アブサトラ避けの軟膏を塗って森の奥へ進む。
いるとわかっていれば、木々の変化に惑わされることはない。
必要なら木の上に登って太陽の位置を見て、方角を確認する。
ヤンたちの戦闘音からは離れていくのがわかる。
だけれど、キヨアキたちが戦っている様子がない。
その音がないのだ。
生きているなら、いまでも抵抗を続けているはずなんだけど。
「チッ、軟膏のせいで鼻の利きが悪いな」
ルオガンにもわからないみたいだ。
それに、臭いを気にして煙草が吸えないせいで機嫌が悪い。
「もう死んでんじゃねぇか?」
嫌な予感は考えたくないけれど、ルオガンはそれを口にしてしまう。
そういう性格なんだから仕方ないんだけど。
だから、女性陣に怒られたばっかりなんだけど、ね。
こういうことで反省しないのがルオガンでもある。
わかっているから気にしない。
「それならそれで、遺品の一つでも確保できていないと」
帰った時に彼らの死亡を伝える証拠が必要になる。
しかしそうなると、もう一方のことも考えないといけない。
帰る方法。
ディアナの奪還だ。
ヤンがあの調子なら、ここで全滅となることはないだろう。
しかしそうなるとディアナを使って撤退される危険もあるか?
こうなったら、まずはディアナの獲得を狙った方がいいのか?
考えることが多くて迷うな。
それでも結局、キヨアキたちを探すことに決めて奥を目指してみる。
入った方向はわかっているのだから、奇跡的に迷うことなく奥へ行けたと過程すれば、こっちの方角になるのだけど……。
「ああ、ついに最奥まで来ちまったか」
開けた場所に来て、ルオガンがげんなりと呟いた。
大樹を中心にした輪のような空白地。
アブサトラの森の玉座。
女王の間だ。
「ん? また〜? 誰?」
大樹からするすると出てきたのは緑色の肌の少女だ。
背中から大量の蔓が生えており、それが大樹を介して地下に張り巡らされ、森を覆い尽くしている。
アブサトラの女王にして、アブサトラそのもの。
この森にいる蔓モンスターは、全てこの少女の形をしたモンスターに繋がっている。
「森で暴れてる苗床と違うね。誰?」
「人を探してここに来た。いま暴れている奴ら以外にも、森に入ってきた者たちがいるはずだ」
「うん、いたよ」
俺の問いに、アブサトラは大樹に吊るされた形のまま、素直に頷いた。
「そいつらは?」
「お前に教えてやる必要はある?」
「……必要とかじゃない。俺は、教えろと言っている」
こいつ相手に交渉ができるとは思っていない。
最初から力尽くになることは分かりきっていた。
「お前は、ご飯と会話をするのか?」
「いましてるじゃないか」
「ほんとだ。うっかり……うっかり!」
地面と言わず木と言わず、そこら中から蔓が現れて襲いかかってきた。
刃喰を抜いて、間合いのものを切り裂き、アブサトラへと距離を詰める。
「あはははは!」
だが、アブサトラは大樹の中に逃げ込んで行った。
「ああくそっ!」
ルオガンが吠え声と共に炎を放った。
炎は大樹に命中し、爆散する。
幹の上から半分を失ったけれど、蔓モンスターの猛攻は止まらない。
「ええい、逃げられたぞ、面倒な!」
ルオガンは心配していたことが起こって嫌そうにキセルを噛んだ。
もう我慢する必要はないと、火を付けて煙を吸い込む。
その間も、朱鞘から抜いた大太刀と長い尻尾を振り回して蔓モンスターを薙ぎ払っている。
アブサトラの面倒なところはこれだ。
奴は、縄張りとなっている場所を自在に移動することができる。
地上だけでなく、地下もだ。
森を成した木々だけを燃やしても、地下に逃げられては倒せない。
軟膏は蔓部分にある感覚器を誤魔化すことはできるけれど、本体の目は誤魔化せない。
見つかる前に殺すことが理想だったのだけれど、それはできなかった。
近づいてきた者を見逃さないようにするための、輪状の空白地だ。
だからこそ、ここに来る前にキヨアキたちを見つけたかったのだけど。
「どうするよ? 撤退か?」
「いや、あの反応はたぶん殺してない」
「なんでわかる?」
「勘と期待が半々だけど……」
アブサトラは『教えてやる必要はある?』と言った。
その前に、『また〜』とも。
つまり、キヨアキたちと遭遇しているだろう。
それに、食べたのなら『食べちゃった』と言えば済む話だし、そもそも会話をしなければいい。
アブサトラは会話ができるけど、そもそも他のモンスターと友好的な関係を築いたりはしない方だ。
それなのに、ここまで会話ができたのもおかしい。
ヤンたちのことを指していたのなら、未だ戦闘中なのだから別の反応だったはずだ。
「なんかおかしい。だからたぶん生きてる」
「お前の読みはよく当たるけどよ!」
蔓モンスターの束をまとめて大太刀で切り落とし、ルオガンは大量の煙を吐き出した。
「それで、どうする?」
「もちろん、聞き出す」
「どうやって?」
「……ちょっと時間を稼いでくれたら、すごいことを見せられるかもしれないけど?」
「はん?」
「どう? できる?」
「……おう、このルオガン様にそんな煽りを入れるたぁ。タケル様も偉くなったもんだな」
ニヤリと笑い、キセルの煙を胸いっぱいに吸うと、ルオガンは吠えた。
「やってやるぜ」
「じゃあ、しばらくよろしく」
最低限の回避に留めて、俺は意識を集中した。
カル教授が見せてくれたヒント、今度こそ物にしてやる。