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74 ローリングストーン



「君は転がる石のような存在だ」


 カル・スー教授はキヨアキに対してそう言った。


「特別ななにかがある。だがそれは、君の適性者としての実力をなんの担保もしない」


 そして、残酷な断言。

 適性者として目覚め、自らの才能に対して過信ともいえるほどに信じていたキヨアキにとって、無惨極まる言葉だ。


「ひどい話をしていると思うかい? だが、君にとってはそうでもないことでも、私にとってはとても興味深い。そして、その興味深さで、私は君の味方をした。それはわかって欲しい」

「……はい」


 父親の逮捕。

 自身の失敗によるモンスターの暴走事故。


 二つの事件によってキヨアキの立場は非常に危ういものになっている。

 この時になって初めて、歴史や物語の中で権力者がどうして没落していくのかを理解したような気がした。

 いや、原因の部分はわからない。

 ただ、物語の多くでは端折られてしまう没落の後にも人生があるのだということをわからされている。

 生きていかなければならない。


 そのためにはカル・スー教授の学究的好奇心に付き合うしかないのだ。


「俺のなにが、教授の興味をひいているのですか?」


 転がる石のようだと言った。

 だが、それだけでわかるはずもない。


「君の没落っぷりを見ればね。それに山梁タケルに君が絡んだ時の件もある」

「……山梁タケル」

「君が彼に絡むと、なぜか不思議と事態は悪化し、彼は良い結果を受け取る。この不思議をただ星の巡りが悪いという言葉で終わらせても仕方ない。私はそこに、君の属性が関係しているのではないかと思っているんだ」

「属性が?」

「そうさ。世にダンジョンが現れてから人間の内部に深く刻まれた魔力。それを表に表すために苦心した結果、誕生したのが術理力。そしてそれによって目覚めた個人の力が属性だ。私は属性が、表に現れる能力だけで全てを語れるとは思っていない。君を取り巻く運命にさえも関係しているのではないかと考えている。そして、君はそれの現れ方が、他者よりも激しいのではないか、と」


 他者より激しい?

 つまりそれは、他者よりも優れている?

 タケルよりも?


 その言葉は、なにもかもを失ったかもしれないキヨアキにとって縋りつきたい魅力を感じさせた。

 だが、それだけに、卑怯な言葉だとも思う。

 それしかないから飛びつく。

 自分は罠にかかって実験に使われる動物なんだと気付きながら、キヨアキはそれを口にすることをグッと堪えた。


 いつか……。

 いつか目にもの見せてやる。

 タケルにも、スラーナにも。

 そして、自分を実験の観察対象としか思っていないこの女にも。


 だが、いまは堪える。

 それは成長なのだと、自分に言い聞かせて。




 だから、いまのこの状況も自身の属性が導いた結果なのだと信じる。

 タケルの言葉を信じずに森へと逃げた連中を追って、キヨアキもそちらに走った。

 奴の言葉に従い続けることに苛立ちがあったのは事実だが、それよりもこちらに行くべきだとなにかが促しているような気がしたのだ。

 それは、カル教授に囁かれた言葉が悪影響を及ぼしている可能性もある。

 タケルへの対抗心を正当化する理由となっているだけかもしれない。

 だが、その瞬間に迷っている暇もなく、キヨアキは囁きに背中を押されて森へと走っていた。


 森の中は暗く、そして奇怪な蔓のモンスターによる襲撃を受けることとなった。

 背後からは同じように逃げてきたハグスマド同盟の連中もやってきていて、足を止めることもできない。

 モンスターと自分たちを誘拐した敵勢力の二つから逃げた結果、キヨアキたちは逃げに逃げた。

 幸いなのは、彼らはキヨアキの言葉に逆らわなかったことだ。

 森の中でさらに分散する愚だけはなんとか避けて、進み続けた結果、ハグスマド同盟の連中の目からはなんとか逃れ、そしていま、不可思議な場所へと辿り着くこととなった。


 そこは森の中にあって、頭上を遮るもののない広い空間となっていた。

 中央に大樹があり、周りの木々はそれに慮っているかのように距離を置いた結果、ドーナツ状の空白地ができていた。


 蔓モンスターの襲撃が収まり、仲間たちはその場に膝を付いた。

 キヨアキだけは、なんとか立って周囲を警戒する。

 しばらく、カル教授直々に術理力の訓練を受けていた結果がここで出てきている。

 カル教授からの指示で、なるべく属性を使わずに新たに覚えた術理技だけで戦っていたことも関係しているかもしれない。

 属性による攻撃は強力だが、制御が難しい面もある。

 そのために、どうしても疲れやすくなり、行動時間が短くなる。

 術理技の術理力の制御が肝要となる。

 極めれば、結果的に術理力の消耗が減り、引いては属性の制御力も増すこととなる。


 普通は年度が変わってから覚えていくことになるのだけど、キヨアキはカル教授の好奇心から先んじて教えを受けた。

 まさか、再会したタケルがすでに術理技を使っているとは思わなかったけれど。


 しかも、自分よりも遥かに上手く。


 ……認めよう。

 タケルは強い。

 術理力の扱いに優れ、武器の扱いに優れ、そして属性も優れているようだ。


 だが、負けない。

 負けてたまるものか。

 奴に負けることだけは、なんとしてでも避けなければならない。

 いや、勝たなければならない。


 それこそが、落ちぶれた自分が、唯一立ち直ることができたと確信できるのだ。


「あれぇ?」


 少し、思考に埋没しすぎた。

 やはり自分も疲れているのだ。

 欠いた集中力の隙を突いて聞こえてきた声は、大樹からだった。


「ここまで来られちゃった? なんで?」


 大樹からするすると降りてきたのは、背中から複数の鶴を生やした、緑色の肌をした少女だった。


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