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第10話 契約を交わす

「血液の代金は払う」


「え、お金とかいいのに」


「これはヴァンパイアの契約だ。対価は支払う」


「契約?」



 契約という言葉にシオンが首を傾げたのでアデルバートは契約について説明した。


 ヴァンパイアとの契約。契約者はヴァンパイアに定期的に血を与え、またそのヴァンパイア以外に血を差し出してはならなず、その代償にヴァンパイアから対価を貰い受ける。


 そういった契約というのがいくつか魔界には存在するのだと教えてもらい、シオンはファンタジーっぽいなとのんきに思ってしまった。



「なるほど……」


「病院で採血する時の量ぐらいだ」


「そんな少なくていいの?」


「人工血液や吸血種用の献血と混ぜるから問題ない」



 それに献血と同じ量を週二回も貰うことはできない。献血でも四週間ほど開けるなど決まりがあるだろうとアデルは答える。



「リベルト神父、義理とはいえ娘の血をもらい受けることを許してほしい」


「それは仕方ないことだ。キミはガルディアの魔族だし、シュバルツ家と言えば公爵家のなかでも名家だ。そんなキミの生活に支障が出ては問題になるだろうからね」



 そこで問題が起きてシオンが人間界から落ちてきた人間だというのを知る魔族が増えては、事件に巻き込まれるリスクというのが増えるだけだ。許可を出すしかないとリベルトはそれを承諾した。



「採血ってどこでやるの? アデルさんの家?」


「採血キットがあればとこでも可能だ。不安ならばここでも構わないが……」


「教会内での血のやり取りは禁止されている」



 リベルトにそう指摘されてアデルバートは「では、俺の家でもいいだろうか」と問う。シオン自身はどこでもよかったので、「いいよ」と返すとサンゴに「このおバカ」と突っ込まれた。



「男性の家に普通に行くもんじゃないわよ! 危機感を忘れないで!」


「えー、でもうちの家って教会の敷地内にあるから無理だしさー」


「そこの人魚の言う通りなので、俺からは何も言えない……」


「こればっかりはそうだよねぇ……」



 サンゴの突っ込みにアデルバートは言い返すことができず、カルビィンも選択肢がなぁと呟いている。病院に行けばその血の匂いで人間界から落ちてきた人間だと勘づかれる可能性もあるので、アデルバートの家というのが妥当な選択になってしまう。


 それはサンゴも理解しているようで眉を寄せている。まだヴァンパイアであるアデルバートを警戒しているようだった。



「家と行っても俺は実家の屋敷では暮らしていない、一人暮らしをしているので魔族が関わることは殆どない。周辺はガルディアの本部が近いから防犯上は問題なく、俺はシオンに何もしないし、送迎もする」


「……まぁ、、それしかないわよねえ……」


「アデルバート殿を信じるしかないだろう」



 サンゴはリベルトに言われて仕方ないかと溜息を吐く。二人の心配というのはよくわかることなので、シオンは「ごめんな?」と謝るしかなかった。


   ***


 アデルバートの家は街の中心街から少し外れたガルディアの本部にほど近い場所だった。小さな城のような白い建物がこの街を守っているガルディアの本拠地だ。塔が何重にも建っているような重圧感のある風体は迫力がある。


 その側には商業店や魔族たちのアパートメントが建っている。その中でもレンガ調で柵に囲まれた警備の整ったアパートメントがアデルバートの住んでいるところで、門前には警備員が常駐していた。


 三階建てほどのアパートメントの最上階の一番奥がアデルバートの住居だ。ドアを開錠するとアデルバートは「入ってくれ」と扉を開けた。白く綺麗な玄関にシオンはきょろきょろと室内を見渡しながらお邪魔しますと室内へと上がる。


 リビングへ通されると想像とは違い、意外と落ち着いた内装をしていた。アデルバートがあまり飾らないからなのか、家具などもモノトーンで揃えられておりシンプルである。ソファにかけるように言われてシオンは大人しく座って待つことにした。


 そわそわと足を揺らしているとアデルバートが用紙と採血キットを手に現われる。



「これが契約書だ。サインしてくれ」


「わかった」



 シオンは用紙を受け取り軽く内容を読むとサインしていたのだが、その行動を観察していたアデルバートが呆れたふうに息をつく。



「シオン。俺だからいいが、もっと警戒したほうがいい」


「えーっと、うん、そうだね」



 自分でも何の抵抗もなく契約書にサインしてしまったなとシオンは反省する、これは心配されても仕方ない。でも、これはアデルバートがガルディアの魔族であり、訳をしっかりと説明していたからであって、そうでないなら警戒ぐらいするとシオンは思った。



「あたしだって、その、理由なく着いていかないし……」


「困っていたら手を貸すだろう?」


「……ぐぬぬ」



 それはそうだなとシオンは黙る、こればかりはお人好しな自分の性格を恨んだ。アデルバートは「一人で帰すのは不安だな」と呟いていたので、断っても送迎してくれるだろう。


 はぁと溜息をつくアデルバートにシオンは「気を付けるよ」と言って契約書を渡した。それを受け取ったアデルバートは確認すると用紙をガラステーブルに置く。



「採血だが、三本ほど貰う」


「それだけでいいの?」


「人工血液とヴァンパイア用の献血に混ぜるから問題ない」



 アデルバートはそう説明して腕を出すように指示する。シオンは言われるがままには左腕を差し出すと、彼は採血キットから器具を取り出した。細い針がシオンの血管に刺さると、ぽっと淡く光る。



「……っ」



 刺される感覚にシオンは眉を寄せる。淡く光った針から血が抜かれて管へと溜まっていく。人間界の採血と違って痛みはないけれど違和感はあったのでシオンは顔を顰めてしまった。


 それにアデルバートが「違和感があるか」と聞いてきたので、シオンはは「少し」と答える。



「人間界がどういったものかは俺には分からないが、痛みはないはずだ」


「痛くはないけど、違和感が凄い」



 痛みはないけれど、血液が抜かれる感覚なのだろうか何処か違和感が腕を襲う。それが気持ち悪いのだとシオンが言えば、アデルバートは「我慢してもらうしかない」と返した。


 我慢すること数分、無事に三本とも採血を終えるとアデルは刺された箇所を軽く撫でた。針が刺さった痕が消えていたので回復魔法の類を使ったようだ。



「これで終わりだ」


「割と早かった」


「そう時間はかからんさ。それで、次の採血だが」


「あ、そうだ。三日後だっけ?」


「そうだ。俺がシオンを迎えに行くから教会で待っていてくれ」


「わかった」



 三日後と忘れないようにしなきゃなとシオンが呟くと、アデルバートは時計を確認する。そういえばとシオンも時間を確認して、あっと声を零した。



「孤児院に行く時間だ」


「シオンは修道女ではなく、孤児院で働いているのか?」


「まだ職員ではないけど、手伝いしてる」



 教会の人間として登録はされているけれど、教会を継ぐ気はなくて孤児院で働こうと思っているのだとシオンは話した。アデルバートはそれを聞いて「ならば、孤児院まで送ろう」と立ち上がる。



「此処の孤児院となるとパスカリアだろう。それなら此処からそう遠くはないが、帰りだな……」


「え、一人で帰れるけど?」


「採血時は送迎をすると約束しただろう」



 その約束は契約でもあるのだから破ることはできないとアデルバートに言われて、シオンは面倒くさいものなのだなと思ってしまった。


 それでも、契約してしまったので従うしかなく、「じゃあどうするの?」とシオンが問えば、「休憩時間を利用する」とアデルバートは答えた。



「いつも孤児院を出るのは何時ごろだ?」


「十七時ぐらいかな」


「なら、その時間に迎えに行こう」



 アデルバートはキッチンへと向かい、氷魔法で冷やされている保冷庫から輸血袋を取り出すと採血した血を少し混ぜた。それを口に含み、問題ないことを確認して一気に飲んでいく。シオンはその様子をあぁやって血液を摂取するのかと眺めていた。


 血液を摂取したアデルバートの顔色は良くなっていたので、ヴァンパイアにとって血というのは重要なもののようだ。



「大丈夫そう?」


「あぁ、血液を摂取できたので問題ない」



 アデルバートは輸血袋をゴミ箱に捨ててキッチンから出てくる。もう大丈夫なようで「行こうか」と言って、玄関のほうへと歩き出した彼の背を追いかけるようにシオンは立ち上がった。

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