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76 王気



「おうらっ!」


 全方位から襲いかかってくるアブサトラの蔓を、ルオガンの大太刀が薙ぎ払う。

 俺が気を付けるのは地面を割って襲ってくるものだけだ。

 それの対応さえもできる限りルオガンに任せて、意識を集中させる。


 気持ちを沈める。

 術理力も沈める。

 高めるのではない。

 熱を込めるのでもない。

 静かに、普通に、さまざまな現象の中で揺れ動く自然の一部にでもなるかのように。

 術理力を落ち着かせ、そして水が流れるように体から離す。

 どこまでも遠くに。


 本来なら、術理力は使い手から遠くにはいけない。

 その前に術理力そのものに存在する個性が希薄化し、魔力へと戻ってしまう。

 人は魔力を操れない。

 だからそれ以上遠くには、現象化していない状態の術理力を放てない。


 個人でならば。


 だが、もしも……もしも、他者の術理力に潜り込ませることができるならば?

 自分一人では無理でも、個性を最大限に削った状態の、純粋も純粋の、限りなく魔力に近い術理力を生み出すことができるならば、他者の術理力を介して、もっと遠くに流れていくことができるのではないか?


 あの時、カル教授が見せた手のひら。

 なにかを鳴らした現象。

 あれはカル教授の術理力ではなく、俺自身の術理力をカル教授が利用したということなのだとしたら?

 つまりはそういうことなのではないか?


 術理技というものが適性者ならば誰でも使える術理力の技であるなら、属性という形で顕現する術理力の個性というのは、極限まで削って無個性にすることができるはずなのだ。


 そう思って試してみたら、スラーナたちの術理力の中を滑らせることができた。

 そして、それだけでなく……。

 実験は成功した。

 理屈もわかった。


 たぶん、これが【王気】だ。


 理屈がわかったのなら、後は実行するだけだ。


 アブサトラの蔓さえも利用して森全体に至った術理力は、ヤンやフーレインたちハグスマド同盟の適性者たちの術理力に潜り込み、その力を取り込み、利用する。


「捕まえた」


 すでに蔓を介してアブサトラの女王の居場所を掴み、その手に収めている。

 必要なのは、後一つ、握力だ。


【念動】


 ヤンたちの術理力を利用して術理技を完成させる。

 森中の木々に巻きつき、その根に侵食して地下にまで至っていたアブサトラの全てに術理力を通し、その本体をも不可視の手で握りしめると、一気に引き上げた。


 気分は芋掘りだ。

 途中で千切れずに全部取れると、気持ちいいよね。


「なん? これっ! なに〜〜〜〜っ⁉︎」


 大量の蔓とともに空中に持ち上げられた緑色の肌をしたアブサトラ本体は、混乱しきっている。


「キヨアキたちをどこにやった?」

「なにこれなにこれ!」


 会話をしようとしない。

 だけどこれは、混乱しているのではなく、ただ時間稼ぎをしようとしているだけだ。

 この状態がいつまでも続くわけがないと思っている。

 まぁ、その通りなんだけど。

 だから、質問の時間は減らさないといけない。


「ひぃぃぃぃっ!」


 本体である少女の部分と蔓の部分を刃喰で切り分ける。

【念動】から解放されて地面に落ちた蔓は、ルオガンが火を吐いて燃やした。

 水分量が多いから燃えにくいけれど、竜人の火は消えにくい。


「さあ、仲間はどこにやった?」

「言う、言うよ!」

「どこだ?」

「ヤンガが持って行ったよ! 苗床がいなかったし、餌と交換した!」

「「ヤンガ〜〜?」」


 アブサトラのの答えに、ルオガンと二人で顔を合わせた。


「お前、嘘にも程があるだろうがっ! そんなに都合よく、ここにヤンガがいるかよ!」

「いたんだからいたんだよ! うわぁぁぁぁん!」


 アブサトラは盛大に泣いてしまい、会話にならない。


「どう思うよ?」

「嘘をついているようには感じられないけど」

「なら、本当か?」

「そうなのかも」

「はぁ、ヤンガかよ」

「本当に」


 ルオガンと一緒にため息を吐き、そのまま【念動】で縛ったアブサトラを握り潰した。

 彼らは餌に同情などしない。

 解放しても恨まれるだけだ。

 だから、敵対したならしっかりと活動を止めなければならない。


「それにしても、なんだよその力?」


 アブサトラに追加の火を吐きかけたルオガンは、煙を吸うよりも先に質問してきた。


「修行の成果」


 竜人のルオガンが、体内の火気を補充するよりも質問を優先させたことに、してやったりの気持ちになった。


「はんっ! まったくかわいげがない奴め!」


 そんなことを言いながら、ルオガンは嬉しそうだ。


「まったくお前は、倒しがいのある奴だぜ」

「どうも」


【王気】を解除すると、さっきまであった万能感のようなものが失せて、一気に体が重くなった。

 だけど、まだここで座り込むわけにはいかない。


「……君か? さっきの技を使ったのは?」


 アブサトラがいなくなってすっきりとした森の中から、ヤンたちがやってきた。

 さすがに疲れている様子だ。


 森に入ってからずっと戦い通しだったところに、さっきの【王気】でごっそりと術理力を強制使用されたのだ。

 これで疲労していなかったら、本物の化け物だ。


「俺たちのディアナを返してもらえませんか?」


 向こうの質問には答えず、こちらの要求を伝える。


「それで今回は終わりにしましょう。そちらは地上の座標を手に入れた。もう俺たちのことは用無しのはずだ」

「いいや。他はともかく、君は違うな」


 ヤンが細い目をさらに細めて俺とルオガンを見る。


「君は地上の者と仲が良さそうじゃないか。しかも事情にも詳しそうだ。君の協力は是非とも欲しいな」

「座標を手に入れたんだ。コネはご自身で開拓なさったらどうですか?」

「それだけでは満足できないんだ。僕たちには時間がない」

「時間をなくす前に話し合いができなかったのは、あなたたちの失敗だ。それを俺たちで帳尻合わせするのはやめてほしいですね」

「こいつっ!」


 腹を立てたフーレインが前に出ようとしたけれど、ヤンが止めた。


「まぁ、いまはいい。たしかに座標は手に入れた。これには用がない」


 そう言うと、こちらに向かってなにかを放ってきた。

 ちょうど俺たちの真ん中ぐらいに落ちたのは、俺たちのディアナのようだった。


「返そう。だがいつか、僕はまた君の前に現れるよ」

「その時には、また別の術理技を見せてください」

「なに?」

「それが交渉材料になるかもしれないし」

「ふっ、本心だけど、嘘も混じっているね。まぁいいさ。それでは」


 ヤンたちが去っていく。


「ちっやらねぇのかよ」


 ルオガンは残念そうに大太刀を朱鞘に戻した。

 だけどその原因がなにかはわかっている。

 遠くの空に、こちらに近づいてくる小さな点がいくつかある。


 離れて様子を見ていた翼竜人たちが、戦闘が終わったのを確認して接近してきていたのだ。


「はぁ、次はヤンガを追いかけないといけないのか」

「めんどうだな。まぁがんばれ」

「手伝ってくれないんだ?」

「そこまで長く里からは離れられねぇよ。なにしろ奴らは」


 行商人なのだから。

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