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第8話 ヴァンパイアにも苦手なものはある

「話は今から来るガルディアの者に話してもらおうか。いいな?」


「……はい」



 店長は頷くしかなかった。ガルディアは行動が早い、転移魔法などを使用すれば数分もしないうちに到着する。そして、ガルディアの者に言い訳は通用しない。


 店長の返事を聞いてからアデルバートはウサギを掴んだままシオンの方へと振り向いた。



「怪我はないか、シオン」


「あたしはなんともないけど……アデルさん、怪我!」



 シオンはアデルバートの腕から流れる血をみる。吸血ウサギに深く噛まれたまま引き剥がしたせいか、服が破れていた。


 それにあぁと思い出したふうにアデルバートは腕をみると小さく何かを呟く。すると傷は癒えて跡形もなく、服も元の姿に戻っていた。



「これぐらいなら治癒魔法でどうにかなる」


「え、じゃあ、治癒魔法が使えるならあの時、使ってればよかったんじゃないのか?」



 治癒魔法が使えるならあの時の傷も治せたのではと問うシオンにアデルバートは眉を下げる。 



「あの時は魔物討伐の後で魔力を消費していた。それに思った以上に傷は深かったったこと、さらに血が足りなくて治癒魔法の効果がなかったんだ……」



 ヴァンパイアはエルフと違い、それほど多くの魔力を蓄えてはいない。魔力を多く消費した上に血の足りない状況では治癒魔法など気休めにもならない。けれど、少し休めば傷口を隠すぐらいは回復させることができた。



「転移魔法は?」


「あれは一度に飛べる距離が決まっている。一度、別の場所を経由して、あそこまで飛んだが疲れがでたんだ」



 転移魔法で飛んだ場所は丁度、人気がなかったのでアデルはただ休んでいただけだったのだ。



「病院に行きなよ」


「……苦手なんだ」



 アデルの渋い表情にシオンは「子供か!」と思わず突っ込んでしまう。病院に行っていればもっと早く回復できたはずなのだ。もっと身体を大切にすべきだとシオンはアデルバートに指摘する。



「病院は面倒だから嫌なんだ」


「それでも行こうね! てか、よくあたしの血を吸ったね、それで」


「逃げてもらおうと思ったんだ。知らない魔族からそんなことを言われたら怖くて逃げ出すだろうと思った」



 シオンの相手をするのも面倒なほどに疲れていたこともあって、人間ならばこれぐらいすれば逃げ出すだろうと踏んだようだ。けれど、結果は血を差し出すと言われてしまって失敗に終わった。



「飲むつもりはなかったが、疲労には敵わなかった」



 この後の仕事を考えると早急に回復しておきたかったというのもあって、アデルバートはシオンの同意もあるからと吸血したらしい。



「普通は飲まない。あの時は仕方なかったんだ」


「なるほど……。いや、でも病院には行こうね? そんなんじゃ、親が心配するよ?」


「……どうだろうな」



 親。その言葉にアデルバートは目を伏せた。シオンはしまったと口を噤む、どうやら親の話はアデルの地雷だったようだ。


 シオンは彼が名家であることを思い出す、公爵家だと。詳しい家庭環境は分からないが名家なりの悩みというのがあるのだろう。



「その、ごめん」


「何故、謝る?」


「いや、だって……」


「あ、いたいた。アデルバート!」



 シオンの言葉を遮るようにアデルバートを呼ぶ声がする。声のほうを見てみると、一つに結った綺麗な藤色の髪を揺らしながらエルフの女性が手を振っていた。どうやらガルディアの捜査員が到着したようだ。


 アデルバートはシオンに「少し待っていてくれ」と言い残すと、エルフの女性のほうへと向かう。周囲を見渡してみるとエルフ以外にも数名の魔族が店員や客に話を伺っていた。


(あれ、竜人かな。半分ドラゴンみたいだ)


 顔は人の姿をしているが背中の翼を小さく畳み、角を持つ人型の存在。竜人と呼ばれる魔族は珍しい種族なので、近くで見るのは初めてだなとシオンはつい眺めてしまう。



「うん?」


「……っ⁈」



 視線に気づいたのか、竜人が顔を上げる。ばっちり目が合ってしまい、シオンはじろじろと見すぎたと目を逸らしたが、竜人はのっそりと近づいてきた。



「そこの人間のお嬢さん」


「え、あ、はいっ」


「君も目撃者かい?」


「えっと、そうです」


「話を聞きたいけど、いいかな?」


「サイファー」



 竜人がシオンに話を聞こうとした時だ、サイファーと呼ばれた竜人は振り返るとアデルバートが立っていた。呼んだのが彼だと知ると竜人は「休日なのに運がないね」とからかうように口にする。



「その女性は俺の連れだ。事情はグラノラに話した」


「なんだ、そうだったのか。それならいいや。と、いうか君に恋人がいたとは思わなかったよ」


「いや、恋人では……」


「いーって、いーって。お邪魔してごめんよ。それじゃあ、のちほど」



 サイファーはそう言ってグラノラというエルフの元へと歩いて行ってしまった。アデルバートははぁと小さく溜息をつく。「誤解を解くのが面倒だ」と悩ましげに額を押さえた。



「シオン、すまないがこの後、俺は署に戻らなければならない」



 一人で帰れるだろうかと申し訳なさげに問うアデルバートにシオンは頷いた。中心街は教会へと帰る時や買い物をしたりしている時によく通っているので慣れている。


 それにまだ日が出ているいので、いくら街から外れた場所にある教会とはいえ危険はそう多くはない。なので、「大丈夫」とシオンは答えた。



「あたし、いなくて大丈夫なのか?」


「それは問題ない、俺が事情を話す。ただ、証言をもらわなければならないことになった時のために、お前の住所と身分を証明するものを見せてくれないだろうか?」


「身分って……お父さんから渡されている教会のカードでもいい?」


「それで構わない」



 シオンはリベルトから「身分証になるから」と教会に入信している証であるカードを渡されていた。


 それで問題ないということだったので、シオンははポケットからカードを取り出すとアデルバートに見せた。彼はそれを確認すると教えられた住所を手帳に書き込む。



「アデルさんってガルディア勤務だったんだねー」


「別に隠すつもりはなかったが……」


「あ、別に隠してたことがどうとかじゃなくて、ちょっとびっくりしただけだから」


「そうか。あぁ、もういい。すまなかった」



 アデルバートが手帳を仕舞うともう帰ってもいいと伝えた。周囲を見渡してみると目撃者であろう客も店から出て行っている。



「えっと、じゃあ。今日はありがとう、また機会があれば?」


「あぁ」



 シオンは頭を下げると店を後にした。店を出る間際、シオンは振り返り小さく手を振ると、アデルバートも振り返してくれた。


   *


「不思議な人間だ」



 アデルバートはそんなふうにを思った。欲も無く、危機感も薄く、お人好しであり魔族に対して抵抗のない人間で。何故だろうか、嫌な気がしなかった。


 人間に特に興味などない、嫌いでも好きでもないけれど、あの少女には何処か惹かれるものがあった。



「……珍しい人間もいたものだな」



 アデルバートはシオンが出て行った扉を眺めながら目を細めた。



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