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第17話 気になるところはあるのか


「シオンさん、今日もお美しいですね」


「えっと、ありがとうございます、ガロードさん」



 金糸の短い髪を上げている端正な顔立ちの男はその青い双眸をシオンに向けていた。彼はエルフのガロード、教会で熱心に祈りを捧げている信者だ。


 シオンが人間界から堕ちてきた人間というのは教えていないが、シオンがリベルトの義娘であることを知っている。


 ガロードはシオンを気に入っているようで、会うたびに彼女を褒めて話をするのだ。シオンは相手が悪い人ではないのは分かっているけれど、毎度毎度、手を握ってずっと話をされるのには慣れなかった。



「今日は天気も良いですし、私と一緒に出掛けませんか?」


「あー、孤児院での手伝いがあるので……あと、父に断りなく男の人と出かけるのは禁止されていますから……」



 なるべく丁寧に言葉を選びながら断れば、ガロードは残念そうに眉を下げる。そんな顔をされても困るのだが、嘘はついていないのでシオンは悪くない。


 孤児院での手伝いもあるが、今日はアデルバートに血を渡す日なので予定が入っているのだ。そうとは言わずに「ごめんなさい」と謝れば仕方ないといったふうに引いてくれた。



「では、またお話しましょう。気を付けて、シオンさん」


「えぇ、ガロードさんも……」



 ガロードは名残惜しそうに手を離して教会を出ていく、それと入れ違うようにサンゴとカルビィンがやってきた。二人は彼を見て「あぁ、また」と察している。


 ガロードが居なくなったのを確認してからサンゴが「もう決まったようなものよね」とシオンに告げた。



「ガロードさん、絶対にシオンちゃんに気があるわよ」


「それなー」


「……否定したいけど、あたしもそう思った」



 シオンはですよねといったふうに答える。そう、ガロードの態度はシオンを気に入ったというよりも、好意を寄せているようにしか見えないのだ。流石のシオンでも分かるほどにはあからさまだった。


 好意を受けているシオンだがガロードに対して何か感情を抱いてはいなかった。物腰柔らかなエルフのお兄さんといった印象なのだ、彼は。なので、好意を抱かれてもシオンはどう返していいのか分からない。



「シオンちゃん的にはガロードさんはなし? あり?」


「何それ」


「恋人にするならよ」


「えー……分かんないなぁ」



 そう考えたことがなかったのでシオンは想像ができなかった。彼女の反応にサンゴは「ありなしだとない寄りっぽいよね」と呟く。



「ガロードさんでこう、キュンってきたことないでしょ?」


「多分」


「まぁ、シオンにはアデルさんがいるからいいんじゃない?」


「え、なんでアデルさんが出てくるんだ?」



 カルビィンの言葉にシオンが首を傾げると彼は「え! 付き合ってないの?」と聞いてきた。何処をどうみれば付き合っているのだと思わず突っ込んでしまう。



「契約してるだけだよ?」


「いや、それにしたって毎回送迎してもらってるじゃん!」


「わかる、そう見えなくもない」


「いや、契約に入ってるからだよ?」



 送迎してもらっているのは契約の一つに含まれているからだ。アデルバートとはそんな関係ではないので彼のためにも訂正しておかねばならないとシオンははっきりと否定する。


 カルビィンは納得はしたものの、「でも、契約がある以上はシオンは恋人できそうにないよね」と返す。


 ヴァンパイアと契約している人間と恋人になりたいかと問われると微妙なものだ。他所の男と二人きりで会って、血を渡しているのだから気にならないわけがない。


 嫉妬や独占欲的なものが湧かないとは限らないと言われてシオンは確かにと頷く。



「ねぇねぇ、シオンちゃんはアデルさんを見てキュンってしたことある?」


「キュンって例えば?」


「ほら、かっこいいなって思ったこととか!」



 サンゴに言われてシオンはうんと思い当たることがあった。それはミーニャンをだっこした時に見せた笑み、あれには見惚れてしまったし、格好いいなと思ってしまったのだ。


 黙るシオンにサンゴは「あったんでしょ!」と食い気味に聞いてきたので、「まぁ、まぁ……」と返す。



「あったのね!」


「いや、あったけど……」


「脈ありだわ!」


「どうしてそうなるのか」



 目を輝かせるサンゴにシオンは突っ込む、そうはならないだろうと。誰かを不意に格好いいなと思うことはあるはずなので、それを脈ありだと言うのは早計ではないかとシオンは指摘する。



「でも、きっかけにはなるかもしれないじゃん!」


「そうかなぁ?」


「無くはないんじゃない?」



 カルビィンに「きっかけって些細なものだって言うし」と言われて、それはそうかもしれないけれどとシオンは考えるがいまいちピンとこなかった。自分が恋愛している様子というのが想像できないのだ。


 なので、首を傾げるしかなくて、そんな反応にサンゴが呆れている。恋愛に興味がないのが信じられないようだ。



「まー、シオンが恋するかは時の流れに任せるとして。今日も孤児院での手伝いでしょ?」


「そうだけど、先にアデルさんに会って血を渡す」「あ、そうなんだ。じゃあ、僕らは先に行ったほうがいいね」



 カルビィンにそう言われてシオンは「先に手伝い任せる」と手を合わせる。二人に少し遅れるけれどちゃんと行くことを院長に伝えてもらうことにした。



「あ、噂をすれば来たわよ」



 こそっとサンゴがシオンに耳打ちする。見遣ればもうすっかりと慣れてしまい犬に吠えられることのなくなったアデルバートが歩いてきているところだった。


 腕に付けた時計を確認して、相変わらず時間通りだなとシオンは感心する。



「アデルさん、おはよう」


「あぁ、シオン。体調は大丈夫だろうか?」


「大丈夫だよ。採血できる」



 シオンの体調が悪い日は採血を止めている。少ないとはいえ、血を抜くので貧血など起こさないためだ。アデルバートは毎度、シオンの体調を気遣ってくれる。


 彼の血の欲求を目覚めさせたのは自分だというのに、そうしてくれるのでシオンは優しいなと感じていた。



「アデルさんは大丈夫?」


「俺か? 俺は特には問題がないが」


「シオンちゃんの血ってそんなに相性よいのかしら?」



 サンゴは前々から思っていた疑問を口にすれば、アデルバートが「俺にもよくは分からないが」と前置きして答える。



「シオンの血を摂取すると魔法の威力が上がったり、扱いがしやすくなる。質が良いというのもあるのだろうが、身体に合っているからか調子が良い」


「ヴァンパイアって不思議ねぇ。血液でそうも違うんだもの」



 人魚であるサンゴには分からないことなので興味があるようだ。シオンもそれは同じなので何か凄いなと話を聞いていた。



「人工血液や輸血と混ぜてるんだっけ?」


「シオンの血を少しでも混ぜれば飲める」


「でも、アデルさんは大変だよね。シオンがいないと生活に関わるし」



 カルビィンの言葉にアデルは眉を下げながら「これは仕方ない」と返す。それはシオンを気遣っているようだったので、「あたしが悪いから」と言っておく。


 元はと言えば自分がどんな存在か忘れていたことに問題がある。血液を与えなければアデルバートは今でも人工血液や吸血種用の輸血で過ごせていたのだ。


 なので、こればっかりは自分のせいなので、シオンは「欲求が治まるまでは付き合います」と返すしかない。



「それはそうよね。シオンちゃんのせいかもしれないし」


「自分の血肉が魔族にとって極上だからかもしれないからね、欲求」


「ごめん、これ不謹慎かもしれないんだけど聞いていい?」


「何?」


「いや、シオンの血って美味しいのかなって」



 人間界の人間の血肉は魔族にとって極上であり、舌を蕩けさせるとは聞いたことがあるけれど、実際はどうなのだろうかとカルビィンは気になっていたらしい。


 人間の血肉には興味がないし、食べるつもりはないけれどそこまで言われるほどなのだろうかと。それにはシオンも気になるなと思ってしまった。


 実際のところはどうなのかとシオンがアデルバートを見遣れば、彼はそっと視線を逸らした。それはもうあからさまだったもので、サンゴもカルビィンも察してしまう。



「美味しいんだ……」


「……すまない、その……」


「いや、アデルさんは悪くないから。飲ませたのあたしだし」


「素直な感想は悪くないと思うわ」


「うん、これは仕方ないよね」



 飲んでいる以上は味覚で味わうので、美味しいと感じてしまうのは悪いことではない。それは正常な反応なので文句は言えないことだ。


 なので、シオンは自分の血が美味しいと言われても嫌な気はしなかった。元々、そう教えられていたので抵抗感がなかったのかもしない。


 アデルバートが申し訳なさげにしているのでシオンは「気にしてないから」と笑って返す、不味いよりはいいだろうと。



「飲みやすいほうがいいじゃん」


「それはそうだが……」


「シオンちゃんって受け入れるのが早いよね」



 魔界に堕ちてきた時だってすぐに環境になれていたとサンゴに言われて、シオンはここでの生活を楽しんでいたとは言えなかった。


 死んでから魔界に堕ちた人間は元の世界には戻れないと言われてはここでの生活を満喫するしかないのだ。そう割り切ってしまったから、すぐに受け入れてしまっただけだった。


 なので、「あっちではもう死んでるわけだし、生まれ変わって戻れないならここで暮らさなきゃならないんだし、しょうがないじゃん」と答えておいた。


 死んでこの魔界に堕ちてきてしまったのだがら人間界に戻れないのは納得ができるし、それにリベルトやサンゴたちがいるので暮らしは幾分か楽だ。


 心配な部分がないわけではないけれど、身体もうこの世界に慣れてしまっているので問題はなかった。



「まぁ、そうよねぇ。シオンちゃんは運が良いからリベルト神父に拾わてるし、ワタシたちもいるからあまり苦労はないわよね」


「だったら、環境になれるのが一番だって」


「それにしても早いと僕は思うけどね」



 カルビィンの突っ込みにシオンは「いいじゃん」と口を尖らせる。それが可笑しかったのか二人はくすくすと笑う。



「まぁ、シオンちゃんに問題がないならいいんだけど。あ、アデルさん、お待たせしちゃってごめんなさい。ささ、シオンちゃんをどうぞ」


「その言い方、何、サンゴ」



 ずいずいっと背を押すサンゴにシオンが聞けば、彼女は「なんでもないのよー」とにこにこしていた。


 サンゴの様子にアデルバートも不思議そうにしていたが、話が終わったのならばとシオンに「行こうか」と声をかける。それに返事をしてシオンが駆け寄ろうとした時だ。



「アデルさんの気になるところよく見てみたらいいわよ~」



 サンゴが小声でそう言った。シオンは何のことだろうかと振り返ると、彼女は笑みを見せながら手を振っているだけだ。


 気になったものの、アデルバートを待たせるわけもいかないのでシオンは彼の背を追いかけた。



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