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77 ヤガン



 ヤガンは色んなモンスター種族の里を行き来する行商人の名前だ。

 儲けるのが大好きな奴は、商売になるならなんでも扱う。

 必要ならアブサトラ相手にだって商売するような気概なのだ。

 商品になるならなんでも扱う。

 生き物だってかまわない。


 アブサトラ相手に商売になる物を手に入れたヤガンが、ここでキヨアキたちを代価として受け取って去って行ったということなのだろう。


 キヨアキたちがアブサトラの森に迷い込んだタイミングで、ヤガンもやって来る?


 そんなことってあり得ることなのか?


 いや、あったんだから、あり得ないことはない、のだろうけど。


「なんでそんなにツイてないの、あいつ」


 交易街に戻ってきてスラーナたちに報告すると、彼女たちも思わず頭を抱えてしまった。


「ヤガンが買ったのならまだ生きているだろうから、しばらくは大丈夫だと思う」

「どうして?」


 俺の推測にスラーナたちが首を傾げる。


「殺された可能性も高いんじゃないかな?」

「そうですね。生きていると、逃げられるじゃないですか」

「いっそ、殺されていてくれたら……」


 スラーナのキヨアキへの恨みが深い。

 だけど、殺されてはいないと思う。


「人間の死体に用はないよ。誰も食べてないんだから好物の種族がわからない。食肉として価値はわからないから、生きているはず」

「うっ」


 食肉目的の価値がないという話に、スラーナたちは渋い顔をした。

 自分たちが食べられる可能性があるなんて、考えたこともないだろうね。


 でも、俺でもわからないこともある。


「ヤガンが買ったのだから売り先に当てはあるはずだけど、生きた人間に用があるところなんて、あるかな?」

「そりゃ、アレだ」

「アレだね」


 俺が首を傾げていると、ルオガンとオババ様が揃って頷く。


「え? わかるんですか?」

「そりゃあ」

「バカだねぇ」


 二人の呆れた視線は俺に向けられていた。


「地上でいままで唯一だった人間が、ここにいるんだ。つまり、因縁はお前に繋がっているってことだろうよ」


 オババ様はプカリと煙を吐いてからそう言った。


「つまり? 俺を恨んでいるところ?」

「あるいは、ミコト様の里と敵対しているところ、だね」

「なら、ミコト様だね」


 ミコト様や大爺はけっこういろんなところで恨みを買っているから。


「いや、お前もその中に入っているからな?」

「ミコト様の里の先鋒がなにを言っているのやら」


 え?

 なんで?


「ああ、やっぱりそういう扱いなんだね」

「予想通りですね」

「そうでしょうね」


 シズク、プライマ、スラーナの順で頷かれたんだけど。


「なんでそんな、危ない人みたいな扱いなの?」

「だって、すぐに僕の【CtoC】を覚えたし」

「戦うことに積極的ですものね」

「そうね」

「そんな、俺はただ……」


 技術を覚えるのが好きなだけなのに。

 本当だよ?

 なんでそこは信じてくれないのさ。


「理不尽」

「まぁとにかく、ディアナは取り返せたんだよね」


 項垂れる俺を無視して、シズクは話題を移した。


「これで地上に戻れるんだろうけど、どうなの? ここで使っても大丈夫なもの?」

「ダンジョンからダンジョンへの移動とは違うのでしょうか?」

「それは、兄から聞いたことがあるわ」


 スラーナの兄はジョン教授の護衛で地上に出たことがある。

 その時の話を聞いていたようで、説明をした。


「地上からは決まった座標でポータルを使わないと、安全な移動はできないという話よ。つまり、出てきた場所に近い座標でないと」

「つまりそれは、あの苦しい場所に戻らないといけないってこと?」

「あの空気の中でディアナを使うのは難しいですね」

「あっ、それなら……」


 再びジャシンの縄張りに戻ることになりそうな結論になっているので、俺が訂正する。


「俺のディアナの記録なら、俺の里の近くから地上探索隊用の受け入れ区画に行けるはずだよ」


 ああ、いや……ヒヒバンガの縄張りに近いのか。

 でもジャシンの縄張りよりは近いし、安全だね。


 今回、俺の記録を使って地上に出たはずなのに、ジャシンの縄張りなんて変なところに出たのも、専用の区画を使わなかったから……なのかな?

 だとしたら、そこらで迂闊に使うと、向こうでもどこに出るかわからないってなりそう。


 ……ヤンたち、無事に帰れるのかな?


「つまり、次の目的地はタケルの故郷ということになるのかな?」

「そうですね。連れさられた連中の利用価値がタケルの故郷に対する交渉材料の可能性があるのですし」

「タケルの故郷……」


 たしかに、そういうことになるのか。


「そういえば、クトラとタレアは?」


 戻ってきたのに顔を出さないな。

 聞いてみたら、ここに来たついでにそれぞれの里のための買い物をしているらしい。


「じゃあ、あの二人が戻ってきたら移動しようか」

「え? 一緒なの?」


 スラーナが少し嫌そうな顔をした。

 なにか言い合っていたけど、そこまで嫌わなくても。


「あの二人がいた方が、安全だよ」


 強いし。

 それに同じ方向への移動なら、人数を多くした方が襲われにくい。


「ダンジョンの街と違って、こっちは危険が多いからね」

「……そういうことね」

「地上に戻りたいって人たちがいるけど、この現状を見ても、まだそんなことを言えるのかな?」


 シズクがスラーナの反応を見てそう漏らす。


「正直、危険だらけですもんね。いまさらダンジョン開拓の初期時代に戻るようなこと、したがるのでしょうか?」

「そうだね。それにその時は、適性者である僕たちに戦えって言うんだろうしね。勘弁願いたいね」

「ダンジョンのモンスターは、意志が薄そうですから戦いやすいですけど、こちらにる方々は、なにか違いますし」

「うん、普通に人格を感じるとやりにくいね」


 シズクとプライマの話を聞いて、俺はなんとなくホッとした。

 ダンジョンの人類にとって、地上はいずれ自分たちの物になるみたいな考えが浸透していたらどうしようかと思っていたんだけど、そんなことはなさそうだと思えたからだ。


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