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第3話 傷だらけのヴァンパイア


「じゃあね、シオンちゃん。帰りには気を付けてね?」


「大丈夫だよ。カルビィンはサンゴをよろしくな」


「うん。シオンも気を付けて」



 シオンは手を振ってサンゴとカルビィンと別れた。孤児院での手伝いを終えたシオンは街を歩く。空を見上げれば太陽は沈みかけていて、周囲を歩く魔族や人間たちは少ない。


 レンガ調の家々が並ぶ路地を通りながら、薄暗くなる景色に早く帰らなければと気持ち早めに歩く。


 夕陽に照らされる外観はファンタジーの世界に入り込んだようで。実際に入ってしまっているのだが、シオンはその光景が好きだった。


 それでも夜道は人間にとって危険だと教えられているので早く帰ろうと帰路を急いていると、わき道が視界に入る。


(そういえば、近道なんじゃなかったっけ?)


 この道を突っ切った先に公園があって、そこを抜ければ教会へと続く道に出るはずだ。シオンは道順を思い返すと周囲を見渡してからわき道へと入った。


 わき道は建物に囲まれているからだろうか、さらに暗く薄気味が悪いのだが気にするでもなくシオンは歩を進める。


 この角を曲がるんだっけと曲がり角を覗くと道に蹲るものが一つ。目を凝らしそれをよく見ると、片膝をついている黒いロングコートを羽織った人らしき存在だった。


 何か落し物でもしたのだろうかとその人に近づくと汚れた地面が目に留まる。それは赤黒く、ぽたぽたとその人物から滴り落ちていた。


 怪我をしている、シオンは思うよりも身体が動いていた。走って駆け寄ると黒いロングコートの人物に声をかける。



「あの、大丈夫!」



 様子を窺うようにその人物の顔を覗くとシオンは息を呑む、。端整な顔立ちの男が空色の瞳で睨んだのだ。顔につく血のせいか、襟足の長い浅葱色の髪が頬に張り付いていた。


 見た目は若く見える男はシオンの気配に気づけなかったことについてか、「余程、鈍っているらしい」と小さく呟いて、立ち上がろうと腰を上げる。ふらつく様子にシオンは慌てて男の手を引いた。



「怪我してるんだから、いきなり立ったら余計に悪くなる!」


「俺に構うな、問題ない」


「問題ないわけないだろ!」



 声を荒げるシオンに男は目を丸くした。怒ったように見詰めるその瞳から目が離せないように見つめてくる。そんな男の様子などお構いなしにシオンは傷の具合を見ようと腹部へと目を向けた。


 白いワイシャツは血で赤黒く滲んでいた。魔物に斬り裂かれたのか、破れた隙間から見える傷口は深そうだ。


 シオンは「この近くに病院は」と街にある病院の位置を思い出していると、男は「構うな」と言う。



「これぐらいならば問題ない」


「何処をどう見ればそう言えるのか、教えてほしいけど!」


「魔族の回復速度を舐めないでもらいたい。少し休めば治まる」


「それでもきついのは変わらないでしょ!」



 魔族だからといって怪我をしているのだ、このまま放っておくことはできない。せめて、医療機関には連れていきたいとシオンは思った。


 男の言う通り、少し休めば問題がないのかもしれないがそんなことは関係ない。魔族にだって治癒能力の早さに個体差があることをリベルトに教えてもらっていたからだ。


 とにかく病院に連れて行こうとするシオンの手を男は振り払う、俺に構うなと。少し休めばいいのだからと話す男にシオンは納得ができない様子で見つめる。



「ちょっと休めばっていうけど、顔色悪いじゃん! そんな人を放っておくことなんてできない!」


「何故、そこまでする。魔族だぞ、俺は」


「魔族がなんだっていうのさ! そんなもの関係ないだろ! あんたは身体をもっと大事にしろ!」



 シオンに「あんたは馬鹿かなの!」と叱られて男は固まってしまった。そんなことを言われるとは思っていなかったのか、目を瞬かせている。黙る男をシオンはじっと見つめる、強い眼差しだった。


 一切、引く気のみせないシオンの様子に男は考える素振りをみせた。何を考えているのかとシオンは思ったけれど、怪我が気になって傷口を観察する。


 汚れてはいないけれど手当ては早くするべきだろう。そう思っていると、男は「行かなくてもいい方法はある」と言った。


 どんなに言っても聞かないシオンに男は諦めたようだ。そんな方法があるなら早くするべきだろうと、シオンに言い返されて男はまた黙る。


 なんで黙るのだろうかとシオンが「どうした?」と声をかける、できるなら早くその行動をとればいいだろうと。どうしてそれを今までしなかったのか疑問に思っていると、男は躊躇うように口を開いた。



「……それにはお前の協力が必要だ」


「何? あたしにできることなら協力するけど……」



 そう返せば、なんだこの人間はと言いたげな表情を男に向けられるがシオンは気にしない。何をすればいいのかと話を促せば、男は遠慮げに答える。



「俺はヴァンパイアだ。お前の血を分けてもらえれば傷は癒える」



 ヴァンパイア、男の口から出た言葉にシオンは目を見開く。そう言われて男を観察すれば、口からわずかに鋭い牙が見えた。


 ヴァンパイアは血を吸うことで魔力を回復することができる。ヴァンパイアが生きるには血が不可欠で、人間であろうと魔族であろうと血液には関係ない。


 昔と違って魔術が発展した今では人工血液や吸血種の魔族専用の献血なども存在するので、ヴァンパイアによる血液を巡る問題というは少なくなっていると、リベルトからシオンは教えられていた。



「……怖いか」



 シオンの反応に男は眉を下げる。魔族、それもヴァンパイアという人間に害を与えることもある存在だと知れば少なからず、人は恐怖を感じる。それは男も理解しているようで逃げてくれて構わないといった様子だ。



「いや、怖くはないんだけど。もっと早く言ってくれればよかったじゃん」



 シオンは顔を明るくすると自身の首筋を露にする。ほらと差し出される身体に今度は男が驚いた、この人間は何をやっているのかと。そんな男にシオンは首を傾げて、「どうした?」と問う。



「早く吸えば?」


「……信じるのか?」



 シオンが「何が?」と問えば男は言う、お前の血を全て食らい尽くかもしれないだろうと。


 魔族が人間に被害を与えてはならないとこの世界では一応、決まりがある。けれど、それを破る、犯罪に手を染める魔族は少なくない。今だって演技で人間を騙そうとしているかもしれないのだ。


 知らない魔族に「血を分けてくれ」などと言われて、それ以上の危害を加えられないと信じられるだろうか。男の言葉になるほどとシオンは納得したように手を打った。


 そういう反応をするのが普通なのだ。そうじゃないから男は戸惑っているのだとシオンは理解して、「それはそうかもしれない」と前置きして答える。



「でも、お兄さんはそんなことしないだろ」


「何故、そう思う?」


「えっと、お兄さんさ、話す時に悩んでたじゃん。騙すつもりならもっと早く行動してそうだしさ」



 シオンに「今だって聞いてくるし」と言われて男は信じられない様子だ、それはあまりにも愚かだと愚か過ぎると。男は露になった首筋に目を落とす。



「お前はお人好しすぎないか」


「それ、よく言われる」



 にへっとやんわりと笑うシオンに男は呆れていた。どうやら、自覚があるというのに辞める気がないのだろうと理解して。



「ここでそんなお人好しだと長生きできないぞ」


「うーん、そうかもしれないけどさー。放っておけないじゃん?」



 困っている人がいるというのに無視して放っておくなど、その優しさに付け込まれて騙されるかもしれないと分かっていてもシオンにはできなかった。だから、お人好しだと言われても仕方ないとシオンは笑った。



「ほら、死んだら死んだってことで」


「……なんでそうも受け入れられるんだ」



 男の問いに人間界で一回、死んでるからなんだけどとは言えなかった。人間界の人間は魔族からしたら極上存在だから隠しておきなさいと厳しく言われている。なのでそうとは言わずに、「いつかは死ぬもんだし」とシオンは返す。


 男はまだ納得はしていない様子だったが、一応は理解したらしい。そんな彼にシオンは「ほら、早く吸えって」と誤魔化すように首筋を見せる。男は暫く見つめてから目を細めると諦めたふうにシオンの首筋に噛み付いた。



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