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第9話 初めての儀式

 翌日。コトハはレノとマリに連れられて、王城の案内と宿舎の場所を教わった。

 彼女の仕事場は、王城の左隣にある教会と王城内にある神子専用の執務室の往復になる事が多いという。基本神子は朝食後から日が真上に昇る間、教会で感謝の典礼と呼ばれる儀式や礼拝に参加する。そして日が真上に昇る頃に昼食を摂り、そこから執務室で仕事を行うという流れなのだそう。仕事が早く終われば夕方にも教会へ行き、礼拝するとのことだった。幸い、教会と執務室は近い位置にあるので、迷子にはならなそうだ。

 他に案内されたのは、宰相であるパウルの執務室、食堂、医務室等々……必要だと思われる場所を教えてもらう。そして食堂で昼食を摂った後、レノは執務室へとコトハを連れて行った。


 執務室へと着くと、部屋の奥には執務机がひとつ置かれ、左側にもそれより一回り小さいくらいの机が置かれている。右側には本棚が置かれており、歴史書や神話から、礼儀作法、地理などの本まで幅広い範囲の本が揃えられていた。


「さて、この右にある本は今後いつでも読んでいい。もし詳細な内容が知りたければ、先程教えた図書館へ行けばわかるはずさ。さて、本題。お嬢ちゃんはこっち」


 レノの言葉で我に返ったコトハは、目の前の執務机に置かれた箱の中身を覗き込んでから、目を見張る。そこに入れられていたのは、昨日触れた宝玉……よりも一回り大きい宝玉が入っていたからだ。思わずレノへと顔を向けると、彼女は頷く。


「この宝玉はね、お嬢ちゃんの物さ。神子は自分専用の宝玉を持つさね」

「私専用ですか?」

「ああ、そうさ。宝玉には神子の力を増幅させる効果があるのさ。神子が現れたらある一族に依頼して新たな宝玉を作成してもらい、新たな神子の力を馴染ませる。それをすると、宝玉に力が馴染んで力を増幅させやすくなるのさ。力が増幅すれば、より正確な情報を入手する事ができる……番の情報は正確であれば正確であるほど、重宝されるからね」

「そうなのですね」


 コトハはレノに言われるまま、箱から宝玉を取り出そうと球に手を触れた。その瞬間ふと頭の中に思い浮かんだのは、以前故郷で浄化をしている時の事だ。コトハはそのまま宝玉を取り出して、台の上に宝玉を固定した後、自然と故郷と同じように祈りを捧げる。

 隣では「え?」と驚いているらしいレノ。だが、コトハはそれよりも宝玉から放たれる光の眩しさに、目を瞑った。勿論、祈りを捧げる姿勢は崩していない。彼女が祈った事で、この宝玉となんとなく通じ合えた気がしたコトハは、光が宝玉内に収縮すると同時に目を開ける。そして最初に視界へと飛び込んできたのは、口をあんぐりと開けているレノと、顔の前に手をかざし光を遮ろうとしていたマリであった。

 しばらくして我に返ったレノは、驚きを隠せない表情でコトハを見る。


「いやはや、度肝を抜かれたねぇ……こんな早く力が馴染むなんて……しかも……いや、今は馴染んだ事に喜ぼうではないか。もしかしたらこれならすぐにでも即戦力になるかもしれないね……マリ、ヘイデリクを呼んでおいで」

「デリクですか?」

「ああ。もう既に宝玉に力を通わすこともできた。彼女なら軽く説明をするだけでできるだろうよ。被験者はマリでも良いかもしれないが、マリは元々人間だからねぇ。やはり番を見つける精度が高いのは、竜人族や獣人族のような番を認識できる者たちだ。それに彼女の客も彼らが主となるだろうからね」

「分かりました。少々お待ちください」


 マリは頭を下げて部屋を退出する。その間にコトハはレノから儀式の方法や流れを教わるのだった。


 番の儀式は教会の大聖堂で行われ、儀式の内容は他人に知られないよう個室で行うとされている。参加者が目の前の椅子に座った後、まずは相手の名前を確認し、神子の力を宝玉へと流し込む。その際に、相手の名前と「女神アステリア様のお慈悲を」と告げると、頭の中に相手の番についての情報が浮かび上がってくるらしい。


 説明を終えた頃に現れたのは、ヘイデリクであった。彼はマリに大体の話は聞いてきたらしく、コトハと視線が合うと「俺はマリが番だと知っているから、気楽にやってくれ」と言ってくれる。正直神子の力があっても、本当に番の情報が読み取れるのだろうか……と不安に思っていたコトハだったので、彼の言葉を聞いて肩の力が抜けた。


 儀式の時となるべく同じ配置を、と執務机の前に椅子が置かれる。二人が配置につくと、レノがコトハへ視線を送り頷いた。コトハが最初に行う事は名前を聞く事である。


「本日はよろしくお願いいたします。貴方のお名前を教えていただけますか?」

「ヘイデリク・ホルンガッハーと言う」

「ヘイデリク・ホルンガッハー様ですね。ありがとうございます。それでは今から儀式を行いますね」


 そう告げたコトハは、宝玉の前で手を組んで祈りを捧げる。


「ヘイデリク・ホルンガッハー様へ、女神アステリア様のお慈悲を――」


 言われた通りに祝詞を読み終えると、コトハの頭の中には次々と情報が現れては消えていく。これが女神の力の一端なのだろう、とコトハは思う。

 それらをひとつずつ拾い上げ、コトハは祈り続ける。残念ながら、マリの情報は馴染みのない言葉が多く全てを拾う事ができない。そのため彼女は、認識できた情報のみをヘイデリクへと告げた。


「貴方の番は迷い人……ウエハラ・マリ様です。年齢は三十七歳、転移前はニホンという国にあるトウキョウ……トという場所で暮らしていました」

「えっ!?」


 コトハの言葉に声を上げたのはヘイデリクではなく、マリだった。開いた口が塞がらないだけでなく、目の色を変えてコトハを見つめている。

 そんなマリに咎めるような視線を送っているのはレノだ。


「どうしたんだい、マリ」

「申し訳ございません、レノ様……私がコトハさんに教えていない情報まで声に出されていたので、驚いてしまいました」

「ほう、それはもしかしてウエハラ、とトウキョウ……トという言葉かい?」

「はい。上原というのは以前いた世界の時の私の家名ですし、東京都というのは私が住んでいた地名です」

「やはりあたしよりも神子の力が強そうだねぇ……ちなみにお嬢ちゃん、宝玉に手を置いて儀式を行う事はできたりするのかい? 効率的にはそちらが良いような気がするが……」

「そうですね……やってみましょう」


 再度流れを確認しながら、祝詞を呟くコトハ。そして宝玉へと手を乗せてコトハは祈り続ける。すると膨大な情報が頭の中を駆け巡った。その情報は流れては消えていくだけではなく、流れ自体も非常に早くなっており、なんとか捕まえる事ができた情報は出身地がカナガワと呼ばれる場所であるという事だった。

 その事をレノに話すと、彼女は腕を組んで考え込む。


「成る程ね。なら一番お嬢ちゃんのやり易い形で良いさね。あたしが口を挟まなくても、あんたはやっていけるだろうからね。さて、ヘイデリク、マリ。あたしゃこれから宰相の元へ行く。お嬢ちゃんを送っておやり」

「あ、ありがとうございました」


 この執務室で解散だと理解したコトハは、レノへ感謝の言葉と共に会釈をする。その姿を見たレノは


「儀式に関してはお嬢ちゃんが自分でできてしまったからねぇ、大した事はしとらんよ。それより、あたしはあんたに期待しているよ。イーサン様の希望の光になってくれるという事をね。彼に全力を費やしてもらえると嬉しいさ」

「はい、必ず」


 背を向けたまま右手を上げたレノは、両手を組んで退室していく。以前よりも不安な気持ちは薄れ、人の手助けをしたいという気持ちがむくむくと現れていた。

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