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第16話 神子の力

 その後、ヨルダン、ズウェンの順にコトハの儀式を受ける。


 ヨルダンの番はエメリ・マンダールという女性。帝国出身で人族だ。実家はマンダール商会で二人姉弟。現在は結婚しているためエメリ・ルンダールとなっており、子どもは二人いるという情報を告げた。

 レノ曰く、相手の番が人族だと情報量が少なくなるという事があるらしいのだが、コトハは問題ないと判断されたようだ。


 そしてズウェン、彼の番はベアタ・リンドブロムという女性。カルサダニア王国にあるヒーストルという街の出身で、人と豹獣人のハーフ。父が人族、母が豹獣人で、現在彼女はカルサダニア王国の方向……彼女の実家がある街周辺に彼女の存在を感じ取った。

 レノに依頼し地図を受け取ったコトハは、地図を指差しながらズウェンにその事を告げる。彼は「そんな事まで?!」と驚愕しつつも、ベアタは里帰りで実家に帰省している事を教えてくれた。


 どうやら、情報とは別に現在儀式者の番がどこにいるかを感じ取る事もできるらしい。レノも国内であればそれができるらしいのだが、国外だと朧げすぎて役に立たないと言っていた。


「国外にいる番でも現在位置が分かるなんて……いやはや、あたしゃ今まで大陸一なんて言われていたけど、お嬢ちゃんに比べたらあたしの力なんて足元にも及ばないねぇ……」


 しみじみと言うレノになんと声を掛ければ良いのか分からないコトハは口を噤む。以前彼女は引退したい、と笑って話をしていたが……あれはレノの本心ではなかったのだ。実はコトハの存在がレノを苦しめているのかもしれない……そう思った彼女は恐る恐る顔を上げてレノを見ると、何故かレノは満面の笑みを湛えていた。


 「あー、これでやっと神子の仕事を引き継ぐ事ができるさね! 本当にお嬢ちゃんとアステリア様には感謝しないとねぇ〜。流石に百五十年以上も神子をやってると、そろそろ飽きてくる頃さ。神子の仕事を降りる絶好の機会、逃したく無いねぇ……」

「あ、あの、以前言っていた話は本心だったのですか……?」


 あっけらかんと告げるレノに、コトハが改めて確認を取ると、「勿論さ!」とレノは胸を張って答えた。


「今はお嬢ちゃんの気持ちもあるからあたしが神子をしているけどさ、代わってくれるのなら代わって欲しいねぇ……ああ、ちゃんと引き継ぎはするから、そこは安心して欲しいさね……」


 そう笑って告げるレノに未練がある様子はない。コトハとしては自分に神子の力があるならば、それを他の人へ還元するのは当たり前だ。その思いから首を縦に振った。

 それを了承と捉えたレノは彼女に微笑みかける。


「ありがたいねぇ。今までは帝国で神子はあたしだけだったから、唯一の神子と言われていたけどねぇ……これからは神子が二人になるから、お嬢ちゃんが筆頭神子になるのさ。あたしも老体に鞭打たなくて良くなるから助かるねぇ〜」


 彼女の言葉の後に、「いや、まだまだ元気ですよねー?」と呟いたロジーネをレノは睨みつけた。そして「やっぱり元気じゃん」と小声で言ったロジーネの言葉に聞こえない振りをする。

 満面の笑みでいるレノに、イーサンは眉間に皺を寄せる。レノの引退発言に機嫌を損ねたのかとコトハは思ったが、そうではないらしい。


「神子として彼女が力を振るってくれるのは有り難いが、筆頭の地位となると話は別だ。他国への出張や、国内の巡回などの業務もあるだろう? まだこの国にすら慣れていない彼女には早いのではないだろうか? 引き継ぐと言っても二年は掛かるだろう?」

「ああ、それくらいは必要さね。けど、今まで新しい神子が現れる気配がないまま、あたしがここまでやったんだ。後二年くらいどうって事ないさね。そう思わないかい、イーサン様」

「……なるほどな」


 イーサンは納得した様子で頷く。何か通じ合うものがあったらしい。


「とにかく、引き継ぎについてはコトハ嬢の仕事の様子と彼女の意思、大司教様や陛下のご意志もあるからな。まだまだそれまでレノ様には頑張ってもらいたい」

「あー、それは仕方ないねぇ。時期を見て、になるだろうさ」

「ああ。今はレノ様の下で働いてもらうだけで十分だ」


 そう穏やかに笑顔でコトハへと告げるイーサンを見て、驚愕の表情を浮かべているのはロジーネである。


「え……あのいつも眉間に皺を寄せているイーサン様が優しい……笑ってる……」

「言葉を慎みなさい、ロジーネ」


 ヨルダンが注意するのと同時に、ズウェンがタオルで口を塞ぐ。そしてロジーネがモゴモゴと言っている間にズウェンは彼女を扉まで引っ張っていく。扉の前にたどり着くまで二人を見ていたヨルダンは、そこへ到達したのを見届けると、レノとイーサンへ話しかけた。


「レノ様、イーサン様、大変失礼いたしました。私たち三人は執務へ戻りますが、よろしいでしょうか?」

「ああ。何度も来てもらって悪かったね。助かったよ」

「ありがとうございました」


 コトハは頭を下げて、ヨルダンと扉の前にいた二人の背を見送った。



 扉が閉まると、そこに残ったのはイーサンとレノ、コトハである。コトハは宝玉を専用の箱にしまいながら、イーサンとレノの会話を聞いていた 

 レノが言うには、これでコトハの神子の力について皇帝ファーディナント宰相パウル大司教ザシャへと報告ができるらしい。そしてまずは神子の仕事のひとつである、王都で定期的に開かれる儀式への参加を目標にするとの事だった。


「三ヶ月に一度、儀式があるさね。以前開いたのは確か……」

「二ヶ月前だ」

「ああ、そうだったさね。だからあと三週間後くらいに儀式は行われるんだが……まあ、お嬢ちゃんにはその次の儀式から入ってもらおうかねぇ……」

「確かに、いきなり本番を迎えるよりは見学をした方がいいだろうな。コトハ嬢、そのように進言しても良いか?」

「あ、ありがとうございます……ぜひお願いします!」


 確かにいきなり本番よりは、事前に儀式を見てある程度知っておいてから参加をした方がやりやすいと思ったコトハは、提案してくれたレノとイーサンにお礼を告げる。ぺこりと頭を下げたコトハが顔を上げると、丁度身体をこちらに向けていたイーサンが微動だにしない。

 固まった彼の様子に面食らった彼女は、おじおじとイーサンの顔を見つめた後、レノへと声をかけた。


「あの……イーサン様はどうされたのでしょうか?」

「あ、ああ、大丈夫さね」


 レノは声を上げて笑っている。その声で正気に戻ったイーサンは、コトハへ向き直る。


「……失礼しました。コトハ嬢が可愛らしかったもので――」

「……?!」


 可愛らしい、と言われてコトハは頬を染める。その姿にまた彼が無表情のまま、心の中で悶絶しているであろう事に彼女は気づいていない。可愛いと言われたことも勿論であるが、イーサンの瞳に熱が篭っている事が見てとれたため、コトハはどう接すれば良いのか分からず、その後話しかけられても曖昧な微笑みを浮かべる事しかできなくなっていた。

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