マリとコトハが馬車を降りると、頭に黒い帽子のようなものを被った、白と黒の服を着た女性が現れた。マリ曰く、あの服装は修道女という女神アステリアに仕える女性が着用する服装らしい。コトハの巫女服も星彩神へ祈りを捧げる時に使用する服なので、仕事着のようなものなのだろう。
修道女を先頭にある部屋へ二人が到着すると、そこに居たのは背の高い女性たち。その女性たちも白と黒の服を着ているが、先程の修道女とは違う服装だ。こちらは侍女服と呼ばれる服装で、使用人の女性が着用する服だと教えてもらう。
コトハは侍女に引っ張られ、奥の部屋へと入れられる。奥の部屋はお風呂らしく、湯船らしきものにお湯がたっぷりと溜まっている。問答無用で彼女は服を剥ぎ取られ、言葉を発する暇もなく身体を洗われた。
数十分後、ドレスと呼ばれる若木色の服を着せられたコトハは口を挟む事もままならないまま、次の部屋へと案内される。
目の前には膝ほどの高さのテーブルの両側にソファーが置かれていた。左側は誰も座っておらず、右側には男性が二人、そしてコトハの目の前には男性が一人足を組んで座っている。
目の前の男性と目が合うと彼は口角を上げた後、コトハを案内した侍女に座らせるよう指示を出す。コトハは恐る恐る手前の椅子に座った。
その後すぐに現れたのは、ヘイデリクとマリだ。二人はコトハと同じ椅子に座ると、先程まで室内にいた護衛と侍女は頭を下げて部屋から出ていく。
静寂が部屋を包む中、それを破ったのは足を組んでいた男性だった。
「ヘイデリク、久しぶりだな」
「皇帝陛下におかれましては……」
「ああ、面倒な挨拶は要らん。お前と俺の仲だからな。そう言えば、後でイーサンに会ってやってくれ。また番の件で凹んでいたからな」
「……承知しました」
皇帝陛下、という言葉に思わず肩が跳ねる。先刻視線が交わった男性が皇帝陛下だったらしい。確かに他の者よりも豪勢な服を着ていると思ったが、まさかこんな早くお目に掛かるとは思わなかった。
故郷でコトハが長老に会おうとするならば、一旦待たされ危険がないと判明し次第、謁見に入るという流れがあった。ここはコトハにとって待機の時間のようなものだったのだが、まさか国のトップがここに居るとは驚きだ。
そして皇帝自身の態度にも、驚きを隠せない。勿論威厳は感じるのだが、意外と明快な人物らしい。きっとヘイデリク相手だからと言うのもあるだろうが……彼女にとって衝撃だったのは事実だ。
これが帝国流なのだろうか、と思っていると宰相がため息をつきながら皇帝陛下を咎める。
「陛下、流石にそれは……」
「いやいや、パウルよ。こんな堅苦しい中で話さなければならないコトハ嬢が気の毒ではないか。そう思わないか? コトハ嬢」
彼はコトハに満面の笑みで話を振るが、どう反応して良いか分からない彼女は助けを求めるようにマリとヘイデリクを見る。心境を理解したであろうマリは苦笑いを見せ、ヘイデリクはパウルと同様にため息をついた。
「陛下、流石にそこでコトハさんに振るのは酷だと思いますが」
「ははは、それもそうか」
「それに陛下、彼女も転移してから休めていないでしょうから。ここは手短にいたしましょう」
「確かにパウルの言う通りだな。ではそろそろ本題に移るとしよう」
そう告げた皇帝陛下はコトハにニンマリとした笑みを向けた。
「まず私はこの国の皇帝をしているファーディナント・アンハイサー・アーガイルと言う。今後コトハ嬢の身元は私が保証しよう。だから大船に乗った気持ちでいてくれ。隣にいるのは、パウルとザシャだ」
大雑把な説明に笑う
「私は宰相をしております、パウル・ビュトナーと申します。そして隣がアステリア教大司祭である、ザシャ・エッカルト殿です」
「紹介に預かりました、ザシャと申します」
「お前ら、硬くないか?」
「貴方様が自由なだけだと思いますよ。して、そちらのお嬢さん、お名前を教えていただけますか?」
ファーディナントを薄目で見ていた
「コトハ、と申します」
三人に向けて頭を下げていると、ヘイデリクが言葉を続ける。
「彼女は故郷で追放の刑に処されて、転移したらしい」
「なるほど、冤罪ですか」
パウルの言葉に首を縦に振るファーディナントと
無言の攻防が続く中、それを打ち破ったのはコトハの目の前にいたザシャだった。
「パウル殿、貴方としてはコトハさんが追放の刑となってしまった経緯を知っておくべきなのでしょうけれど、無理に聞き出すのも良くありませんよ。落ち着いてから話してもらえば良いではありませんか。それに転移した時点で、マリさんのように女神の寵愛を受けているのは事実ですから。ゆくゆくでも遅くないと思いますよ? それよりも先に、私の用事を受けていただいてもよろしいでしょうか?」
彼はコトハを助けてくれたらしい。大変申し訳ない、という意を込めてコトハが頭を下げると、意図を汲み取ったであろうファーディナントが言葉を引き継いだ。
「パウル、大司祭の言う通りだ。この件は落ち着いたら話してもらおう」
「……それがよろしいですね。ですが大司祭、貴方はその儀式が好きなだけでは……?」
「敬虔な使徒である私が、好きなどという軽い理由で儀式を行う事はありませんよ」
「……そういう事にしておきますね」
苦笑いでザシャを見るパウル。先程から目に見えて喜んでいるように見えるのは、気のせいではないらしい。彼は後ろにいた従者であろう男性へと目配せすると、宝玉のような物をザシャへと手渡した。
側から見ると、以前ズオウが転移陣を起動させる時に使用した宝玉と大きさは同じくらい。違いがあるとするならば、あちらの宝玉は赤色だったが、こちらの宝玉はザシャの服がコトハの位置から映って見えるほど無色透明である、という事くらいか。
彼は鼻歌混じりにテーブルへと宝玉を支える台を置き、その上に宝玉を置いた。
「さて、コトハさんは神子についてご存知でしょうか?」
「はい。番を見つける力を持つ人の事だと先程お聞きしました」
「その通りです。神子には女神の欠片を持つ者がなるのですが……女神の欠片についてはご存知で?」
いいえ、とコトハは首を振る。先程のマリの話には出てこなかった内容だった。
「番を見つける力を持つ者――神子は、女神の力の一部を使用できる欠片を持っていると、数千年前アステリア様が降臨した際に神託を受けております。そしてこの宝玉こそが欠片を持つ者を見つけ、その者の力を増幅させる事ができるのです」
ザシャは気持ちが高揚したのか、手を広げながら喋り始める。そんな彼の姿に呆然としているコトハの目の片隅に、「また始まった」とでも言いたげな従者の呆れた顔が映った。
どうやらこれは彼にとって普通らしい。周囲を置き去りにしながらも、ザシャは話を続けた。
「神子の力を持つ者がこの玉に触れると光が溢れ出すのですが……その美しさと言ったら! ああ、もう一度あの光を間近で見てみたいものです……」
頬を染めてうっとりとするザシャを見て、パウルが呟く。
「そう言えば、大司祭はレノ様の時に儀式を行われていた方だとお聞きした事があります……」
「ほう、あの竜人の神子であるレノ殿か」
「陛下、そうなんです! 現神子様であらせられる、レノ様の儀式、あれは忘れる事ができないほど美しいものでした……」
と、過去語りが始まりそうになったところで、ザシャは後ろの従者に肩を叩かれる。そして自分の役割を思い出したと言わんばかりに、慌てて咳をした。
「失礼いたしました。では、コトハさん。あとは貴女がこの玉に触れるだけですね……できれば、光らせてほしいのですが」
期待を込めて告げられた言葉に、コトハは思わず言葉を返してしまった。
「えっと、そんなに簡単に光るものなのですか?」
「いいえ、国に一人いれば良い方ですね。気にする事はありません。コトハさんは気にせず玉の上に手を置いていただければ」
額に手を置いているパウルにそう言われ、まるで子どものように目を輝かせて宝玉を見ているザシャの視線に狼狽えながらも、コトハは恐る恐る手を近づけた。そして宝玉に手が触れたかどうかの物際――水晶玉から辺り一面を覆うほどの虹色の光が部屋に充満する。
コトハは眩しさから逃れるためか、無意識のうちに目を閉じていた。