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第17話 幕間 イーサン 〜兄弟の交流〜

「それで、どうだった?」


 開口一番、ファーディナントはイーサン末の弟にそう尋ねた。


 現在執務室にいるのは、イーサンとファーディナント、そして宰相であるパウルの三人だ。彼らは首を長くしてレノからの報告を待っていたのだが……書類を抱えてやってきたのは、イーサンだった。

 この事態にファーディナントは面白そうに笑い、パウルは目を丸くしてイーサンを凝視している。イーサンはレノから預かった書類をパウルへと渡した。


「コトハ嬢は神子として働く事を了承して下さいました。その際、次の儀式は見学をさせ、その後に行われる儀式から彼女を参加させようとレノ様と話をいたしました」

「成程な。最初にある程度流れを把握していた方が、手間取る事もないか。パウル、そのように手配を頼めるか?」

「問題ないかと」


 そう告げて宰相は側仕えに視線を送る。それを理解した側仕えは、頭を下げた後に部屋を出ていった。

 部屋に三人が残されると、ファーディナントは手に持っていた筆記用具を机に置き、姿勢を崩して話を聞く体勢をとる。上着のボタンも幾つか外し始めたのを見て、パウルが声を上げた。


「陛下、流石にそこまで寛ぐのは……」

「我が可愛い弟が来たのだぞ? その時くらい大目に見て欲しいのだが」

「はあ……貴方はそう言って、隙あらばゆっくりしようとしてるではありませんか。まあ、ここには私しかいませんから、良いでしょう」


 そう告げて立ち上がったパウルは、目の前のソファーに座るようイーサンへと指示をする。彼はパウルにお礼を述べて座る。その対面に兄であるファーディナントがどかっと大きな音を立てて座り込んだ。

 ニヤニヤと面白そうなものを見る目でイーサンを見るファーディナント。一方のイーサンは無表情である。


「ところで、報告に来るのはてっきりレノ殿かと思ったのだが。何故我が弟が来たのかな?」

「私がレノ様に志願したからです」

「ほう」


 面白い事が大好きな彼の事だ。多分イーサンが何も言わなければ、コトハの外堀をすぐに埋めて婚約者にならざるを得ない状況にしてしまう可能性がある。だからイーサンは彼女の現状と己の気持ちを伝えるべく、この場に現れたのだ。

 竜人族の中でも彼の家であるアンハイサー家は飛び抜けて家族仲が良いため、良かれと思って先走ってしまう事もある。しかも、兄のファーディナントは皇帝。思いついた大抵の事は通ってしまうのだ。勿論、あまりに問題だった場合はパウルが止めるが。

 皇帝であり兄である彼には、既にイーサンの番がコトハである事を知られているだろう。だから彼には話しておくべきだ。

 だが、家族であっても立場の違う二人が顔を合わせる事は滅多にない。現在イーサンは王宮内にある一人暮らし専用の宿舎に住んでおり、兄のファーディナントは王宮内の自室に暮らしているため、こうでもしないと会う事ができなかった。


「レノ様にご相談して、この役目を変わっていただきました。この度私に番が現れた件でもご報告をと思いまして……」

「ああ、聞いたぞ。神子であるコトハ嬢がお前の番だとな。まさかヘイデリクのように迷い人が番だと思わなかったぞ」

「はい。レノ様が仰るには、私の番が判明しなかったのも、この為だろうと」

「コトハ嬢が別の場所にいたため、レノ殿の力が及ばなかったという事か」

「仰る通りです」


 兄弟が話す中、パウルは二人の話を聞きながら手を動かす。今後のことについてとイーサンが告げていた事を思い出し、婚約でもするのだろうか、とパウルは思っていたのだろう。次のイーサンの言葉で驚きからか手を止めた。


「皇帝陛下……いえ、兄上におかれましては、私とコトハ嬢が番と認め合うまで、何もしないでいただきたいのです」

「ほう? 俺はてっきり婚約者として認めてくれ、と言うと思ったが?」


 イーサンは姿勢を正す。兄がそう彼に言うのは想定内だったからだ。パウルもこちらの会話に興味があるのか、耳を傾けている。


「いえ、今の状態の彼女を婚約者にする事は、彼女を追い詰めるだけです。どうして転移陣に乗ったのか、それは今だに判明しておりません。ここからは私の予想になりますが……彼女には婚約者がいたのでしょう。そしてその婚約者が何らかの理由で彼女を追放したと思われます」

「そう思った理由は何だ?」

「婚約者という言葉が出た際、彼女の顔が青褪め、身体が少し震えていたからです。私としても番を怖がらせるのは言語道断、手を出さずに見守っていただけたらと思います」


 そう告げると、パウルは頭を抱えて大きなため息をついた。


「そう言ってくれて助かりますよ……貴方のお兄様は、昨日イーサンの番が判明したと知らされた瞬間に、教会の予約をしようと発言していましたからね……私が止めましたが」

「パウル様……助かりました」


 やはりそうなっていたか、とイーサンは頭を抱えそうになる。ファーディナントは猪突猛進だ。まさかこんなすぐに動くとは思わなかったが、まあ……兄ならばやるかとイーサンは思い直す。

 パウルは前皇帝陛下の代から帝国に仕える重鎮である。なんなら子どもの頃から二人も世話になってきた。現在はイーサンの上司でもあるが、周囲に許可を得ず突っ走るファーディナントを止められるのは彼だけであり、今も昔もイーサンからすれば頼りになるおじさんなのだ。


 二人にため息を吐かれて、ファーディナントは眉間に皺を寄せた。


「だが、番とはそういうものだろう? 我々はすぐに婚約したが」

「兄上は皇帝陛下であり、王妃陛下も竜人族の方ですから問題なかったのですよ。彼女は人族ですから、番を知らなかったようです」

「ちょっと待て……同じ迷い人であるマリは番を知っていたと聞いたが?」

「陛下……考えてみて下さい。マリさんとコトハさんの故郷は同じとは限りません。話を聞く限り、マリさんとは異なる場所から来たのでしょう。マリさんは『番』という言葉が彼女の暮らしていた世界の物語によく出ており、馴染みがあった為に理解が早かったそうです。ですが、ヘイデリクの話によると理解はできるが、受け入れるのには時間がかかると言っておりました」

「ふぅん、そんなもんなのか」

「兄上、自分の番が分からないという事を我々が理解できないのと同じです」

「……成程な。じゃあお前たちの件は静観しよう。だが――」


 悪巧みを考えているような笑みをファーディナントが見せる。それを見てイーサンは苦笑いをし、パウルは頭を悩ませている。


「ちゃんと俺に逐一報告しろ。そして婚約へと至った際には、俺にも一枚噛ませろ。教会の予約は皇帝の権限で取り付けてやる」

「……兄上、無理矢理はやめて下さいね。あ、それとひとつパウル様にお願いしたい事が」


 引き続きニマニマと笑っているファーディナントを放置し、イーサンはパウルに視線を送った。


「実はコトハ嬢から、この世界について詳しく知りたいと要望がありまして……」

「コトハ様は勤勉なお方ですね。最初は守護人であるマリさんとヘイデリク殿にお願いしましょう。イーサンもその方が良いのではありませんか?」

「確かにそれだとありがたいですが……良いのでしょうか?」

「ええ。またすぐに転移陣に迷い人が現れる事はないと思いますし。あの二人も手持ち無沙汰でしょうから。ある程度基礎を教えて、それ以上の事を知りたいのであれば専門家を呼びましょう。守護人の二人には私から伝えておきます。コトハ様にはイーサンから伝えていただけますか?」

「……! ありがとうございます」

「では、明日以降にコトハ様の元へ二人を向かわせますので、詳細はその時に詰めるよう伝えて下さい。私からは以上ですが、陛下からは何かございますか?」


 イーサンとパウルはファーディナントへと顔を向ける。すると彼は満面の笑みで告げた。


「イーサン、番が現れて良かったな。頑張れよ?」

「ああ、兄さん。ありがとう」


 ファーディナントと一瞬視線が交わった後、イーサンは頭を下げて退出する。以前よりも少しだけ姿勢の良くなったイーサンの背が扉に隠れるまで、ファーディナントは見つめ続けたのであった。


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