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75 アブサトラの女王



 アブサトラ避けの軟膏を塗って森の奥へ進む。

 いるとわかっていれば、木々の変化に惑わされることはない。

 必要なら木の上に登って太陽の位置を見て、方角を確認する。


 ヤンたちの戦闘音からは離れていくのがわかる。

 だけれど、キヨアキたちが戦っている様子がない。

 その音がないのだ。

 生きているなら、いまでも抵抗を続けているはずなんだけど。


「チッ、軟膏のせいで鼻の利きが悪いな」


 ルオガンにもわからないみたいだ。

 それに、臭いを気にして煙草が吸えないせいで機嫌が悪い。


「もう死んでんじゃねぇか?」


 嫌な予感は考えたくないけれど、ルオガンはそれを口にしてしまう。

 そういう性格なんだから仕方ないんだけど。

 だから、女性陣に怒られたばっかりなんだけど、ね。

 こういうことで反省しないのがルオガンでもある。

 わかっているから気にしない。


「それならそれで、遺品の一つでも確保できていないと」


 帰った時に彼らの死亡を伝える証拠が必要になる。


 しかしそうなると、もう一方のことも考えないといけない。

 帰る方法。

 ディアナの奪還だ。


 ヤンがあの調子なら、ここで全滅となることはないだろう。

 しかしそうなるとディアナを使って撤退される危険もあるか?

 こうなったら、まずはディアナの獲得を狙った方がいいのか?

 考えることが多くて迷うな。


 それでも結局、キヨアキたちを探すことに決めて奥を目指してみる。

 入った方向はわかっているのだから、奇跡的に迷うことなく奥へ行けたと過程すれば、こっちの方角になるのだけど……。


「ああ、ついに最奥まで来ちまったか」


 開けた場所に来て、ルオガンがげんなりと呟いた。

 大樹を中心にした輪のような空白地。

 アブサトラの森の玉座。

 女王の間だ。


「ん? また〜? 誰?」


 大樹からするすると出てきたのは緑色の肌の少女だ。

 背中から大量の蔓が生えており、それが大樹を介して地下に張り巡らされ、森を覆い尽くしている。

 アブサトラの女王にして、アブサトラそのもの。

 この森にいる蔓モンスターは、全てこの少女の形をしたモンスターに繋がっている。


「森で暴れてる苗床と違うね。誰?」

「人を探してここに来た。いま暴れている奴ら以外にも、森に入ってきた者たちがいるはずだ」

「うん、いたよ」


 俺の問いに、アブサトラは大樹に吊るされた形のまま、素直に頷いた。


「そいつらは?」

「お前に教えてやる必要はある?」

「……必要とかじゃない。俺は、教えろと言っている」


 こいつ相手に交渉ができるとは思っていない。

 最初から力尽くになることは分かりきっていた。


「お前は、ご飯と会話をするのか?」

「いましてるじゃないか」

「ほんとだ。うっかり……うっかり!」


 地面と言わず木と言わず、そこら中から蔓が現れて襲いかかってきた。

 刃喰を抜いて、間合いのものを切り裂き、アブサトラへと距離を詰める。


「あはははは!」


 だが、アブサトラは大樹の中に逃げ込んで行った。


「ああくそっ!」


 ルオガンが吠え声と共に炎を放った。

 炎は大樹に命中し、爆散する。

 幹の上から半分を失ったけれど、蔓モンスターの猛攻は止まらない。


「ええい、逃げられたぞ、面倒な!」


 ルオガンは心配していたことが起こって嫌そうにキセルを噛んだ。

 もう我慢する必要はないと、火を付けて煙を吸い込む。

 その間も、朱鞘から抜いた大太刀と長い尻尾を振り回して蔓モンスターを薙ぎ払っている。


 アブサトラの面倒なところはこれだ。

 奴は、縄張りとなっている場所を自在に移動することができる。

 地上だけでなく、地下もだ。

 森を成した木々だけを燃やしても、地下に逃げられては倒せない。

 軟膏は蔓部分にある感覚器を誤魔化すことはできるけれど、本体の目は誤魔化せない。

 見つかる前に殺すことが理想だったのだけれど、それはできなかった。

 近づいてきた者を見逃さないようにするための、輪状の空白地だ。

 だからこそ、ここに来る前にキヨアキたちを見つけたかったのだけど。


「どうするよ? 撤退か?」

「いや、あの反応はたぶん殺してない」

「なんでわかる?」

「勘と期待が半々だけど……」


 アブサトラは『教えてやる必要はある?』と言った。

 その前に、『また〜』とも。

 つまり、キヨアキたちと遭遇しているだろう。

 それに、食べたのなら『食べちゃった』と言えば済む話だし、そもそも会話をしなければいい。

 アブサトラは会話ができるけど、そもそも他のモンスターと友好的な関係を築いたりはしない方だ。

 それなのに、ここまで会話ができたのもおかしい。


 ヤンたちのことを指していたのなら、未だ戦闘中なのだから別の反応だったはずだ。


「なんかおかしい。だからたぶん生きてる」

「お前の読みはよく当たるけどよ!」


 蔓モンスターの束をまとめて大太刀で切り落とし、ルオガンは大量の煙を吐き出した。


「それで、どうする?」

「もちろん、聞き出す」

「どうやって?」

「……ちょっと時間を稼いでくれたら、すごいことを見せられるかもしれないけど?」

「はん?」

「どう? できる?」

「……おう、このルオガン様にそんな煽りを入れるたぁ。タケル様も偉くなったもんだな」


 ニヤリと笑い、キセルの煙を胸いっぱいに吸うと、ルオガンは吠えた。


「やってやるぜ」

「じゃあ、しばらくよろしく」


 最低限の回避に留めて、俺は意識を集中した。

 カル教授が見せてくれたヒント、今度こそ物にしてやる。

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