「現在カルサダニア王国の王族は王子三人、姫一人の四名なのですが、そのうちの一人……第三王子であらせられるアーベル殿下の番が見つからないそうなのです」

「カルサダニアと言えば、オーガスタが神子だったねぇ。カルサダニア歴代の神子に比べれば、力は強い娘さね。彼女が見逃すとは思わないが……」


 レノも首を捻っている。


「あの、パウル様。それはイーサン様の番が私だったように、この大陸にいない可能性はありませんか?」

「コトハ様の仰る通り、最初は迷い人である可能性も考えましたが……手紙の内容を見るにその可能性は薄いようです。オーガスタ様の判断では、殿下の番はいらっしゃるようなのです」


 番がいる、と判断されているにもかかわらず、番が見つからない……どういう事だろうか。


「オーガスタ様曰く、『殿下の番の詳細が見えない』との事でした」

「なるほどねぇ。だからより力の強い神子に依頼したいと」


 詳しく話を聞けば、番の存在は把握できるらしい。だが、何故か番の存在がぼんやりとしており、詳細を掴めないのだという。そんな事があるのか、とレノを見る。


「あたしは今まで一度もないねぇ。不思議さね」

「ええ。ですから、帝国へと依頼を申し出たようです。特にアーベル殿下の祖母に当たる方が獣人だったらしく、先祖返りなのか獣人族の血が強く出ているそうなのです。番に対して執着が強い事もあり、アーベル殿下の強い要望でもあるようですが……番はいるという判断が下されているのに詳細が見えない、となると……番の方に何かしらの問題があるのではないか、と王国は判断したようで……それを確認するためにもご協力いただきたいと依頼が来ました」

「ならあたしよりもお嬢ちゃんが適任さね。今の大陸一はお嬢ちゃんだからね」

「仰る通りです。ですが今回は帝国内ではなく他国に出張となりますので、コトハ様へ確認を入れるべきかと思いまして参った次第です。そう主張された者がおりましたので……」


 パウルが一瞥した先にはイーサンがいる。彼は表情を変えずに立っていたが、コトハと視線が合うと、彼女を気にかけるような視線を送ってくる。彼女はイーサンに微笑むと、パウルへと顔を向けた。


「私でお役に立てるようであれば、協力させてください」

「ありがとうございます。では、先方にはそのようにお伝えいたします」


 そう告げるとパウルは入り口にいた侍従へと目配せをする。彼が部屋を出ていくのを確認したパウルは改めてコトハたちに向き合った。


「では、今後の予定についてお話しさせていただきます」


 パウルの話によれば、今回は表向き新たな神子が誕生したため、神子同士の交流という事でレノとコトハは王国へ向かう事になっている。その際、イーサンも同行するという。

 そう聞いた時に思わずコトハはイーサンへと顔を向けると、彼は優しく微笑んでいた。


「いや、イーサンがコトハさんと離れたくないだけだろうが……」


 とヘイデリクは呟いていたが、彼の考える通り、イーサンはコトハに付いていきたい、とファーディナントとパウルに主張して外交官兼護衛の地位をもぎ取ったのである。まあ、二人とも反対する事なく二つ返事で了承したが。


「イーサン様が同行する件に関しては、皇帝陛下より許可を得ていますのでご安心ください。そしてマリさんとヘイデリク殿も今回は同行願います。ヘイデリク殿は護衛、マリさんはコトハ様の侍女兼護衛ですね。先程お話ししたように、遺跡に関しては代理人を立てますのでご安心ください」

「宰相様、ありがとうございます」

「同行者はレノ様、コトハ様、イーサン様、マリさん、ヘイデリク殿、神殿から一名……そしてこちらから侍女を一名付けます。そしてまだ決定しておりませんが、雑務要員として竜人族の者をあと二名ほど付ける予定です」

「パウル様、よろしく頼むさね」

「よろしくお願いします」

「また不明な点があれば仰ってください。マリさん、ヘイデリク殿もお願いしますよ」

「「お任せください」」


 頭を下げた二人を見て問題ないと判断したのだろう、パウルは「では、業務に戻りますので」と告げて早足で部屋を退出していった。


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