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第11話 迷い子猫な獣人を探す

 孤児院、パスカリアはガルディアの本部の裏手に位置する場所にある。商業店に囲まれるようにひっそりと建っているレンガ調のシックな外観の建物がそうだ。門を潜れば庭で遊んでいた孤児院の子供たちが「シオンお姉ちゃん!」と駆け寄ってくる。



「シオンお姉ちゃん、またお話聞かせて!」


「アタシ、あの話がいい! シンデレラ!」


「わたしは白雪姫!」


「焦らなくてもちゃんとお話してあげるから待ってて」



 駆け寄ってくる幼子たちは皆、シオンに懐いているようでアデルバートは「懐いているな」と呟いていた。それに「自分でも不思議だったりする」とシオンは答える。


 子供は嫌いではなく、好きなほうだ。可愛いからというのもあるが、その純粋さに惹かれている。


 もちろん、イタズラ好きな子や生意気な子、言うことを聞かない子などもいるのだけれど、それでも嫌いになれない。好きだからと言って気に入られるとは限らないのだが、孤児院の子供たちには懐かれていた。



「あっちで伝わってる御伽噺を聞かせたり、外で一緒に遊んでただけなんだけど」


「そういうところがよかったんだろうな」


「そうかな」


「悪い人間には見えないだろう」



 何をするでもなく、御伽噺を聞かせて、一緒に遊んでくれるだけでも子供たちからしたら印象は良いものになる。


 懐かれてしまうのも無理はないとアデルバートに言われて、そういうものなのだろうかとシオンは思いながらもそういうことにしておくことにした。



「では、シオン。また夕方に」


「あ、うん、ありが……」


「シオンちゃん!」



 呼ばれて振り返れば先に来ていたサンゴが慌てた様子で駆け寄ってきた。その姿だけで何かあったというのは分かるので、シオンは「どうした?」と問う。



「ミーニャンが居なくなったの!」


「はぁ!」



 ミーニャンとはこの孤児院の子供だ。猫の獣人でまだ四歳の小柄な女の子なのだが、よく一人でうろつく癖がある。なので、職員たちは彼女に気を配っていたのだが、そんな子が孤児院から居なくなっていると知ってシオンは「他の職員さんは!」と慌てていた。



「敷地内を探しているんだけどいなくて……もしかしたら外に出ちゃったかも……」


「外はあたしが探すよ」


「あ、ワタシも探すわ。カルビィーン!」



 サンゴは大きな声でカルビィンを呼ぶと、彼は裏手から出てきた。外を探すことを伝えれば、カルビィンも手伝ってくれるとのことなのでシオンは子供たちに「ごめんね」と謝る。



「ミーニャンを見つけたらお話聞かせるから少しだけ待ってて?」


「わかったー」



 子供たちもミーニャンが居なくなったという事実を理解したようで、「お姉ちゃんたち気を付けてね」と声をかけてまた庭で遊び始める。


 獣人とは言え四歳の足なのでまだ遠くへは行っていないはずだ。シオンは「大通りのほう見てくる」と二人に告げる。サンゴは裏手を、カルビィンは商業店周辺を見ることになった。


 シオンが駆けだそうとしてアデルバートに引き留められる。



「えと、何」


「手伝おう」


「でも、仕事……」


「まだ出社まで時間がある」



 子供が居なくなったことのほうが重要だろうというアデルバートに、シオンは人手は多いほうがいいよなと、その申し出を有難く受け取ることにした。



「ミーニャンは猫の獣人で四歳の女の子、小柄で髪の毛は短くて明るい茶色なんだ」


「わかった」



 アデルバートに特徴を伝えるとシオンは孤児院を出て大通りへと走り出した。


 孤児院から真っ直ぐ進めば大通りへと出る。馬車や人が行き交う中をシオンは目を凝らしながら見渡した。


 近くにいた商人に子供を見なかったかと聞きながら走っては見て回る。人が行き交っている中に子供らしい姿はあれど、ミーニャンの影はない。何処を探しても大通りにはいないようで、シオンは「ここの裏通りかも」と大通りを外れた道を駆けていく。


 大通りから一本、道を逸れると裏通りと呼ばれる場所に出る。俗に言う歓楽街なのだが、まだ昼間ということもあって開いている店はない。人通りも少ないので見通しは良くて探しやすいけれど、ミーニャンがいる気配はなかった。


 ここじゃないのだろうかと裏通りの道を一本、逸れると魔族の男が煙草をふかしていた。彼に聞いてみるかとシオンが「あの」と声をかける。



「あん? 何?」


「えっと、四歳ぐらいの猫の獣人の女の子見ませんでした?」


「あー……そういや、ガキが走っていくの見たわ」


「それ、どっちですかね!」


「あっち」



 魔族の男が指さした道は裏通りの奥だ。風俗関連の店が並ぶところなので、子供が行っていい場所ではない。シオンは魔族の男に礼を言って裏通りの奥へと駆けだした。


 まだ閉まっている店が目立つ通りを見渡していると、魔族の女が店から出てきてシオンを見つけるや眉を寄せる。



「見ない顔だね、こんなところで何してんだい」


「あ、その、女の子探してて……」


「女の子? あぁ、あそこにいる子かい?」



 魔族の女はそう言って顔を向けたその先に女の子がいた。猫の獣人の証である耳と尻尾をつけて、明るい茶色の髪を揺らしながら走っている。間違いなく、ミーニャンだ。



「ミーニャン!」



 シオンが大きな声で呼べば、ミーニャンは振り返って見つかってしまったといったふうの顔をした。シオンがこっちに来なさいと声をかけるも、彼女は怒られると思ってか逃げるように走っていく。


 シオンはこれ以上、子供が奥に行くのは危険だと慌てて追いかけた。ミーニャンと呼べど彼女は止まってはくれず、子供の足なので追いつけそうではあるけれど転んで怪我をしては大変だ。なんとか止まってくれと頼むがミーニャンは足を止めない。


 ミーニャンは後ろを振り返って、足を縺れさせて転んでしまった。シオンが捕まえるならば今だと思った時だ。


 馬車の走る音が聞こえて、シオンは慌ててミーニャンに駆け寄る。抱きかかえたのと同じく、馬車が目の前までやってきていた。


 いきなり飛び出してきた二人に馬は驚いて止まろうとして暴れる。その足で蹴られそうになってシオンがミーニャンを庇うように抱いた瞬間――ふわりと抱きかかえられた。


 すっと駆け抜けていく感覚にシオンが目を瞬かせながら顔を上げると、アデルバートが小さく息を吐いていた。どうやら、彼に抱きかかえられて助けられたようだ。アデルバートの両脇にミーニャンとシオンが抱ええられている。


 馬は落ち着きを取り戻したようで大人しくなり、手綱を持っていた男が「危ないだろう!」と怒鳴る。



「いきなり飛び出してきやがって!」


「此処は馬車侵入禁止だが?」



 男の文句にアデルバートは冷静に返す。シオンとミーニャンを下ろすと彼は男に近寄って、「違反をしているのはどこの誰だろうか?」と威圧した。



「そ、それは……」


「残念ながら俺はガルディアの魔族だ。違反者を見逃すわけにはいかない」



 アデルバートはそう言うと男に「身分証と馬車使用許可書を見せろ」と告げる。彼が見せたパスケースで本当にガルディアの人間だと理解した男は、くっそうと小さく呟きながら大人しく言うことを聞く。


 アデルバートはそれらをメモすると「三日以内にガルディアの本部に書類を提出するように」と黄色い紙を男に渡す。男はそれに頷くしかなく、しぶしぶ紙を受け取って来た道を引き返していった。



「シオン、大丈夫か?」


「あ、うん。大丈夫、ありがとう」



 シオンは返事を返してからミーニャンに怪我がないか確認する。怪我はないようだが勝手に外に出たことを怒られると思っているらしく、俯いて黙っていた。それにシオンは「無事でよかった」と頭を撫でる。



「お姉ちゃん、ごめんなさい……」


「いいよ。早く帰って院長たちを安心させような?」


「うん」



 ミーニャンは泣きそうになりながら頷いていた。シオンは怒ることをしなない、それはこの場ですることではないと判断したからだ。彼女をちゃんと見れていなかった職員にも非があることだったというのもある。


 それに一方的に叱るのでは子供には伝わらない。怖い想いをしたばかりの身ではただ、恐怖を植えけるだけだ。それをシオンは分かっていたので今は彼女を落ち着かせることを優先させた。


 そんなシオンの行動をアデルバートは感心したように見つめていた。彼には珍しく映ったのかもしれない、叱らないということが。



「アデルさん、ありがとう。ほんっと、助かった!」


「いや、気にすることはない」


「これでサンゴたちも安心するよ。ミーニャン、帰ろう」


「疲れた、お足痛い」



 ミーニャンはそう言って座り込んでしまった、どうやら走り疲れて足が痛いようだ。


 シオンが抱き上げるしかないかなと思っていると、アデルバートがひょいっと彼女を抱き上げた。だっこされるミーニャンは嬉しそうに「たっかーい」とはしゃいでいる。



「あ、あたしがだっこしてもよかったんだけど……」


「小柄とはいえ、四歳児は重い。俺が抱えていこう」



 シオンでは疲れるだろうとアデルバートに言われる。どうやら気遣ってくれているようだったので、シオンはありがたくお願いすることにした。


 ありがとうと礼を言えば、彼は振り返って小さく笑むとミーニャンを抱きかかえながら歩き出した。


(その笑みは反則な気がする……)


 シオンは思わず見惚れてしまっていた、不意打ちだったから。少し、そう少し格好良いなと思ってしまったのだ。


 そんな自分に気づいてシオンは頭を振るとアデルバートを追いかけた。

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