オババ様に必要なものを揃えてもらい、アブサトラの森へ。
女性陣には危険な場所なので一人で行くつもりだったんだけど……。
ルオガンが付いてきた。
まぁ、ルオガンは女性じゃないからいいんだけど。
「……」
女性陣にめちゃくちゃ責められたルオガンはとても機嫌が悪い。
「やっぱり、俺だけで行くけど?」
「俺様だけをあそこに残す気か?」
「それは知らないよ」
「ったくよう」
ブツブツ言いながら、翼を使って飛行で運んでくれている。
「それにしても、翼竜人になったんだね」
「おうよ」
「翼が生えるってすごいね」
「……まぁな」
「空が飛べたら便利なんだろうねぇ」
「そんなでもねぇよう!」
よし、機嫌がなおった。
それからは、森に着くまでルオガンの自慢話が続く。
地上のモンスター種は修行や普通の成長で姿を変えるものがいる。
竜人は修行をすることで翼が生えるようだ。
本物の竜にまでなることができるのだろうか?
オババ様は竜人のままだけれど、もしかしたら真の姿を隠しているのかも?
不思議だなぁ。
ルオガンの苦労話を聞き流しているうちにアブサトラの森に到着した。
「よし、それじゃあ行ってくるよ」
「あん? 俺様も行くぞ」
「そうなの?」
「暴れたいんだよ」
「ははは」
翼は背中でびっくりするぐらい小さく折りたたまれてしまうので、いままでの動きを邪魔する様子はない。
森の中で動くのも問題なさそうだ。
腰の刃喰の機嫌を確認する。
「そういや、お前、変な刀を持ってるな」
「ダンジョンで拾ったんだけど、癖が強くて」
「へぇ」
「他にいいのがないかな?」
「ダタラの里でも行ってみるか?」
「そうだね。こいつの根性を叩き直してくれるかも」
刃喰が不満そうに震えている。
戦う気はありそうだということはわかったので、森へと足を踏み入れた。
入る前から耳を澄ましていたけれど、すぐに戦い音が聞こえてきた。
「おっ、元気にやってるじゃねぇか」
ルオガンも聞きつけたようで、楽しげに笑っている。
「人間も、なかなかしぶといな」
「一人、二人、強いのがいるから気を付けて」
「ああ、敵対してる人間っていうのか?
オババ様に事情を説明した時には、ルオガンも横で話を聞いていた。
どれぐらい真面目に聞いていたのかは知らないけれど。
「はっ、おもしれぇじゃねぇか」
俺の話を聞いているのかどうなのか、ルオガンは楽しそうに笑うだけだ。
「遊びじゃないんだけどね」
「ははっ、それはお前もだろ」
「え?」
「まじめぶったってごまかせねぇぞ。なにか企んでるだろ?」
「うっ……」
「一番楽しいところを黙ってるのが、お前の悪いところだ」
「別に黙ってるわけじゃぁ」
「ほれ、さっさといこうぜ」
こっちの言い訳は完全無視して、ルオガンが先を進んでいく。
「ちぇぇ」
俺は追いかけるしかなかった。
彼らは完全に迷子になっているようだった。
アブサトラは自身を周辺の木々と同化させる能力を持つ。
森の歩き方がわかっていないと、奴らの擬態に騙されて、正しい道をあっという間に見失う。
「ぎゃああああっ! きもい! きもい! きもい! きもい!」
最も悲鳴をあげて抵抗しているのはフーレインだ。
鋼棘に【念動】を纏わせ、杖と棘を繋げる鋼糸の部分を利用して周囲から迫り来る蔓植物を薙ぎ払っている。
その先端は、鋼棘とはまた違う趣で膨らみ、尖り、小指の先ほど大きさの卵を零す。
保護のための粘液がドロリと糸を引く様に、フーレインが顔色を青くした。
「なんでこいつら、私ばっかり!」
「ふ〜ちゃんにしか興味がないみたいだね」
「うげげ、やめろ!」
「やめろと言っても、私が指示しているわけでもないから」
ヤンは近づいてくる蔓を【念動】だけで抑え、引き千切っている。
「ちぎれたら動かないことは判明している。蛇だって死んでもしばらくは動くのに、こいつらはそれがない。筋肉的なもので動いているのではなくて、魔力で動いているのだろうね。ならばどこかに本体がいるはずだろうけど……」
蔓はいくらでも湧いてくる。
「大元がどこにいるのかはわからないね。脱出を考えた方がいい」
「だけど、外にはあのとんでもないのがまだいるかもしれませんよ」
ヤンが分析していると、他の仲間が悲鳴混じりに意見した。
「あんなのに勝てるのかよ」
「ちくしょう、地上なんてろくなところじゃねぇ」
「そうだね。大人しく他からダンジョンを奪った方が楽かもしれないね」
彼らの意見に同意の形を示しているヤンだけれど、その細い目はそう思っていなさそうだ。
野心を感じる。
「すげぇ強そうだなぁ」
遠くから戦いの様子を眺めるルオガンはとても楽しそうだ。
「まだだよ」
いますぐやろうぜ! という顔をしているルオガンを苦笑混じりに押し留める。
仕掛けたいのは俺も一緒だけれど、まずはこっちの仲間を確保しないと。
ひっきりなしに襲われているヤンたちに対し、俺たちはまったく襲われていない。
その理由は俺たちが男だということもあるけれど、それ以上に、オババ様に用意してもらった物にある。
その一つが軟膏。
アブサトラは蔓にある器官で動物の臭いを感じ取る。
雌の臭いなら卵を産み付け、雄の臭いなら餌にする。
軟膏はそれらの臭いを誤魔化し、俺たちの森の一部として扱う。
「まずは仲間を探そう」
未練のあるルオガンの背中を押して、俺たちは気取られないように戦いから離れた。