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第3話 転移陣と迷い人

 視線を洞窟から前へと戻すと、目の前には小屋があった。あれがマリの言っていた家の事だろう。

 コトハとヘイデリクは外に置いてある椅子へと座っていると、マリは飲み物を持って現れた。彼女はコトハとヘイデリクの前にお茶を置いて椅子へと座る。それを横目で見ていた彼は、マリが座ると同時にお茶を煽るように飲み干した。


「で、本題に入らせてもらうが……その様子だとマリと話した方が良いだろうな」


 ヘイデリクはそう告げるとすぐにポットを手に取り、お茶を注いで聞く姿勢をとった。もしかしたらコトハの警戒心が伝わっていたのかもしれない。コトハは少しだけ俯くが、マリは「任せて」と告げた後、彼に向けて親指を立てたポーズをする。その後コトハへ向き直り、背筋を正した。


「さて、まずはこちらの紹介をするわね。私はマリ、こっちは私の夫、ヘイデリク。この小屋に住んでいて、さっきの洞窟……私たちは女神の遺跡と呼んでいるのだけど、この遺跡の管理をしていて、守護人と呼ばれているの。よければ貴女の名前を教えてもらえる?」

「私はコトハと申します。えっと、助けていただきありがとうございました」

「良いのよ。これも仕事のうちだから」

「……仕事ですか?」


 人を助けるのが仕事なのだろうか、と首を傾げていると、隣で黙って聞いていたヘイデリクがぼそっと話し出した。


「この遺跡では数十年に一度、『迷い人』が現れる。迷い人を保護するのが我々の仕事だ」

「迷い人というのはね、異なる場所から転移陣によって転移してきた人の事を言うのよ。そう、今のコトハさんのようにね」


 マリの話によれば、コトハが転移した大陸……サザランド大陸というのだが、この大陸は女神アステリアという神を信仰しているらしい。そしてこの女神が創り上げた遺跡がこの転移陣のある遺跡なのだそう。

 女神の作り上げた遺跡を監視し、転移陣を守る仕事をしているのが、彼ら二人の仕事であり守護人の役目のようだ。


「私たちが守護人になってからは貴女が初めてだけど……数十年に一度の割合で迷い人が現れるらしいの。デリクのご両親の時は何人か転移された方がいたんでしょう?」

「ああ。我が一族は竜の血を引いていて――ドラゴン、と言えば分かるか? 竜人族は寿命が長いからな。両親は俺に役目を譲るまで、何人か迷い人の保護をしている」

「その方達は今どちらに……?」


 迷い人が何人かいる、と聞いてコトハはズオウの言葉を思い出す。「ぜいぜい這いつくばって生きるんだな――」そんな裏切りの記憶を思い出し、顔から血の気が引いていく。

 コトハの表情に気づいたマリは、慌てて言葉を続けた。


「あ、大丈夫だよ? みんな元気に暮らしているからね? そもそもそのうちの一人が私だもの!」

「……!」


 思わぬ暴露に呆然とマリを見る。迷い人である事を言って良いのだろうか?

 そう思ったコトハは思わずヘイデリクへ顔を向ける。すると彼は彼女の視線の意味を理解したようで、「問題ない」と話した。


「マリは君の前に転移してきた迷い人だ。我が帝国で迷い人が現れた時、後ろ盾になるのは皇帝だからな。迷い人だからと言って理不尽な目に遭わされる事はない」

「そうね。ちゃんとコトハさんがこの国でも暮らしていけるように、私たちが助けるから安心してほしいわ」

「ちなみにひとつ確認したい。君がこの大陸へと来るに至った経緯を教えてほしい」

「……」 


 ヘイデリクの言葉にどう答えるべきか詰まる。冤罪とは言え、彼女は犯罪者として転移陣に乗せられたのだから。無言で言葉を選んでいるコトハに何か思う事があったらしい。引き続きヘイデリクが話し出す。


「成程、もしかして……犯罪関係か?」

「え……?」


 図星を突かれて動揺するコトハ。彼女の姿に「やっぱり」と納得するヘイデリクだったが、そんな彼にマリが突っ掛かった。


「ちょっとデリク! 犯罪関係ってどういう事よ?! コトハさんが犯罪者だとでも言うの?! あり得ないでしょう?!」


 首元の服を掴んで怒りから顔を彼に近づけるマリだったが、ヘイデリクはどこ吹く風である。

 一方でコトハはマリが「あり得ない」と言い切る理由が分からなかった。コトハの姿を見てそう思うのだろうか。

 だが、人とは表面では良い顔をしていても、裏では何を考えているか分からないはずだ。小柄で女性というコトハは第三者から見れば、比較的善良に見えるとは思うが……この短時間で確信を持って言えるような事ではないはずだ。

 何か他に理由があるのだろうか……と彼女が考えている間に話は進んでいった。


「マリ、落ち着け。俺は彼女が犯罪者だとは一言も言っていない。そもそも、先程マリが転移者であるのを知った時の彼女の反応から、彼女が犯罪に関わるような人間ではないと分かる」

「だったら……」

「だが、それが冤罪だったらどうだ?」


 マリははっと息を呑み、コトハを見る。彼女はマリに告げた。


「……私は故郷で追放の刑に処され、こちらに転移してきました」


 ヘイデリクはその言葉を聞いて眉間に皺を寄せ、マリは目を見開く。

 暫くの間、誰も言葉を発する事はなかったが、この静寂を破ったのはヘイデリクだった。


「成程、それは君にとって事実ではあるが……真実ではないのだろうな。罪を犯した者がこちらに転移するはずがない」

「あの、ひとつお聞きしたい事がありまして……何故罪を犯した者が転移するはずがないと言い切れるのですか?」


 この国は迷い人に対して寛大な気がする。転移の仕組みは分からないが、転移した者の中には善良な者もいれば、邪悪な者もいるはずだ。だが、まるで彼らは善良な者――コトハが善人かどうかは分からないが――だけが転移してくると理解しているかのような言い分だ。

 そう告げて首を傾げれば、その答えはマリが教えてくれた。


「この転移陣を通る事のできる迷い人は、女神様から選ばれた人間なんだって。女神様が選ぶ迷い人は皆善良で、帝国で暮らしていても問題を起こす事なく、溶け込む事ができるであろうという人だけを呼び寄せると聞いたわ。数代前の竜人族がそう女神様から伝え聞いているのよね?」

「ああ、だから君が悪人だと疑う事はない。単に、偶然見つけて転移した、という理由であれば君なら教えてくれただろうと思ってな。言い淀むような理由を考えた時に冤罪が思いついただけだ」


 彼の言葉で、今までのコトハの扱いに納得する。もしこれが村であれば、もうすでに捕らえられて尋問されていただろう。そう考えてふと、マリだけではなくヘイデリクの瞳にもコトハを気遣うような視線が送られている事に気づいた。


「もし君が良ければ、このまま山を降りて帝都へ向かおうと思うのだが……」


 そう言ってヘイデリクはコトハへ顔を向ける。マリも同意した。


「申し訳ないんだけど、どっちにしろ山は降りないといけないの。このまま山を降りる? それとも一旦休憩してから行く?」

「えっと……」


 そのまま降りますと告げようとしたコトハだったが、それを大きなお腹の音に邪魔される。彼女は恥ずかしさから俯く。そう言えば、あちらで捕らえられていた時は、パン一個と薄いスープを一日一回食べるだけだった。今までは緊張でお腹も空かなかったが、限界を迎えたらしい。

 彼女のお腹の音にマリは笑いながら、軽い朝食を用意してくれたのだった。

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