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70 餌と罠



 ディアナと装備を取り返す。

 その方針に決定した以上、この場所から離れるわけにはいかない。

 ジャシンの毒霧が沈澱したこの一帯は、空気以外でも危険地帯だ。

 砂や石や木に結晶体が付着するほどの濃度が常にあるということは、奴らがそこに長く居座っている証拠だ。


 遠くからその一帯を観察する。


「あの一帯は危険地帯だし、奴らは地上に不慣れだ。逃げ方を間違えていたらもう死んでる」

「死んでるって」


 その言葉に何人かが驚いているみたいだった。


「深度が進めばダメージゾーンも出てくるって授業で聞いていなかったのか?」


 動揺した連中に鋭い言葉を投げかけたのは、キヨアキだった。


「モンスター相手だって死ぬ時は死ぬんだ。なにをビビってる」

「相手は人間だぞ」

「敵になったんなら、モンスターと一緒だ」


 表情を動かさず、キヨアキは吐き捨てる。

 驕りと一緒にいろんな物が削ぎ落とされたキヨアキは、危機迫っていて動揺していた連中は言葉を失っている。

 スラーナはやや複雑な顔をしているけれど、シズクとプライマは動揺していない。


「続けろ」


 仲間たちをひと睨みしてからキヨアキが俺を見る。

 動揺を鎮めてくれたんだから、反論はない。


「……ディアナの仕組みはわからないけど、まとめて転移されたならそう離れた場所には出ていないはず。俺たちの動きを見られていたかもしれない」


 あの時は状況の把握と脱出に必死だったから、奴らに見られているかもということを考える余裕はなかった。

 しかしそれは、奴らも同じはずだ。


「ああ、あった」


 やっぱり、見られていたらしい。

 目を凝らして見ていると、黄ばんだ石の側に数人が倒れているのが見える。

 ヤンたちの仲間だろう。

 頭の向きが、俺たちの進んだ通路を向いている。

 脱出までに呼吸をしすぎたに違いない。

 混乱すると、余計に息を吸ってしまうものだ。

 ヤンやフーレインが倒れている様子はない。


「人数が減ったなら俺たちの装備を持ち歩く余裕はないはず」


 奴らの足の方向に進めば、おそらくそれらはあるだろう。


「じゃあ、行ってくる」


 毒霧帯に入るための準備は済ませた。

 ガスマスクハンカチに解毒の葉を貼り付け、口を覆う。

 何人かのブレザーを借りて、荷物を運べるように簡易的な鞄を作った。

 それを持って、俺一人で行く。


「やっぱり、手伝うわ」


 スラーナの提案をやんわり拒否する。


「いいよ。あそこで動くのは俺の方が慣れてる。それに、生き残りがどこかに潜んで俺たちの動きを見張ってる可能性もある。こっちの方が気を付けていた方がいい」

「わかった」


 実際にそれはあると思っている。

 そして、そんなことになっていたらけっこうやばいなと思っている。

 ヤンとフーレインは腕利きだった。

 武器のないスラーナやシズクたちでは太刀打ちできるとは思えない。

 毒霧で深刻な痛手を受けてくれていればいいんだけどと祈りながら、中へと侵入する。

 彼らは解毒葉の知識もない。

 しばらくは苦しんでいると思うんだけど……。


 入る前に新鮮な空気を胸一杯に吸い込み、身体中に循環させて侵入した。

 簡易ガスマスクも無事に使えている。

 二つの死体を飛び越えて足跡を辿っていくと、それらを見つけた。

 武器だ。

 シズクの盾もある。

 だが、ディアナはなかった。

 周囲を見て回ったけれど、他にはなにも残っていない。

 故意にこれらは残され、ディアナは持ち去られたのだと考えるしかない状況だ。

 放置されたことに文句を言っているのか、震える刃喰を腰に戻し、他は簡易鞄に入れて、元来た道を戻る。


「……」


 足の裏に感じた気配に何度も背後を振り返りながら、急ぎ足で戻った。

 帰り道も問題なかった。

 だが、帰ってきた先には問題があった。

 ある意味で、予想通りの光景。


「ヤン!」

「やあ……ゴホッ、戻ってきたのですか」


 そこには顔色の悪いヤンと、その仲間たちがいた。

 スラーナたちは武器を向けられ、おとなしくしている。

 フーレインの鋼棘にはすでに術理力が通り、空中で揺れていた。


「ひどい顔だね」

「ええ、まったく、とんでもない洗礼を受けましたよ」


 ヤン以外も毒霧の影響が抜けていない様子で、顔色が悪く、咳を止められないでいる。


「どうやら君が、地上と関係深い者のようだ。とりあえず、この症状をどうにかする方法を教えてもらえないかな?」

「断る」

「仲間の命はいらないのかな?」


 ヤンの手が動くと、スラーナたちが一斉に顎を逸らし、苦しみ出した。


「不調だけれど、私の【念動】はまだいける。未熟な彼らの首を捻るのは、難しくないよ?」

「……水で洗ったか?」

「もちろん」

「なら、これを噛め。解毒の葉だ」


 ポケットから出した葉の束を見せると、ヤンに指示された一人が取りに来た。

 あの技は【念動】というのか。

 いいことを聞いた。


「……油断はしないね。君はいい戦士になれそうだ。どうだい? 私たちの仲間にならないかな?」

「ヤンっ!」


 ヤンの提案にフーレインが不満そうな声をあげる。

 荒れた喉に響いたのか、すぐに苦しみ出した彼女は仲間に差し出された解毒の葉を噛み、俺を睨んだ。


「強い適性者、強い戦士、強い味方は何人いてもいい。そうだろう? フ〜ちゃん?」

「……そいつは嫌いだ」

「まぁ、君の意見よりも、まずは彼の意見だ。どうかな?」

「断る」


 そう返すと、仕込みを発動させた。


「「「ぐわっ!」」」


 その瞬間、ヤンたち全員が、突然の痛みに呻き、あるいは絶叫した。

 作り出した好機を見逃しはしない。

 即座にスラーナたちのところに駆けつけると、武器を入れた簡易鞄を彼らに放り、抜いた刃喰で周りにいる連中の手足を切る。


「貴様ぁ!」


 痛みから立ち直ったフーレインが血を吐きながら怒鳴り、鋼棘の群れを差し向けてくる。


「むんっ!」


 気合を入れて、空いている方の手をそちらに向けた。

 鋼棘の群れが、俺たちの間で震えながら止まる。


「なっ!」


 驚くフーレインがさらに力をこめているけれど、鋼棘の動きは変わらない。

 それどころか、その先端が、徐々に、フーレインへと向いていく。


「そ、そんな……」


 青褪めるフーレインの顔を見ている余裕はなかった。

 それよりも先に、不可視の拳に殴られて俺は吹っ飛ばされた。


「ヤンっ! あいつ!」

「もう【念動】を覚えたのかい! 本当に、並々ならぬ戦士だね」

「あいつは殺す!」

「まぁ、待ちなさい」

「待たない!」


 興奮するフーレインをヤンが諌めているが、もうそんな時間はない。


「逃げるぞ!」


 俺はスラーナたちに向けて叫んだ。


「逃がすか!」

「あんたたちも逃げた方がいい!」


 言い返し、毒霧帯を示す。


「縄張りへの侵入者を、あいつらが見過ごすと思ってたのか?」


 俺の指差した先には、複数のジャシンの姿があった。


「逃げろ逃げろ!」


 何度も叫び、スラーナたちの背中を押した。


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