孤児院での手伝いを終えてシオンたちは帰路を歩いていた。夕暮れに照らされて三人の影が地面に映り揺れる。中央街を抜けて曲がり角でシオンはサンゴたちのほうを向いた。
「じゃあ、ここで」
「シオンちゃん、気を付けてよ?」
「サンゴもなー」
「シオン、またねー」
手を振るカルビィンにシオンは振り返して角を曲がった。その背を見送ってサンゴたちも歩き出して、あっと声を上げる。
「いっけない。シオンちゃんに明日はお休みしなさいって院長が言っていたの伝えてなかった!」
思い出したとサンゴはまだ別れたばかりだから間に合うだろうと来た道を戻って角を曲がる。遠目にシオンの背が見えたので、「シオンちゃん」とサンゴは声をかけようとして――駆けだした。
「シオンちゃんから離れなさい!」
サンゴの大声はシオンにも届いていた。何事かとシオンが振り返ると何かが視界の端へと飛んでいき、驚いて動きを止めて恐る恐るそれに目を向ける。
「くっそ、人魚かよっ」
金髪の男はサンゴを睨みながら身体を起こす。サンゴが声に乗せて魔法を発動させて男を弾き飛ばしたようだ。人魚の声には魔力が宿るとシオンは聞いていたので、これがと驚きながら男を見る。
その隙だった、シオンの背後に別の男が姿を現して首に腕を回す。捕まったシオンは抵抗するように締めてくる腕を叩く。
「人魚、すぐにこっちこい。お友達が死ぬのは見たくないだろう」
「……っ」
シオンを人質に取られてしまいサンゴは魔法を使うことができずに大人しく男の言う通りにする。金髪の男に腕を拘束されて、サンゴは口を塞がれてしまった。
シオンは自分のせいでサンゴが捕まってしまったと顔を顰める。男たちは「見られちまった以上はただじゃ返せない」と何やら相談している。
「シオン! サンゴ!」
カルビィンが声を上げる。男たちはまだ人がいたことに焦ってか、「逃げるぞ!」と言って魔法を発動させりと途端に周囲は煙に包まれていく。
「カルビィン! アデルさんに伝えて!」
シオンは叫ぶとぐらりと視界が揺れて、煙と共にサンゴたちは消えてしまった。残されたカルビィンは動揺しながらもすぐに伝達魔法を組み上げる。
このことをすぐに伝えなければならない、呟かれる言葉に反応して光が散って空を駆けた。
*
アデルバートがバッカスと共に犯人であろう吸血鬼の痕跡を辿り、行動範囲を大体絞り込んだ時だった。
はらりはらりと蝶々が降りてきた、これは伝達魔法の一つで、誰からだろうかと蝶々に触れてみれば、ぱっと弾けて文字が宙を駆ける。
『シオンとサンゴが攫われた』
カルビィンからの短い伝達にアデルバートはすぐに理解した、シオンが何者かに連れ去られたことを。その傍で伝達を見ていたバッカスも、「おい、これ」と声を零している。
「カルビィン……魔族犯罪科のファンデルの息子からの伝達だ」
「シオンってアデルの契約者だろ、その子が攫われたって……」
アデルバートはすぐに伝達魔法を組み上げてカルビィンへと届ける。彼の言葉が正しいのであれば、二人が攫われたことになり、それは今回の事件にかかわる可能もあった。
すぐに返信がきたのでそこに記された場所を確認するとアデルバートは「転移魔法を使う」と言って魔法を発動させた。その素早い行動にバッカスは慌てて、自身も魔法を発動させる。
ぱっと弾けて二人は消える――瞬間、別の場所へと降り立った。中心街から少し外れた路地に降りた二人は教えられた場所へと駆け出す。
真っ直ぐに進んだ先、路地を曲がったところにカルビィンが立っていた。彼は不安そうに、悔しそうに眉を下げている。
「カルビィン」
「あ、アデルさん。シオンとサンゴが!」
「事情は理解した」
アデルバートは周囲に漂う魔力を探るように集中する、ゆっくりと赤くなる双眸にカルビィンは息を呑んだ。
「間違いない、吸血事件のものと同じだ」
「把握。今、フェリクスに伝達魔法を送った」
アデルバートの返答にすぐに反応してバッカスがフェリクスへと伝達魔法を送る。数分も経たずに返事はきて、「すぐに捜索を」と指示が出た。捜査員が中心街を中心に検問を張るというのを伝えるとアデルバートは気配を辿る。
「中心街の奥……外れのほうか」
「そこまでなら転移魔法で一気に飛べるな」
「カルビィン。君はリベルト神父に伝えてきてくれ。シオンと人魚のサンゴはこちらで捜索する」
「わ、わかった……」
アデルバートはカルビィンに指示を出してからバッカスと共に転移魔法を再び発動させる。残されたカルビィンは指示通りにこのことをリベルトに伝えるべく、駆けだした。