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第5話 危機感のなさを反省する


 この街には広場があってその中央には大きな噴水があり、目立つために待ち合わせの場所として定着していた。困った時は噴水前と言われるぐらいには普通のことなので、周囲は待ち合わせの人たちで賑わっている。


 シオンはそんな広場にやってきていた。いつもの修道服とは違う、動きやすそうなハーフパンツにフリルのついたシャツ姿は彼女によく似合っている。


 今日はヴァンパイアのアデルバートと約束した日だ。流石に修道服姿で会うのは目立つだろうからと私服でシオンはやってきていた。


 晴天の日、少しだけ暑さを感じるものの過ごしやすい天気に晴れてよかったなと、思いながらシオンは周囲を見渡す。


 約束の時間よりも少し早く来てしまったが、アデルバートは来ているだろうかと探してみれば、空色の瞳と目が合った。


 端整な顔立ちに映える襟足の長い浅葱色の髪に、黒いロングコートは二日前に見た彼の姿だ。あ、いたなとシオンが見遣れば彼は酷く驚いた様子だった。なんだ、その顔はとシオンは不思議に思いつつも駆け寄った。



「えっと、アデルさん? はもう来てたんだな」


「……本当に来てくれたのか」


「なんだよ、それ。あたしが来ないみたいじゃないか」


「来ないと思っていた」



 シオンは「はぁ?」と声を上げる、自分から約束をしておいて来ないと思っていたとはどういうことなのかと。


 対価を支払わなければならないと言い出したのはそちらだろうにと、シオンはむっとしたふうに眉を寄せる。するとアデルバートは「当然だろう」と答えた。



「俺が誰だか知ったはずだ。それに知り合いでもない他人で不審者にも見えただろう。そんなものの約束など信じない、普通は」



 決してお前が約束を破る人間だと思ったわけではないとアデルバートは謝る。彼の言う通りなのだ、こういう時は不審に思うのは当然である。


 あの場では気づかなくとも、冷静になればどうしてあんなところにいたのか、何故怪我をしていたのかを考えれば不審な点は多い。あの約束も何か理由があるのではと思い至るはずだ。


 それを言われてしまうとシオンは言葉に詰まる。よく危機感がないだのお人好しだの言われるが、まったく疑わないのもどうかと自分でも思った。



「シオンといったか。シオン、俺が言えた義理ではないが気をつけたほうがいい。お前は女性だ、何をされるかわからないだろう」


「そ、そうだね……気を付ける」



 相手の言う通り過ぎてシオンは自分の危機感の無さに反省した。人間界の感覚で魔界を過ごしてはいけないのだと痛感する。


 人間界でもそうなのだが、ある程度のことならば法律が守ってくれる。でも、魔界では必ずしもそうとは限らないのだ。


 反省しつつも、困っていたら放っておけないだろうなとシオンは思った。それを察してか、アデルバートは呆れたように見つめている。



「お人好しの度が過ぎると俺は思う」


「うっ……」



 そんな真顔で言われると返す言葉がないのでシオンは黙る。反省はしているのでこれからは気を付けようとは思っている。いるけれどお人好しが治るとはそうそう思えなかった。


 まだ見つめてくるアデルバートにシオンは「で、これからどうするのさ」と、話を変えるように問えば彼はまた呆れたように息を吐いた。



「今、気をつけると言ったばかりではないか?」


「注意してくれるなら大丈夫かなぁって。てか、ルールだっけ? それがあるんでしょ?」



 そこまで言ってくれるのだから悪い人ではないのではないか。これもまた危機感のない甘い考えなのかもしれない。でも、リベルトからルールのことを聞いて本当であるのは確認済みたっだ。


 ルールのことを言えば、アデルバートは暫くシオンを見つめてから腕につけた時計に目を向ける。



「昼頃までにはお前を帰そう。何か要求したいものはあるか?」


「え?」



 何か欲しいものはないか、その問いにシオンは目を丸くする。対価って支払うほうが決めると思っていたのでシオンは目を泳がせた。


 突然のことにまったく何も思い浮かばない、そもそもこれといって欲しいものが今はなかった。



「いや、特にないんだけど……」



 素直にそれを伝えると信じられないといったふうにアデルバートが見てくるものだから、シオンは困ってしまった。本当にないのだからどうしようもないと言うシオンに。アデルバートはどうするかと考える仕草をみせる。



「なら金銭か?」


「ちょっと待って、それは無理。お父さんにバレた時の言い訳が大変だから!」



 余計なお節介でヴァンパイアの傷を癒すために血を分けたなどリベルトに知られれば、何を言われるか分かったものじゃない。長い説教をくらうことになるのは目に見えている。



「欲のない人間など初めて見た」


「し、仕方ないじゃん。本当に思いつかないんだから」



 珍しいモノを見るようにアデルバートは目を向ける。年頃の女性なら化粧品やら服、アクセサリーなど欲しいものには困らないのだろうがそんなものとシオンは無縁だった。


 人間界の時から化粧も別に拘らないし、服も着れればいいといった考えである。


 魔界でもその考えなので何か欲しいと思ったことはこれといってなかった。リベルトにも「遠慮しなくていい」と言われているのだが、本当に何もないのだから困る。



「……一先ず、街を見て回ろう。中心街ならばアクセサリーも服も売っている」



 店を見て回れば何か欲しいものが見つかるかもしれないとアデルバートに言われて、シオンはそれもそうかとそれを了承した。



「何も見つからなかったらごめん……」


「それはもう相談するしかない」



 アデルバートは珍しい人間だと言いたげにシオンを見つめながら返す。その視線に申し訳なさを感じつつも、シオンは彼と共に街の中心街へと向かった。



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