あれからスラーナはクトラとタレアの三人で稽古をするようになった。
羨ましいので混ぜてもらいたいのに、なぜか三人から拒否されるという。
なぜだ?
よくわからないけど、それならそれでとミコト様や大爺と稽古をする日々。
二人とも即座に術理技に対応してくるから、こっちもいろんなことを試せる。
その隙間を見つけるのが大変なんだけどね。
手加減してくれているんだろうけど、そのレベルが他の人よりも遥かに高くて命のギリギリにまで迫ってくる勢いなので、術理技を使うのに集中なんて簡単にできない。
だからこそ、そんな中で使えることに意味があるんだろうけど。
「相変わらず、小手先の技を覚えてくる」
「遠くに行くにはまず一歩から、ですよ」
「ふん。口の方も達者になったか?」
ミコト様は面白くなさそうだ。
見せてくれる剣術を身につけて欲しいんだろうけど、高位の技は属性を使った上でなんとか実現できるレベルなので、まだまだ道は遠い。
「だが、その【王気】とやらはいいな。魔力にも干渉できているようだ。そういうものをもっと身につけよ」
「え? 魔力?」
「そうじゃ、我や大爺の魔力を利用しようとしておるだろう?」
「あ、そういえば」
そういえばそうだ。
いまさらながら、ミコト様や大爺は術理力なんて使ってなかったんだった。
その事実がすっかり抜け落ちてた。
いや……そういえば、アブサトラにも使えてたっけ?
「そっか、魔力にも通じるのか」
「しかし、おそらくそれはお前が我らとの生活を通じて魔力に馴染んでいるからだろう」
と、ミコト様は指摘する。
「お前の連れてきた者たちを見たが、空気に混じる魔力をうまく吸えておらんな。まるで、布一枚口に当てているかのようだ。おそらくはそれが、術理力とやらに変化する原因だろう」
ミコト様の言葉は、術理力を練る行為の話のように感じられる。
「それをすることで効率的に……いや、この場合は広範に、か? より多くの者がその力を利用することができるようにした、ということなのだろうが、おかげで魔力に含まれる多くの要素を捨てていることにも繋がっておる、もったいない話だ」
「もったいない? でも、俺、ここにいる間は魔力なんて使えなかったですよ?」
どれだけ頑張っても、クトラやタレアのように風や水を操ったりはできなかった。
でもいまは術理力を学び、属性を身につけ、さらに術理技というものも使えるようになったんだけど?
「阿呆」
そう言ったら、すごく呆れた顔をされた。
「お前は魔力を使っておったよ。体を動かすことにな」
「え? あ……」
「他の人間がおらなかったからわからなかったかもしれんが、ダンジョンでそれを見ただろう? お前のように動ける者がどれだけいた?」
「ええと……そんなに?」
「だろう? つまりそれは魔力を使えていたからだ。その術理技とやらも、そういう手順で教えてもらったからそういう風にしか使えないと思ってしまっておるようだが、魔力で使えるようになってみろ……もっと強くなるぞ」
最後の部分で、ミコト様がニヤリと笑った。
魔力が使えるようになる?
でも、それって……。
「ミコト様」
「なんじゃ?」
「魔力が使えるのって、普通じゃないことなのかな?」
他の人間は魔力が使えない。
それなのに俺は使える。使えるようになる?
その差は、なんなのか?
気になった。
「お前が他の人間となにか差があるとすれば、それは生まれた環境だけだ。他は特段になにかがあるというわけではない」
「そ、そうなのかな?」
「生き物というのはな。しょせんは遺伝子の組み合わせの結果だ。基本の性能は血統が物を言うことになる。だが、お前は見た感じ、特別良い血統というわけでもない」
「……あの、なんか貶されてます?」
「事実を言っておるだけだ。最後まで聞け」
「はい」
なんか最近、周りからひどいことを言われる頻度が多い気がするんだけど。
不可思議だ。
「だが、人の間でどれだけ血統を磨いてみたところで、魔力の扱いはどうにもならん。それは突然に訪れた環境の変化だ。その環境の変化を術理力への濾過という方法で対応してみせたのは見事だが、そのおかげで魔力への適応が遅れたという事実にも繋がっておる。そのために魔力を息するように利用できる血統は、人間には存在しておらんのだろうな、おそらく」
ダンジョンの中を見ていないので断言はできんがと、ミコト様は付け加える。
「そんな中でお前は魔力に順応できておる。術理力とやらの手順のせいで逆に扱いに戸惑っているぐらいだ。だから、意識を変えれば、お前は魔力を扱うことができる。それはお前が育った環境が原因であって、お前の生まれ素性が特別なわけではない」
「そう、なんですね」
ほっとするような、ちょっと残念なような、複雑な気分だ。
「でも、それならどうして、ここにいる間にもっと教えてくれなかったんですか?」
「……自然とできていたからな。このまま叩いていれば覚えるだろうと思っておった」
「ひどい!」
「使えるようになりそうなんだから、よかろう」
「いや、そうですけど」
おかげで遠回りしたことになってません、これ?
「それに、魔力を使うのならば気をつけることだ」
「え? それは、どういう?」
「環境に適応するということはな。それに応じた変化をするということだ。その変化は、あるいは肉体に及ぶことになるかもしれんぞ」
肉体に、及ぶ?
「それって、どういう?」
「ん? 待て」
気になるところで、ミコト様が俺を止めて遠くに耳を澄ませた。
なにかを察知したようだ。
もどかしい気分で、ミコト様の集中が解けるのを待つ。
「ヤガンが動いたようだぞ」
「え?」
「トバーシアどもがこちらに近づいておる」
「……奴らかぁ」
トバーシア。
大樹の枝のように大きく広がった角を持つ、大柄な種族だ。
特定の土地に居着くことなく、いろんな場所で移動してはそこにある動植物を刈り尽くしていく。
狩人の集団といえば聞こえはいいけど、奴らは村や里なんかも襲う。
つまり、種族として山賊みたいなことをしている連中だ。