光は消えたその後で――。
コトハも含めてその場にいた者たちは目を丸くして固まっていた。ただ一人、ザシャだけが立ち上がり、興奮した声で捲し立てている。
「素晴らしい! 貴女も欠片をお持ちなのですね! いやぁ〜、良いものを見させていただきました! レノ様の時と同様……いえ、それ以上の光だったので、もしかしたらレノ様以上の力をお持ちなのかもしれませんね! 陛下! レノ様をお呼びしましょう! 彼女であれば、コトハ様の力量が測れるはずです!」
驚喜したザシャを止めようと我に返った従者が肩を叩いているが、それに意識が向かない程、ザシャは高揚しているようだ。見かねてファーディナントが声をかける。
「一旦冷静になれ、ザシャ大司教。目の前にいる神子が、お主の奇行に引いているぞ」
「大変申し訳ございませんでした、コトハ様」
ファーディナントの一言で落ち着きを取り戻したザシャは、ソファーへと座る。だが、いまだに気持ちが昂っているからか、浮き足立っているようだ。彼を座らせたファーディナントは、コトハの顔をまじまじと見ていたパウルへと顔を向けた。
パウルは彼の視線の意図を理解し、頭を下げて部屋を出ていく。その間、彼らはザシャの鼻歌混じりの唄を聞く事となったのだった。
暫くして、パウルが扉から入ってくる。そして彼の後ろから入ってきたのは、妙齢の女性だった。
女性が来た事を認識したザシャは、満面の笑みで女性へと顔を向けた。彼女が神子であるレノだろう。彼女は一通り室内を見渡した後、目の前にいるザシャの笑みを見て「ふむ、成程ね」と言葉を漏らした。
「ここに来るまでは信じられなかったけど、どうやら本当のようだね」
「レノ様! そうなんですよ! ここにいらっしゃるコトハ様が、貴女のように水晶玉を美しく光らせましてね! 私はもう嬉しくて嬉しくて――」
「はいはい、ザシャ様。その話は一旦終わりにしてくれないかい? ……このお嬢ちゃんは確かに、あたしよりも力が強いようだ」
一目見てそう告げたレノに、コトハは驚きを隠せない。そしてまたファーディナントも同様に目を見開いていた。
「それは本当か?」
「ああ勿論。この件であたしは嘘をつかないさ……もしかしたら、彼女ならイーサン様の番も見えるかもしれない」
息を呑む音が鮮明に聞こえた。もしかしたら息を呑んだのは一人ではなかったのかもしれない。そう言えば、先程ファーディナントがヘイデリクに、「イーサンが番の件で凹んでいる」と話していたのをコトハは思い出す。
「あの、イーサン様とはどなたでしょうか?」
コトハの疑問に答えたのは、まさかのファーディナントだった。
「私の末の弟だ」
「皇帝陛下の弟様ですか?」
「ああ。現在外交官の一人として私の手助けをしてくれている素晴らしい弟だ。イーサンも儀式を受けていてな……まあ、大抵の者は一度神子の儀式を受ければ見つかる者が多いのだが、イーサンは――」
そう言ってファーディナントは口を閉じる。あまり口にしたくないのかもしれない。その事に気づいたコトハは、質問した事を謝罪しようと頭を下げようとしたが、その前にレノが話し出す。
「お嬢ちゃんも後々知る事になるだろうから先に言っとくけどねぇ。陛下の言う通り、基本は一度の儀式で番は見つかるものなのさ。だけど、イーサン様は例外。何度儀式を受けても、番を見つけられなかった……例外さね」
「イーサンは私たちを見てきたからか、番の存在を楽しみにしていてね。『兄様のように番と幸せになりたい』と儀式を受ける前は、目を輝かせていたのだよ」
「ですが、結果は見えず仕舞いでねぇ……何度受けても見えなくて……あたしとしてもねぇ……胸が痛いのさ」
レノの言葉が途切れると、重苦しい雰囲気が周囲に漂う。あれだけ楽しそうに小躍りしていたザシャも、イーサンの事を聞いて首を垂れている。
「イーサン様はよく我が女神像へと祈りに来られるのですが……いつも悲痛な表情をされていますからね。私としても、熱心に祈られるイーサン様には素晴らしい番が現れる事を信じております」
「そうさね。その希望がここにいるんだ。諦めるのはまだ早いさね」
「……コトハさん、俺からも頼む。マリが現れて一番喜んでくれたのが、イーサンだったんだ」
切羽詰まった表情のヘイデリクにも頼まれたコトハは、首を縦に振った。困っている人がいれば助けてあげたい、以前巫女姫だった時に持っていた感情を思い出す。だが、一方でまた尽くしても裏切られるのではないか、そんな気持ちも現れる。
彼女は次第に大きくなる裏切りへの不安を隠しながら、皆に作り笑顔を向けた。