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第4話 いざ帝都へ

 軽食を摂った後、ヘイデリクとマリ、コトハの三人は山を降り始めた。

 石や木の根が出ており、肩幅より少し広いくらいの山道を三人は通る。マリはコトハの着ている服が巫女装束であるため、しきりに「大丈夫か」と尋ねていたが、故郷でも浄化をするために似たような道を通っていた事もあり問題なく麓の街まで降りた。


 ヘイデリクはある店に寄り何かの交渉をしている間、コトハはマリに連れられて街の散策をしていた。どうしても巫女装束だと目立つ事、山道を歩いたため汚れてしまった事、馬車に乗るのには不便だという事で、着心地の良い服一着と途中で摘めるような軽食を二人で購入する。最初は「服まで購入していただくなんて……」と遠慮していたコトハだったが、「必要経費よ! 支払いは国から出るから問題ないわ!」とマリに圧倒され、長袖のシャツと足首が見える程度の長さのスカートに着替えた。

 ここから馬車で数時間の場所に目的地があるらしい。


 空を見れば陽が真上に近づき、街も段々と騒々しさが増す。昼が近づいているのだろう。マリとコトハは街の外にいたヘイデリクと落ち合い、彼が御者を、コトハとマリは馬車に乗り込んだ。


 馬車内は緊張した。気を抜くと故郷の遺跡での事を思い出してしまうからだ。彼女はコトハに危害を加えない、と思う一方で、人の心は移ろうのだと頭の中で警鐘が鳴っている。だからだろうか、コトハの手は微かに震えていた。


 馬車に乗ってからふたつほど村を過ぎた頃、外の景色を見飽きたマリの提案でこの大陸について教わる事となった。


「ここはサザランド大陸と呼ばれているわ。サザランド大陸の北側に位置しているのが、今いるこの国、アーガイル帝国ね。その南側にはカルサダニア王国、オウマ王国と呼ばれる国があるの。この三国は同盟を組んでいるわ」

「帝国と王国、ですか?」

「ええ。簡単に言えば帝国は竜人族が種族の多い獣人たちをまとめている国で、王国は人族の国なのよ」


 獣人族、という新たな言葉にコトハは疑問を感じたが、ふと街で見た光景が思い出された。そう言えば、先程の街で兎や鹿のような動物の耳や尻尾が生えている人がいた。彼らを獣人族と呼ぶのかもしれない、と。

 その推測は正しかったようだ。


「デリクたち竜人族はほぼ人族と変わらない見た目ね。強いていうなら人族よりも身長が大きめで、寿命が長いのよ。獣人族は動物の耳と尻尾を持つから、分かりやすいと思うわ。例えば兎の耳と尻尾を持つ人は兎獣人と呼ばれているの。何らかの動物の特徴を持つ彼らを引っ括めた総称が、獣人族ね」

「獣人族と竜人族の暮らす国……」

「そう。獣人族と言っても多くの種族がいるのよ。これは帝国の歴史でも語り継がれているのだけど……数千年以上前の話ね。その頃は縄張り争いやら種族争いやら、人族との戦争やらで諍いの絶えなかった時代でね、全ての種族が絶滅の危機に瀕していたらしいの。その時に女神アステリア様が全てをを終わらすべく、地上に降り立ったそうよ。その時に女神様は当時帝国の西側の海峡にある島に住んでいた竜人族に助けを求めたの。獣人族を治めてくれないかって」

「今も帝国は竜人族の方が治めているのですか?」

「そうよ」

「ですが、いきなり他の者が来て統治すると言われても、反発する者が多かったのでは……?」


 故郷の村もそうだ。政治の中枢である長老は、代々元婚約者であるズオウの実家が継いでいる。それをもし他家から候補を擁立する、なんて事になれば、争いが起こるに違いないと。


「うんうん、そう思うよね。ただ、そこは女神様も理解されていたから『一番強い者が帝国を治めなさい』って仰ったらしいわ。竜人族も獣人族も、力の強い者が偉い。という風潮があるから……」

「なるほど……」

「今でも帝都にある闘技場で数年に一度、選手権が行われるわ。そこで勝ち上がった者が、皇帝と戦えるの」

「そこで皇帝に勝利したらどうなるのですか?」

「勝利した者が皇帝になるわよ。現皇帝は先代皇帝の息子だったのだけど、数年前に勝利して今に至るのよ」

「何と言えばいいのか……信じられません」


 一個人の戦闘力で国のトップが決まるなど、考えられない事だ。そう思っていたコトハの考えを読んだのか、マリも首を振って頷いた。


「本当に驚くわよね〜。私も転移者だから、元の世界と異なる事が多くて戸惑うこともあるわ。何かあれば力になるから、安心してね。あ、良ければ私が転移した後、どんな様子だったかを話すわね」

「……ありがとうございます」


 固くなっていたコトハにきっと気を遣ってくれているのだろう、マリは彼女の転移前の話を聞く事なく会話を続ける。その気配りに感謝をしながら、コトハはマリの話を興味深く聞いた。


 マリはニホン、と呼ばれる国から転移したらしい。気がついたら先ほどの転移陣の上で目が覚めたとの事。あの遺跡はパーン遺跡と呼ばれている。他にも帝国領土内にはハマル遺跡・ケイロ遺跡があり、そこにも転移陣が敷かれているとの事。

 マリが転移した時は、ヘイデリクと彼の父の代替わり中だったらしく、「厳つい男性が二人もいて怖かったわよ〜」と笑いながら言っていた。確かに彼のような男性が二人いたら威圧されそうだ。

 彼女の時は大変だったらしい。何せ目があった瞬間、ヘイデリクが「番だ!」と言ってマリを離さなかったらしい。番という言葉は知っていても、実感がなかったマリは一時期彼を遠巻きにしていた事もあった。


「だって、怖いじゃない。自分の頭二個分以上背の高い人に迫られるのって」


 マリの言う通りだと思った。コトハも背の高い人に詰め寄られたら恐怖を感じるはずだ。そもそも幼い頃に仲良くしていたズオウでさえ、最後にそう感じたのだ。初対面の人だったら尚更である。


「そもそも番、とはなんなのでしょう?」


 思わず口に出た言葉がそれだった。今の話からすれば、目が合った瞬間にヘイデリクはマリの事を番だ、と理解したようだ。いわゆる一目惚れ、みたいなものなのだろうか。でもそれとは違う気がする。


「そうねぇ、デリクが言うには『自分の半身』『いなくてはならない人』らしいわよ。竜人族は特に番に対する執着が強いと聞くわ」

「……分からない感覚ですね」


 ズオウの時もそんな思いを感じた事はなかった。一目見て愛情を得るなんてことがあるのだろうか。


「うまく説明できないけど、それこそ『勘』なのかもしれないわ。竜人族や獣人族はそれが人族よりもきっと発達しているのよ」

「ですが、その勘で獣人族と竜人族の皆様は、全員が自分の番を見つけることができるのですか? 探すのも大変なのでは……?」


 それこそ、番が他国にいたらどうなるのか。一生見つけられない人もいるのではないか、と不思議に思う。だが、その悩みも実は大昔の女神の介入によって解消されているらしい。


「この大陸には、『女神アステリア様の寵愛を受けた人』がいるの。彼女たちは神子、と呼ばれていて番を見つける力を備えているのよ。だから大抵の竜人族と獣人族は、ある程度の歳になると神子の元へ向かい、儀式を受けるの」

「それで番を見つけるのですか?」

「ええ。面白いわよね」


 不思議な世界もあるものだ、とコトハは思った。



 帝都に着いたのは夕方だった。

 マリに言われて窓から外を見てみると、顔を上げなければならないほどの大きな城門が見える。城門にはふたつの扉が付いており、左側は様々な人が並んでいた。並んでいる人たちを見ていると、獣人族や竜人族であろう人々が多いが、時々人族かと思われる人もいる。

 人の多さに圧倒されていると、ヘイデリクは右側の扉へと向かっていく。左側に並ばなくて良いのだろうか、と首を傾げているとマリがヘイデリクに話しかけた。


「ねえデリク。左側に並ばなくていいの?」


 マリも同じように思ったらしい。ヘイデリクは「ああ」と納得したような表情をしてから、今回は迷い人の保護であるため、右側の扉の利用を許可されたという事を教えてくれた。

 右側の扉に辿り着くと、コトハとマリはヘイデリクの指示で窓へと顔を出す。そして了承を得たのか、右側の扉が開く。

 門の中へ入ると、目の前に広がる街並みはコトハが今までに見た事が無いほど賑わっていた。

 彼女の故郷は五つの集落でできており、一番広い村は山の麓にある村だったが、その村の何倍も大きい。

 そして正面にそびえ立つのは、王城と言うらしい。初めて見る高層の建物に口が開きっぱなしだった。


「本当に賑わっているわよね。最初私も帝都に来た時は驚いたわ」


 二人を乗せた馬車は王城まで通じている道をどんどん進む。街の人も馬車が通る事に慣れているのか、二人の馬車は速度を落とす事なく、王城まで走る。そして王城の前の堀にある橋に差し掛かった時、馬車は速度を落として止まった。

 コトハは唖然と、マリは平然としている。彼女はマリに恐る恐る尋ねた。


「あの、ここに入るのですか?」

「あ、そうだよ。デリクが事前に連絡してあるから、今頃コトハさんのために客室が用意されていると思うよ」

「そ、そうなんですね」


 てっきりどこかの宿にでも泊まるのかと思っていたコトハは、今更ながら緊張する。そしてふとヘイデリクの「後ろ盾は皇帝」という言葉を思い出した。皇帝とはもしかして、故郷で言う長老にあたる人物ではないだろうか。今更ながら偉い人に会うという事に戦慄していると、ヘイデリクが御者席の後ろについている小さい窓を開けて、コトハに尋ねた。


「コトハさん、君が大丈夫であれば、着替えた後このまま皇帝と面会してもらえないだろうか?」

「……分かりました」


 最終的に会うのであれば、早い方が精神的にも良い気がする。そう思ったコトハは、震える声で告げたのだった。

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