アデルバートがデスクの椅子に腰を下ろせば、隣の席のバッカスが資料をデスクに投げて頬杖をついた。資料に目を通しているアデルバートをじぃっと見ている。
何が言いたいのか、その視線だけで理解してしまうぐらいには長い付き合いではあるのだが、構っている場合ではないのでアデルバートは無視する。
さっさと資料を頭に叩き込み、調査に参加しなくてはいけないのだから。それはバッカスも分かっていることではあるけれど気にならなくないわけがなくて。
「なー、さっきの話マジ?」
「嘘を言ってどうする」
あの場で嘘をつくということがどういうことか、バッカスが知らないということはない。ガルディアに隠し事をすれば罰則がつく。それに下手な嘘など簡単に見抜かれてしまうので嘘をつくメリットがない。
バッカスは信じられないといった態度で、「今度、会わせてくれない?」と頼んできてアデルバートは露骨に嫌な顔をする。
「その顔、失礼じゃね?」
「お前の女にだらしない姿を見てきた身としては当然だと思うが?」
そう、バッカスは女たらしである。女にだらしなく、目がない。恋人がいる女性であろうと口説き落としたこともあれば、捜査中に気に入った女性を見つければ声をかけたりなどしていた。
そのせいもあり、魔物対策課のほうに移動となったという経緯がある。それにバッカスとは家柄同士の付き合いもあり、昔から知っている。女同士の修羅場なども見てきた上に、巻き込まれたこともあったので警戒しないわけがない。
「えー、十九歳の人間でしょ? どうかなぁ」
「お前は十六歳の人間女性を口説いた過去を忘れたか?」
「……あー、はい。そ、そんなこともあったねー……」
バッカスに年齢など関係ない。自身の年齢がとうに二百を越えているのだから今更、考える必要などないのだ。老婦人であろうと幼女であろうと女性であることに変わりは無い。
老けているのが気になるのであれば魔法でどうにかなる。幼さなんて待てばいい、十年なんて魔族にはほんの少しの時間なのだから。彼の考えを否定はしないが、少しは落ち着けとアデルバートは思わなくもない。
「えー、アデルが気に入った子が気になるよ~」
「お前には関係ないだろう」
「くっそう、絶対に会ってやるからな」
意地でも会うと宣言するバッカスに、こいつなら隠していても何れシオンと会うことになるだろうなとアデルバートは思いつつ、捜査資料を捲る。
犯行時刻は全て夕刻、十八時~十九時だ。一人で歩いている女性の背後から抱き着くように拘束し、首筋から吸血行為を行う。被害者が気絶したのを確認するとそのまま逃走。
周囲から採取した魔力反応が二つ存在し、犯人は二人組みの可能性が高い。恐らく、一人が人避けの魔法を使用し、もう一人が吸血行為を行う。犯行現場は何処も人気がない場所であり、範囲は広くなかった。
「狩場にしている地域に住んでいることはないだろうな」
「そりゃ、そうでしょうよ。ただ、検問敷かれてこの街からは出られないから、どっかに隠れてるんだろうな」
転移魔法すらも許さない結界が敷かれている。魔法による効果で街から出ようとすればすぐにガルディアが飛んでくる仕組みだ。
検問が敷かれる前に逃げるということはよくあることなのだがそうしないのは考えなしなのか、手段をもっているのか。これだけでは判断することができない。
「気配を辿るにしてもなんか消されてるっぽいよなぁ」
資料をぺらぺらと捲りながらバッカスはぼやく。
魔族犯罪においてまず調査することは魔力反応だ。魔力反応は魔族によって異なりそれにより種族を特定することもできる。
その次に魔力反応とともに表れる魔族独自の気配、人間でいうところの臭いである。それを辿ることで犯人を絞り込むのだが、魔法で誤魔化されているようだった。
完全に消し切れていないところからして、そのタイプの魔法が得意でない魔族だと予想ができる。上手い魔族は自身の気配を消すだけでなく、別の気配を張ることも可能だ。
「誤魔化されるとなぁ。面倒だよな、逆にさぁ~」
「考えられた犯行か、突発的な犯行か分かりづらいからな」
「それなぁ。考え無しのアホが一番面倒なんだよ」
追い詰められてから何を仕出かすか分からない。考えられた犯行ならばそうはならないことのほうが多いのだが、突発的なまたは考えたようでそうでないものに関しては追い詰められると厄介な動きをすることがある。
「一先ず、現場付近を回ろう」
「他に参加してるやつにも話聞くかぁ」
ふぁあっとバッカスは欠伸をすると立ち上がり、椅子にかけていた白いロングコートを羽織った。綺麗に仕立てられているそれを着こなすバッカスに、よくそんな汚れる服装ができるなとアデルバートは思っていた。
本人にそう言えば「今時、ヴァンパイアだからって黒いマントは流行らないでしょ」と返される。黒いマントは自身もあまり好きではないので同意できなくはないが、白を選ぶ気にはなれなかった。
アデルバートは立ち上がるとふらりと眩暈が一瞬だけする。それに耐えるようにデスクに手を置いて小さく呼吸をした。
「……そろそろきついな」
「何が?」
「いや、なんでもない」
シオンの血を混ぜずに無理して人工血液や献血を飲んでいたがそろそろ限界がきていた。それでも仕事はしなくてはならない。
今日も無理矢理、飲みこんでいたがもうそれもできないだだろう。どうにかして隙間を見つけて採血しなくてはなとアデルバートは考える。
「なんなのさー、あれ、もしかしてえーっと、シオンちゃんのこと考えてた?」
「……お前に関係ない」
「はーい、今の間は肯定として捉えマース!」
にやにやするバッカスにアデルバートは何も言わない。これにいつまでも時間をかけれいる場合ではないのだ。
アデルバートが「置いていくぞ」と部屋を出ようとすると、バッカスは「怒るなよー」とからかうような笑みを浮かべていた。