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第15話 捜査の眼からは逃げられない

 鬱蒼と茂る森林に囲まれた一角にシオンとサンゴはいた。無造作に生えている草の上に座らされて、見下ろしてくる二人の男の視線にシオンは睨み返す。


 外はすっかりと暗くなり月が昇り始めていて、男が発動させた灯火が淡く光を放っている。


「おい、どうする」


 金髪の男が問うと茶髪の男は苛立ったようにサンゴを睨んでいた。


 二人はヴァンパイアだった。スリルを楽しむように快楽を貪るために吸血行為を行っていて、逃げる算段も大体だが考えてはいた。あと一度、吸血したら逃げようと思った矢先のことだったらしく、「こいつが邪魔しなければ」と睨んでいる。


「この人魚のせいでっ」


 サンゴの髪を掴み上げると茶髪の男はそのまま地面に叩き付けるように離した。手足を拘束され、口も塞がれているサンゴは抵抗できずにそのまま転がる。けれど男に屈せず、睨み返していて、それがまた茶髪の男の癇に障ったのか「この人魚が」と胸倉を掴まれた。


「今はそんなのいいだろうが! どうすんだよ!」「うるせぇな、このまま逃げるさ」


 茶髪の男はサンゴを離すと金髪の男に向き直る。見つかるのは時間の問題だ、ならこのまま逃げてしまったほうがいい。用意していた脱出経路でそのままこの町から出てしまおう。


「目撃者がいるんだぞ、間に合うのかよ!」「大丈夫だ、こっちには人質がいるんだよ」


 そう茶髪の男は言ってシオンの髪を掴んだ。引っ張られて痛むのをシオンは堪えながら男たちを見る、どうやら自分たちは逃げるための人質にされるようだ。


「でも、二人は多いだろ」「なら、一人は吸い殺すか?」


 その方が手っ取り早いと茶髪の男が提案すれば、それならと金髪の男がサンゴの髪を掴んで首筋を露にする。


 このままではサンゴが殺されてしまう、シオンはそう思って男に体当たりする。それによろけた茶髪の男が「暴れんな!」とシオンの地面に押さえつけた。


「抵抗するとお前を吸い殺すぞ!」「馬鹿、人魚のほうが生きてると面倒だろうが!」「うるせぇ! どっちでも変わんねぇよ」


 シオンは茶髪の男の逆鱗に触れたらしい。ただでさえ、苛立っていた男の邪魔をしたのだから怒らせてしまうのは仕方ないことだった。


 茶髪の男が乱暴にシオンの髪を掻き上げて首筋を露わにさせる。これは自分は死ぬかもしれないなとシオンの胸が冷えた。


(アデルさんっ)


 シオンが心中で叫ぶ――空気が裂ける音がした。


 シオンを押さえつけていた茶髪の男の腕から血が噴出す、男は痛みと何が起こったのか分からず悲鳴を上げた。



「血を吸い尽くし殺す、とでもいうのか?」



 男たちは同時に振り返って固まる、紅い紅い双眸が二人を捕らえていた。一歩、一歩と二人に近づく影は姿を現す。


(アデルさん!)


 その姿にシオンは安堵した、アデルバートが来てくれたから。カルビィンが呼んでくれたのだと安心して、シオンは起き上がるとサンゴのほうを向く。彼女も助けが来たことで気持ちが幾分か楽になっている様子だ。



「貴様らだな、今回の連続吸血事件の犯人は」



 アデルバートは軽蔑するかのように二人を見据えてからシオンに目を向ける。怪我をした様子がないことに少しだけ目元を和らげたけれど、それも再び二人の男に向けると途端に鋭くなる。



「よくもヴァンパイアの名を汚したな」


「何がヴァンパイアの名だ! 人間なんてどうとも思ってねぇくせに!」



 茶髪の男は可笑しそうに笑う。人間なんてただの弱いだけの生き物としか、血を提供する存在としか思っていないだろうというその言葉にアデルバートは眉間に皺が増える。



「貴様らと一緒にするな」



 人間に興味がないのは認めるが、アデルバートは弱いだけで血を提供する存在、たったそれだけの生物として見てはいないと、アデルバートは男たちに「お前たちのように腐ってはいない」と言い返す。



「うるせぇ!」


「一歩でも動いてみろ、この女たちの命はないぞ!」



 金髪の男がそう言ってサンゴを掴もうとしたが、そこには誰もいなかった。茶髪の男もそれに気づいてか、傷口を押さえながら周囲を見渡している。



「女ってこのコたちのことかな?」



 すっとアデルバートの隣にバッカスが立つ、その両脇にはサンゴとシオンが抱えられている。



「甘いね、君たち」



 バッカスはそう言って二人を下ろすと拘束を解いていく。自由になったサンゴとシオンはバッカスの後ろに隠れながら二人を睨んでいた。



「このやろう!」



 茶髪の男が魔法を放つ。淡く白い魔弾が飛び、バッカスはサンゴとシオンを抱えて飛び、アデルバートはその魔弾を身体を傾けるだけで裂けると指を鳴らした。



「抵抗するのであれば容赦はしない」



 ざわざわと木々が揺れ、風が集まる感覚に二人の男はたじろぐ。それでも抵抗する手は休めずに男たちは魔法を再び放つが、その魔弾は風の渦によって弾き飛ばされた。


 風の渦はアデルバートを中心に舞い、壁となっている。アデルバートは指を弾くと風の渦は舞い上がって男たちを襲った。



「うあがっ」



 金髪の男が風の渦に捕らえられる。茶髪の男はアデルバートから目を離せないでいた、離せば捕まると本能的にそう確信して。



「仲間はもう使い物にならないが、どうする?」



 逃げるかという問いに茶髪の男はぞわりと寒気に襲われる。周囲から気配はない、ないけれど囲まれている錯覚を感じた。



「知っているんだ、その結界は魔族用だってな!」



 茶髪の男は自身の親指を噛み切って流れる血を蒔くように振ると呪文を唱える。その呪文にアデルバートとバッカスはまさかと飛び退いた。


 ばちばちと音を鳴らして男の足元に魔方陣が浮かび上がる。淡く光を放って黒い光が周囲に広がった。咆哮と共に魔方陣から姿を現す――紅い鱗に翼、長い尾を持つそれはドラゴンであった。



「ギュアアアアアアァァアア!」



 ドラゴンは鳴く、口から火を吐き出しす姿に火竜だということはそれだけで理解できた。



「お前、馬鹿か! 此処で火竜を出すってことがどれだけ危険なことだと知らないわけじゃないだろうが!」



 バッカスは叫ぶ。此処は森林公園の林の中だ、そんな場所で火器を扱えばどうなるかなど言わなくとも想像できるはずだ。「さらに罪を重ねる気か!」と突っ込むバッカスに茶髪の男は「うるせぇ!」と聞く耳を持たない。


 火竜は茶髪の男を乗せると翼をはためかせて、風の渦に突っ込むと捕らえられていた金髪の男を咥えて空を飛んだ。



「逃げるぞ!」



 茶髪の男は笑っている。最後の悪あがきとでもいうのか、アデルバートは男の行動に呆れていた。ドラゴンとはいえ、小型種の下級竜でそれほど脅威ではないが、この場所で炎を吐かれては危険だ。



「アデル、追いかけるからどっちか一人抱えてくれ」



 流石に二人抱えて走るのはしんどいとバッカスに言われて、そうだとアデルバートはシオンを抱きかかえた。



「大丈夫か、シオン」


「えっと、大丈夫」



 よかったと息を吐いてアデルバートが空を見上げれば、ドラゴンは真っ直ぐに飛んでいるのが見えた。アデルバートに「掴まってくれ」と言われて、横抱きに抱えられているシオンは彼の首に腕を回し、振り落とされないように抱き着く。



「今、他の捜査員も周辺囲んでるってよ!」



 伝達魔法を受け取ったバッカスに言われて、ドラゴンを確認すれば空には飛行能力に長けた魔族がドラゴンに応戦していた。地上に下り、火を放たれないように維持しながらドラゴンを包囲している。



「アデル、お前も召喚しろ!」



 林を抜けてドラゴンからほど近い場所に辿り着くと、バッカスは抱きかかえていたサンゴを下ろした。


 召喚と聞いてシオンはアデルバードも召喚魔法が使えるのだと知る。彼を見遣れば、できなくはないがといった表情を見せていた。


 相手はドラゴンといっても下級だ、それよりも上の魔物を召喚すればいい。ドラゴンさえ拘束することができれば、地上で待機しているエルフが退散の魔法をかけることができる。


 退散の魔法は拘束されていることが条件で、上級種の魔物ならばそれは出来なくはないと話すバッカスに、アデルバードは「仕方ない」と小さく呟くと彼を見た。



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