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第10話 番とは

 翌日、コトハはレノと共に儀式や礼拝に参加し昼食を摂った後、神子の執務室に戻ったところでレノから話があった。

 以前話していた番が判明していない男性、イーサンの儀式が二日後に決まったのである。少々間が開いてしまったのは、現在彼が帝都にいないからという理由らしい。彼らはコトハが神子であると判明してすぐに鍛治の一族へ宝玉の作成を依頼したのだが、その依頼を届けたのは彼と部下たちの担当だったそうな。

 請け負った鍛治師も一晩中宝玉の作成に費やし、部下の一人によって翌日の昼には届けられたとの事。だが、イーサン自身は道中の視察も兼ねて、歩きで戻ってきているとの事だった。


 そんな近くに鍛治師一族が暮らしているのか疑問に思い聞いてみれば、彼ら自体は国外に住んでいるとの事。なんと竜人族は竜の姿へと変身できるらしく、竜の姿で空を飛べば数時間も掛からずにその村へと着くため、一昨日のうちに依頼ができたという事だ。ちなみに普段人型をとっている理由は竜の姿だと燃費が悪いためだ。

 儀式を行うまでの間、コトハは情報をより正確に掴み取るために、地名や人種などが書かれている本を読み込む。少しでも相手に有益な情報を持って帰って欲しいから、その一心で彼女は勉強に耽った。



 イーサンとの儀式を翌日に控え、コトハは普段通りに本を読み込んでいた時。レノは気分転換にとコトハをお茶に誘った。二人でお茶を楽しみながら談笑していたのだが、ふとコトハは以前から聞こうと考えていた事をレノに尋ねる。


「あの、レノ様は『穢れ』と呼ばれる黒い靄のようなものご存知ですか?」


 ヘイデリクたちが住んでいた小屋から降りる際に、二人がよく利用する泉の側を通ったのだが、故郷にあるような穢れは見なかった。穢れを見る力が無くなったのか、それとも元々この場所には穢れがないのか……どちらかは分からないが。コトハとしては多分後者だろうと思っている。


「穢れ、ねぇ」


 レノは顎に手を置いてコトハを見た。


「いや、そんなものは聞いた事が無いさねぇ……穢れとはどんなものなのかい?」

「人の負の感情が原因で発生する黒い靄を穢れと呼んでいます。故郷では浄化の巫女姫と呼ばれていた者が浄化をしていました」

「浄化の巫女姫ねぇ……その穢れを放置すると、何が起こるんだい?」

「そうですね……伝承では、最悪死に至ると言います」


 何やら思い詰めて考え込んでいる彼女に、コトハは首を傾げる。


「レノ様、どうされたのですか?」

「ああ、いや……そうさねぇ。ちょっと聞きたいんだけど、お嬢ちゃんは不思議に思わなかったかい?」

「何がですか?」

「神子の能力さ。番を見つける能力が何の役に立つのかってね」


 この世界の女神が与えた能力だ。何か意味があるのだろうと思うが、そもそもコトハは番というものを正確に理解していない。だから確かにレノの言った通りに思う事もしばしばあったのだ。

 そう告げれば、レノは「人族からすれば、そうだろうさ」と言い、重い口を開く。


「……獣人や竜人にとって、番とは半身はんしんなのさ。そうさねぇ……例えば何日も寝ないでいた人を見た事があるかい? ……睡眠が足りないと正気を失うんだよ。番はこれと同じさ。食や睡眠のように生きるために、無くてはならないものなのさ」

「番が見つからなかったら、どうなるのですか?」

「……発狂するのさ」


 思わぬ情報にコトハが呆然としている間、レノは立ち上がり本棚にある一冊の本を取り出す。


「番のいない者は、年を経るにつれて喪失感が強くなっていくらしいね。何かが欠けているような……そんな感覚らしいのさ。それが続くと、心が壊れていく……これは番が見つけられなかった者の手記さ」


 渡された本の表紙には、「日記」と書かれていた。彼女の許可を得て本を開き、パラパラとめくる。

 最初は綺麗な字で書かれていた日記も、後半になると字が崩れ始め……次第に文章と言って良いか分からないような、単語だけを書き殴ったであろう手記になり……最後は頁全てを塗りつぶすだけになっていた。

 番の重要性を実感したコトハに、レノは話を続ける。


「女神アステリア様が神子を遣わせるまで、番を見つけられる者は大体七〜八割ほどだったそうだよ。酷い時代では発狂した者を誘導し他種族を襲わせたり、発狂したもの同士を戦わせたり……というような事を平気で行っていたと書かれていたねぇ……当時はそれだけでなく、番だと分かれば攫ってでも手に入れる、というのが主流だった。だから人族と獣人族との間でも諍いが多かったのさ。それもあってか……竜人族以外が絶滅寸前に陥ったと言われているねぇ」

「竜人族以外……ですか?」

「そう。竜人族は他の種族よりも寿命が長いからかねぇ。発狂する前に竜人族内で見つかる事が多かったらしい……けれど、竜人族でさえ番を見つけられない者も数える程ではあるがいたと聞いているよ」

「その方達は……」

「……そうさねぇ……死を選んでいるのさ」


 喉からヒュッと声が出る。如何に神子がこの世界の人々にとって大切な存在なのかが理解できたような気がした。番は、竜人族や獣人族の精神安定剤と言っても過言ではないのだろう。神子の力が重要だと改めて認識したコトハだったが、彼女にはひとつになる事があった。


「あの、番の見つかっていないイーサン様は大丈夫なのでしょうか……?」


 今の時点で十年ほど番が見つかっていない、という話だった。もしかしたら彼も危ないのでは……とコトハは思う。


「正直何とも言えないさね。文献によれば、竜人族が発狂するのは早くても百歳らしい。イーサン様は三十だからまだ大丈夫だという見方が大半さ。イーサン様も今の所おかしな言動などは無さそうだから問題ない……と個人的には思いたいねぇ。だけど、何が起こるか正直分からないさね。だからお嬢ちゃんにイーサン様を救ってほしいのさ」


 レノはコトハを正面から見据えた。


「今の平穏があるのは、神子の力があるからだとあたしは思っているよ。だからあたしは仕事を辞められないのさ。お嬢ちゃんにその重荷を背負わせてしまう事、大変申し訳なく思うさね……ただあたしとしては是非お嬢ちゃんに最強の神子として、獣人族や竜人族を助けてほしいと思うのさ……」


 そう告げたレノは、力無く笑う。彼女のような責任感の強い神子たちの積み重ねが、今の平和な時代を作り上げたのだ。その一端を担う一人になると実感したコトハは、気を引き締めた。

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