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第19話 これは放っておけない


 魔族で賑わう中心街を歩く。友人と家族と楽しそうに話している脇を通りながらシオンはサンゴとカルビィンと共に買い物をしていた。


 孤児院での手伝いが今日は休みなのでサンゴが「お出かけしましょ!」と二人を誘ったのだ。もちろん、買い物の殆どは彼女がしているのだがシオンは楽しんでいた。


 自分には眩しいブティックも、アクセサリーショップも見ているだけで楽しめる。


 サンゴは指をさしながら次に行く店を選んでいる。生き生きとしたその顔にシオンは嬉しそうだなと眺めた。



「おや、シオンさんではないですか」


「あ、ガロードさん」



 人混みを抜けるとエルフのガロードが立っていた。彼も買い物途中だったようだが、シオンに会えれて嬉しいのか「こんなところで会えるだなんて!」と手を握ってきた。



「なんと偶然なのでしょうか」


「えっと……そうですね?」


「今日もまたお美しい」



 ガロードは目を輝かせながら話すものだからシオンはその勢いに笑うしかない。サンゴもカルビィンも言葉を挟まむタイミングを伺っているようだった。


 今日は運が良いなどと話すガロードに相槌を打ちながら、シオンは不自然にならないようにどうにか手を離すことに成功させる。



「今日はご友人と買い物で?」


「そうなんですよ」


「そうですか。シオンさんと買い物ができるとは羨ましい」



 ガロードがそう言いながらサンゴたちを見る。彼の瞳はどこか鋭くて、二人は苦笑を返すしかなかった。何か余計なことを言えば、棘のある言葉が返ってきそうだ。


 二人は友人なのだから遊ぶことはよくあるからなのだが、シオンはどう返事を返せばいいのか悩ませる。



「あぁ、買出しなどでなければお供したというのに……」


「ははは……買出し頑張ってください」



 悔しそうにするガロードにシオンはそう返すと、彼はまた喜んだように「頑張りますよ!」と元気よく返事をする。このテンションにはついていけないなとシオンは思ったけれど、口には出さなかった。



「キャー!」


「どけぇっ!」



 中央街に悲鳴が響く。何事だと目を向ければ、犬耳を持った獣人の男が、別の魔族から追いかけられていた。ぶつかることなどお構いなしに人混みを駆けていく犬の獣人の男の手にはナイフが握られている。



「そいつ強盗犯です! 民間人は避けてください!」



 追いかけているエルフの女性が叫ぶと周囲の魔族や人間たちが逃げるように避けていくが、人混みゆえに思うように身動きができないようだ。シオンたちも巻き込まれないように逃げようとした時だった。



「いたいっ」



 幼い女の子が転んだ。人混みに追いやれて蹴られていくその様子をシオンは放っておけずに彼女の元まで行く。女の子を立ち上がらせて、怪我がないか確認すると大丈夫そうだった。



「大丈夫?」


「うん……お姉ちゃんっ!」



 女の子の声にシオンが振り返る――犬の獣人の男が彼女の首に腕を回した。


 シオンは「逃げて!」と女の子に言って、回された腕を掴む。女の子は言われた通りに駆けだした。逃げていくその背を見送ってから自分の現状を把握する、首元にナイフがちらりと見えた。



「来るんじゃねぇ! こいつを殺すぞ!」



 人質に取られているシオンはなるべく落ち着くように何度か呼吸をした。ここで焦っては恐怖を抱いてはいけない、冷静に男を刺激しないように大人しくする。


 追ってきたエルフの女性をシオンは知っていた。確か、アデルバートがグラノラと呼んでいたガルディアに所属している魔族だ。


 グラノラもシオンに気づいてか、一瞬だけ目を開いたものの、すぐに男へと視線を移す。他にも数人の魔族がいたので、彼らもガルディアの一員だろう。


 犬の獣人の男は追いつめられていることに焦ってか喚き散らしている。シオンはそれを耳元で聞きながら大人しく動きを観察していた。ナイフは首元にあるものの、当たってはいないので少し動いても傷はつきそうにない。


 男も目の前のガルディアの魔族たちに注意がいっているとはいえ、シオンには力がないので振りほどくことは難しそうだ。


 ガルディアの魔族たちが説得を試みているので彼らに任せるしかなく、シオンは黙って話に耳を傾ける。



「彼女を解放しなさい。これ以上の罪を重ねないの!」


「うるせぇ! そんなものは関係ないんだよ!」



 犬の獣人の男は聞く耳を持たないようで暴言を吐いている。話を受け入れてくれない様子にこれは長期化するのではないかとシオンは覚悟した。


 グラノラが一歩、前に出て犬の獣人の男は「動くな!」と叫ぶ。



「こいつがどうなっても……あ、手が動かなっ……」



 犬の獣人の男の動きが止まった瞬間、蹴り飛ばされた。その勢いに首に回された腕が離れてシオンは転げる。何事がとシオンが起き上がれば、男の腕を掴み締め上げているアデルバートの姿があった。


 何処からとシオンが驚いていると上から「アデル、そのまま拘束しとけ!」と声がした。見上げれば店舗の屋根にバッカスが立っている。どうやらアデルバートは屋根から飛び降りるように男の顔面を蹴り上げたようだ。


 アデルバートが犬の獣人の男を拘束したことで他のガルディアの魔族たちが駆け付ける。男は複数人に捕まり、暴れていたが逃げられないようだ。


 シオンは一連の流れをやっと理解して立ち上がると、「シオンちゃん!」と呼ばれる。


 駆け寄ってきたサンゴたちにシオンは「大丈夫」と返事をした。怪我の無い様子に安堵の息を零しながらサンゴが言葉を紡ごうとしてガロードが前に出た。



「大丈夫ですか、シオンさん!」


「だ、大丈夫で……」


「怪我などしては!」


「それはないです……」



 心配するようにガロードは聞いてくるがその圧が凄まじい。シオンは大丈夫だと言うけれど、彼は不安げに見つめている。なんとか彼を落ち着かせていれば、アデルバートが「シオン」と声をかけてきた。


 犬の獣人の男は他のガルディア職員によって捕まっているので、アデルバートはシオンの無事を確認するために来たようだ。



「怪我はないだろうか?」


「ないよ、アデルさん」



 シオンの返事にアデルバートは彼女の様子を見て嘘ではないことを判断したようだ。安堵した表情を見せながら「無事でよかった」と言われる。



「何が無事でよかっただ! ガルディアの連中がもっと早く捕まえていればこうはならなかっただろう!」



 それに噛みついたのはガロードだった。彼はアデルバートの前に立つと、「怪我ではすまなかったかもしれないんだぞ!」と怒鳴る。


 その剣幕にシオンだけでなく、サンゴたちも驚いていたけれど、アデルバートは怯むことなく、「こちらの不手際であったことは認める」と言って謝罪した。


 もっと手際よく犯人を捕まえることができれば、シオンを人質に取られることはなかっただろうことを認めた上で、「中央街での攻撃魔法は禁止されている」と説明した。


 攻撃魔法などで相手を足止めすることもできたが、中央街は多くの魔族や人間が行き交うため、巻き込むのを避ける目的で攻撃魔法は原則として禁止されている。その点は留意してもらいたいとアデルバートが話せば、ガロードは眉を寄せていた。



「あれ、じゃあどうやって犯人の行動を制限したんだ?」



 シオンは疑問に思った、犯人は手が動かないと異変に気づいていたのだ。それにアデルバートが補助魔法は制限されていないと教えてくれた。


 アデルバートは身体の一部の動きを制御する魔法を使い、犯人の腕の拘束を緩めて、ナイフを持っていた手を動かないようにしたのだという。


 この魔法は相手と距離を縮めなければならず、術者から気が逸れていなければ効かない。そのため、グラノラたちは犯人の気を向けるために行動していたようだ。



「それにしたって、ガルディアの連中が悪い」



 ガロードは話を聞いてはいたものの、ガルディアを責めるのをやめなかった。不手際があったことは認めているのでアデルバートはそれに反論することはなくただ、批判を受け止めるだけだ。


 シオンは恐怖がなかったわけではないが、もう解決したことなのでそれ以上は何を言うこともないとガロードを落ち着かせる。彼女に言われてか、彼はは渋々といったふうに引くがアデルバートを睨んでいた。



「シオンには一応、話を聞かねばならないのだがいいだろうか?」


「そうなんだ、いいよ。大丈夫」



 アデルバートにそう返事を返すとガロードがまだ何か言いたげであったが、時計塔の鐘の音を聴いて買出しのことを思い出してか、「では、私はこれで」とシオンの身を気遣いながら足早に去っていった。



「……彼は」


「エルフのガロードさん。教会の信者なんだよね」



 アデルバートにガロードのことを伝えると彼の眉間に皺が寄る。



「……エルフ?」


「どうしたの?」


「いや、……何でもない」



 何か引っかかっているような物言いにシオンが不思議そうに見遣れば、アデルバートは「気のせいか」と呟いて元の表情へと戻す。



「ガロードさん、シオンちゃんが好きだから余計に怒ったんでしょうねぇ……」


「まぁ、そうなっちゃうのはなぁ」



 サンゴとカルビィンの話しにアデルバートが目を瞬かせる。どうやら、ガロードがシオンに好意を寄せているということに気づいていなかったようだ。



「彼はそういう……」


「付き合ってないからね?」


「ガロードさんの一方的な想いよねぇ」



 勘違いさせてはいけないとシオンが否定すれば、アデルバートはそうなのかと理解したようだ。彼の怒りようもそうだったのだのかと。



「あ、いたいた。アデル、シオンちゃん大丈夫だったか?」



 見つけたといったふうにバッカスが駆け寄ってくる。シオンの大丈夫そうな様子に「よかったよかった」と声をかけた。



「女の子を傷物にしちゃ大変だからな」


「その言い方をやめろ、バッカス」


「悪かったって。つか、お前の行動早かったなぁ」



 バッカスは思い出したように言う。アデルバートは人質に取られているのがシオンだと気づいた瞬間、素早く魔法を展開し、屋根から飛び降りて男の頭を蹴り上げた。その動きは速く、バッカスですら反応できなかった。



「素早く行動するのは当然だろう」


「いや、そうなんだけど、異常というか……まぁいいや。シオンちゃん、ちょっとだけ話を聞かせてくれ」



 軽い手続きですぐに終わるからとバッカスに言われてシオンは了承する。付き添いとしてサンゴとカルビィンも着いていくことになった。


 隣を歩くアデルバートを見ると彼は何か考え事をしているようだった。どうしたのだろうかと聞いてみると、「いや……」と返ってくる。



「大したことではない」



 気にしないでくれとアデルバートが言ったので、シオンはなら大丈夫かなと深く聞くことをしなかった。アデルの表情が少しばかり険しかったけれど。



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