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第2話 この世界での暮らし

 鮮やかな緑のワンピースを着こなす少女はシオンの前までやってくると、「シオンちゃんおはよう」と声をかけた。



「サンゴ、おはよう。今日も元気だな」


「ワタシはいつでも元気よ!」


「その元気に付き合わされる僕の身にもなって、サンゴ~」



 やっと追いついた少年はサンゴの隣に立つと息を整えながら愚痴る。すると、彼女が「ごめんね、カルビィン」と手を合わせた。



「サンゴって人魚の割に地上で元気だよな」


「シオンちゃん、人魚でも地上では元気よ」


「カルビィンは虎の獣人でも足遅いもんなぁ」


「それ、僕が気にしていることだからね!」



 シオンの言葉にカルビィンはむーっと頬を膨らませる。そんな様子にサンゴはくすくすと笑い、シオンは「ごめんって」と謝る。


 二人はシオンのこの世界での友人だ。リベルトの友人の息子と娘で、シオンが此処に来てからいろいろと世話を焼いてくれた魔族である。


 シオンが人間界から堕ちてきた人間というのを知っている数少ない存在なのだが、彼らは態度を変えることなく友達として接してくれていた。


 サンゴは人魚で、カルビィンは虎の獣人だ。見た目は人間となんら変わりない二人だが、サンゴは水の中に入れば下半身を魚に変えることができ、カルビィンは頭に猫の耳と尻には長い尻尾が生えている。


 魔族であるけれど人間は人間として見ているので、特に差別をすることも贔屓することもないのだと言っていた。そんな彼らに助けられながらシオンは生きている。



「今日も孤児院のお手伝いに行くんでしょ? ワタシも手伝うわ」


「なんか、いつも手伝ってもらっている気がするけど、いいのか?」


「いいに決まってるじゃない! 家に居ても暇だし」


「サンゴはまだ働き口決まってないからねぇ」


「そっち、探した方がよくない?」


「えー、でもまだ十九歳だし、遊んでいたいなぁって」



 サンゴの返事にシオンはこれが人間界だったら批判されるだろう言葉だなと思った。二人は比較的、裕福な家庭で育っているらしく、二十歳になるまでは自由に過ごしていいのだという。二十歳になると両親からの紹介や、斡旋所で仕事を見つけるのだとか。


 これは裕福な家庭だからできることで、そうでないところは今は必死に仕事探しらしい。なんと恵まれているなと二人の様子にシオンは思ったけれど口には出さなかった。



「シオンちゃんは此処を継ぐの?」


「お父さんからは継がなくていいって言われてるから、孤児院で働こうかなぁって」



 リベルトはシオンを娘として迎え入れたけれど、この教会を継げとは言わなかった。シオンの自由にしないさいと彼は一任したのだ。シオンは孤児院の子供たちの世話するのが嫌いではなかった。


 子供たちに御伽噺を聞かせて、外で遊び、彼らの面倒を見るのは苦ではなくて。子供たちも懐いてくれていて、孤児院の院長からも「ぜひ、うちで雇いたい」と話がきている。


 シオン自身、リベルトに拾われた身なので少しでもその恩を返せるのならばと働くことに意欲的だ。彼の優しさに縋ってばかりでは申し訳ないというのもある。



「ワタシも孤児院で働こうかなぁ。子供たち可愛いし」


「シオンとサンゴにはぴったりだと思うよ。僕はお父さんと同じガルディアに就職することになるけど」


「ガルディアって、対魔族魔物犯罪取締組織だっけ?」


「そうだよ」



 魔界には対魔族魔物に関する犯罪などを取り締まる組織が存在する、人間界でいうところの警察機関である。魔族の犯罪や魔物の暴走など様々な問題を解決するための組織であり、そこに就職できるだけでエリートだと憧れる存在だ。


 カルビィンの父はそのガルディアに所属している。カルビィンは就職するための試験を合格しているため、既定の年齢になるとガルディアに就職することになるのだと話した。



「ガルディアは二十歳以上からだから」


「来年、就職かー」


「僕でやっていけるか不安だよ」


「お父さんが一緒だから大丈夫よ、カルビィン」



 カルビィンはお腹を押さえていた、考えると胃が痛むらしい。父親がいるとはいえ、心配なことには変わりないのか、「迷惑かけないようにするよ」と不安げだ。



「就職とか考えるだけで憂鬱になるから、他のこと考えましょう! まだ若いんだから恋とかのこと考えましょう!」


「でた、サンゴの恋愛脳」



 サンゴは恋に積極的だった。恋をしてみたい、愛してみたいし、愛されたいと夢見る乙女だ。シオンは人間界でもそうだったのだが、恋愛というのに全く興味がない。


 もちろん好き嫌いの判別はできるのだが、それが親愛なのか情愛なのかが分からない。友達は友達だしと思ってしまうし、誰かを夢中で好きになったこともない。サンゴの言う恋がどれなのか、シオンには想像がつかないのだ。


 あの魔族がカッコイイとか、誰かに優しくされたとか、そんな話を聞いても「そうか」としか思わなくて。気になる人とかいないのかとと問われても、別に何か惹かれる存在はいないとしか答えられない。


 魔界に来てから日が経つとはいえ、好きだとか恋愛感情らしいものを抱いたことはない。そもそも、人間界時代から今までで恋愛経験なんて無いので、女子特有の恋愛話になるとシオンは途端についていけなくなる。


 サンゴは「同い年なんだからそろそろ恋とか考えなきゃ!」と主張する。どうやら、魔界では結婚する平均年齢が低いらしい。


 成人年齢が十八歳でこの年で結婚していても若すぎるとは言われず、むしろ「結婚おめでとう!」と祝福される。子供ができての結婚などしようものなら「よくやった!」と褒められるのだ。


 魔界特有である感覚にシオンは戸惑ったのを覚えている。サンゴは友人が十八歳で結婚したので少しばかり焦っているようだった。


 人魚である彼女はまだまだ若く長く生きられるのだから焦らなくてもいいとシオンは思うのだが、それを言うと倍になって返ってくるので言わない。



「シオンちゃんはもうこの世界の住人なのだから、ここで旦那様を見つけなきゃならないのよ!」


「いや、まぁそうだけどさ。まだいいかなって……」


「そんなんじゃ行き遅れちゃうわよ!」


「そうかなぁ」


「でも、シオンはばったり出会いそうだよね~」


「ばったり?」



 のほほんとした口調でカルビィが言ったので、ばったりってなんだとシオンが顔を向けると、「シオンってお人好しだし」と話す。



「困ってる人とか魔族を見かけたら放っておけない性格じゃん。人間にしては珍しいんだけど、それきっかけでありそうだなぁって」



 カルビィンの言葉にサンゴもなるほどと頷いた。シオンは二人が言うようにお人好しだ。知らない人間や魔族であっても困っているなら声をかけてしまう。それはシオンの性格ゆえで、彼女からしたら困っている存在ならば種族など関係ない。


 魔界に堕ちてきてもそれは健在なので二人から心配されるほどだ。そんなシオンだから彼女の親切心と優しさに惹かれる魔族がいるかもしれないとカルビィンは指摘する。そんな都合よくあるものかとシオンは笑えば、サンゴは「そうでもないのよ?」と話す。



「私のお母さん、お父さんに助けられたから出会ったんですもの」


「あー、絡まれていたところを助けられたんだっけ?」


「そう。だから、案外そう近いうちにあるかもね」



 サンゴはにっこりと笑む。そんなものがそうそうあるわけもない、そうシオンは思うのだが二人は「シオンならありえる」と言うものだから否定ができなかった。


 確かに困ってる人とか放っておけない性格なのは認める。けれど、そこまで頻度が多いわけでもない。


 出会ったからといってそんなふうに流れができるのはなかなかに難易度が高くないだろうかとシオンは考えて首を振った。



「そうそうないって!」


「じゃあ、もしあったらその方を紹介してね?」


「あったらなー」


「あ、これ絶対に紹介しないやつだ」



 カルビィンの言葉は間違ってはいなかった。シオンは仮にそんな出会いがあったとしても、言わないつもりだ。


 あったらあったで「運命よ!」とサンゴが言いかねない。夢見がちなところがある彼女ならば絶対に口に出すとシオンは自信があった。



「でも、気を付けるのよ? シオンちゃんは人間界から落ちてきた人間なんだから。気づかれて狙わちゃうかもしれないからね?」


「それは気を付けるよ」


「でも、シオンならお人好し発動させそうだなぁ」



 カルビィンが心配そうに言うとシオンはうっと言葉を詰まらせる。放っておけない質なので気を付けていてもやりそうだと自分でも思ったのだ。



「シオン」


「あ、お父さん」



 二人と話しているとリベルトが教会から出てきた。サンゴたちに挨拶をすると彼は「そろそろ孤児院に行く時間ではないかい?」と時計を見遣る。


 はっとシオンは腕に付けていた時計を見れば、約束の時間に迫っていた。



「うっわ、遅れる!」


「急ぎましょう!」


「三人とも気を付けてね」


「行ってきます、お父さん!」



 慌てて駆け出す三人の背をリベルトは優しく笑みながら見送った。



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