コトハが神子であると判明した後。
彼女はレノと共に神子として働く事となった。
レノは神子として教会に所属をしているのだが、実は王城で文官としても働いている。それについては追々詳細を教えると告げられ、今日は解散となった。
移動もあり、神子だと発覚したコトハを気遣っての事である。パウルは部下に指示をし、二日間の王宮客室での宿泊許可証と、文官や神官が使用できる宿舎への入居申請書を作成するように指示を出す。この件についてはまた改めて話を聞く事になるようだ。
宿泊許可証が出るまで待機と言われ、パウロとファーディナントは席を立つ。そして残ったヘイデリク、マリ、レノ、大司教とコトハは時間があるからと雑談をしていた。
「いやぁ、まさか迷い人が神子だなんてねぇ。ザシャ様、これ、初めてのことじゃないかい?」
「私が知る限りでは初めてですね。ですが文献では一度あったそうですよ」
「そうなんだねぇ。でも本当に助かるよ。そろそろあたしも引退したいと思っていたところさ」
レノの言葉に「えっ」と驚愕したのはザシャである。
「いやいや、まだお若いじゃないですか! 私なぞ、二百五十歳ですが?」
「あんたとは一緒にしないでほしいねぇ……。もうあたしだって二百歳だよ。そろそろ夫と田舎に引っ込みたいと話していたところさ。だが、神子の仕事はあたししかできないからねぇ……辞めるにも辞められなかったけど、お嬢ちゃんが来てくれたから、一歩前進さ」
「田舎ですか?」
マリが思わず声を上げるが、レノはその言葉に同意する。
「そうさね。元々あたしは神子として、夫はあたしの側にいたいからと王城の文官になったわけだが、あたしらは人の多いところが苦手でねぇ……田舎で家を買って隣に畑を作って自給自足のゆったりした暮らしをしたいのさ。そのために今までの給金は貯めてあるんだからね」
「給金……ですか?」
初めて聞く言葉に目をぱちくりとさせるコトハ。彼女の表情にレノはギョッとして顔を見つめた。
「お嬢ちゃん、もしかして給金って言葉を知らないのかい? あれさ、仕事をした分、対価でお金を支給されるのさ」
レノたちはそこから給金の話になっていくが、コトハは故郷の事を思い出して考え込んだ。
あちらでは浄化の巫女として長老の屋敷の離れに住んでいたが、それはコトハがズオウの婚約者だったからだ。巫女の仕事も毎日こなしていたが、それに対しての金銭のやり取りはなかった。必要な物は現物支給されていたためだ。
村では通貨が無かったのか、と言えばそんな事はない。長老や年寄衆の給料は金銭だったし、村でも通貨でやり取りしていたはずだ。何故か彼女だけが金銭を得る事ができず、現物支給だったのだ。
村にいた時の彼女はそれが普通だと思っていたが、今思えば非常に特殊な環境だ。現物支給の言葉で思い出したのが、長老の飼っている鳥だった。その鳥は広間の片隅に置かれている鳥籠で暮らしている。長老が可愛がっていたため、彼が毎日餌やりと水やりをしていたはずだ。まるでコトハも鳥籠の鳥のような……いや、むしろ鳥の方が仕事もなく良い暮らしをしていたのではないか、と思うくらいだ。
改めて金銭の大切さを実感する。何があっても良いように、まずはレノのようにお金を貯めようと思った。
雑談後パウルが現れ、「部屋が用意できた」と告げられる。コトハは彼らと別れ、パウルの案内で客室へ向かうのだった。
その後、部屋に残っていた四人の話題は、コトハについてだった。
パウルが現れるまでずっとコトハが考え事をしていた事に、全員が気づいていた。時間が経つにつれて、どんどん血の気が引いていく彼女を見て心配していたので、声を掛けようと思った矢先に部屋を出てしまい、結局聞けず仕舞いになってしまう。パウルと共に歩く彼女は思った以上に足取りが軽く、しっかりしていたので問題ないとは思うが。
部屋の扉が閉まった後、緊張がほぐれたレノは手足を放り出して、呆れた声で告げる。
「あのお嬢ちゃんはとんだ箱入り娘じゃないかい? 給金って言葉を知らないなんて驚いたよ」
「本当ですね。しかもレノ様の言葉の後はずっと何か考え事をされていたようで……真剣な表情でしたから、声を掛けるのも躊躇いましたね」
ザシャも気遣わしげな表情でコトハが退出した扉を見る。
「あたしが聞いて良い事なのかは分からないけどさ……あのお嬢ちゃんはどうして転移してきたんだい?」
守護人であるヘイデリクとマリに真面目な表情を見せるレノ。コトハの許可なしに告げて良いものか、と少し悩んだためだ。そんな口籠る二人より先に言葉を発したのは、ザシャだった。
「故郷で追放の刑に処されたところ、気がついたらパーン遺跡の転移陣にいたと聞いておりましたが、実際のところいかがですか?」
「その通りだ。詳しくはまだ聞いていない」
「お前さんには期待しとらんが……人当たりの良いマリがいてか」
「ええ。故郷の事がトラウマ……えっと、精神的苦痛になっているのかもしれません。どこか余所余所しいというか……一線を引かれているような気がしますね」
「お嬢ちゃんもあたしたちの想像もつかない人生を送っているんだろうな、と思うよ。なんとなくだけどさ、お嬢ちゃんは悪人だと思えないし、幸せになってほしいと思うさね。そんな事をしみじみ考えるなんて、あたしも歳を取ったねぇ……」
「いやいや、二百歳はまだまだ現役ですよ!」
「だからさ! 好き好んで仕事をしているあんたと一緒にされたくはないね」
レノとザシャの言い合いを、苦笑しながら見ていたヘイデリクとマリだったが、ふとレノが真剣な表情に変わる。
「まあ、あたしらの事情はいいさ。お嬢ちゃんは追放によって居場所を奪われたんだ。ここで健やかな生を過ごせるように、折角だから祈りにいこうかねぇ……なんだい、ザシャ大司教」
そう呟いた彼女に最初は目を見張ったザシャではあったが、すぐにニコニコと微笑んだ。まるで周囲に花が浮いているように見える。
「本当に貴女は世話を焼くのが好きですねぇ」
「……うるさい。悪いかね?」
「いえ、是非是非構ってあげてくださいね」
そんな二人を見たマリも、何かを決意したような瞳をしていた。