「チッ!」
キヨアキは俺たちを見るなり、まず舌打ちした。
彼に嫌われているのはいまさらなんだけど、それとは別になにか気になる。
以前にも感じたけれど、なにか雰囲気が変わったな。
やさぐれている?
事情が事情だから仕方ないとはいえ、それだけかな?
「なんでお前たちがここにいるんだ」
そんな俺の視線を嫌そうに睨み返して、そう言い放つ。
「こっちが言いたいわ」
スラーナが言い返す。
「まぁまぁ、こんなところで喧嘩しても体力の無駄だよ。君たちはどうして捕まったのかな? 事情を聞いても?」
シズクが最年長という立場を利用して、この場を取り仕切り話を進めていく。
キヨアキは沈黙したが、他のパーティメンバーが事情を話す。
彼らはシズクの捜索とは関係なくダンジョンを攻略していたところ、彼らに襲撃されて捕まったのだそうだ。
「学園の生徒ばかり捕まえて、どうするつもりなんだろうね」
犯人たちがハグスマド同盟の人間だと聞いて、そっちのパーティメンバーは驚き、不安になっているようだった。
暗くなっているのは、シズクとプライマと一緒になっていた二人も同じだ。
スラーナ、シズク、プライマの三人で相談することになる。
「ここから出ていくことはそれほど難しくはない。けど、問題はディアナがないことだね」
シズクが失われたリングを思ってか、手首を撫でる。
「出てすぐのところにでも保管されていたらいいんだけど」
「向こうもそれはわかってるんじゃないかな」
「そもそも、目的はなに?」
解決策の見つからない話し合いだけれど、しないよりはマシという雰囲気で続けられていく。
俺はその間も術理力を弄って、さっき思いついたことを試す。
まずは、ヤンの使っているあの術理技だ。
【俯瞰】と【小盾】の応用だというのはわかる。
フーレインが鋼棘を操っていたのも同じ理屈だろう。
体から離れた場所の物を見えない手で操るという感覚だ。
問題なのは、体外に向けられた術理力の及ぼす範囲はそこまで遠くないということ。
属性となれば話は別だけれど、術理力をほぼそのままに利用する術理技ではそれは難しい。
スラーナの矢に催涙剤を混ぜるやり方も、途中から術理力の効果は失われているはずだ。
あるいは属性を混ぜ込んでいるのかもしれない。
フーレインの鋼棘を操っているのも、あの特殊な武器を体の延長として操っているから可能となっているのだろう。
武器がなければあの間合いは無理に違いない。
術理力を霧散させない方法が重要だ。
だから、例えば……。
トン。
俺の前で床が鳴る。
そして部屋にいたみんなが、一斉にこっちを見た。
スラーナたちは「ん?」という感じで、キヨアキはあきらかに嫌そうな顔で、俺を見た。
「タケル、いま、なにかした?」
「ちょっと実験」
「……そう。こんな時に変なことしないで」
「君は相変わらずだね」
「変人だよ」
スラーナにはいつものことみたいな顔をされ、シズクとプライマに呆れられた。
「はは、ごめん」
と、謝ったところで、それは起きた。
グルリと世界が歪んだ。
驚く暇もない。
変化は次々と起こっていく。
俺やスラーナ、シズクやプライマ……人だけを残して周囲の物が消えていく。
壁や床の他、部屋に散らばっていた飲みかけのペットボトルや毛布なんかも次々と消えていく。
驚きのまま思考は停止し、その間にも事態は進行していく。
自分たち以外の全てが消え去った次の瞬間、それらは別の物にすり替わって行った。
床は、乾き切った地面に。
壁はひび割れた巨岩に。
ペットボトルや毛布は黄色い結晶を纏わせた石ころに変化した。
その光景を俺は知っている。
いや、それ以外の想像なんてできるはずもない。
誰かがポータルを使った?
とはいえ、移動の経過がタケルの知っているものと違った。
ハグスマド同盟のポータルは、こういう移動の仕方になるのか?
そんなことは俺にはわからないけれど、それよりも問題がある。
ああもう、兆候が出てきた。
「……かはっ」
喉と鼻の違和感に首を抑えていると、スラーナが咳をした。
続いて、他の連中も不快そうに喉を抑える。
「なに……これ」
「慌てず、呼吸を最小限に、毒の空気だ」
俺もなるべく息をしないように、小さな声で全員に注意を飛ばした。
「ここは……」
周囲を見渡す。
太陽の出ている時間。夕刻。
北がこっち。
あっちにある山に覚えがある。
「とりあえず、こっちに進む。良いって言うまで、呼吸はなるべく抑えて」
俺は指示し、前に立って案内する。
キヨアキが異論を唱えて暴れ出すかと心配したけれど、そんなことにはならなかった。
もしもそんなことになっていたとしても、この場では放置するしか選択肢はなかったのだけど。
気管を通って粘膜を貫く刺激に、咳が止められない。
やればやるだけまた吸い込むことになる。
時間はない。
呼吸ができなければ術理力もたいした助けにはならない。
学園の制服は適性者用に作られており、ダンジョンでの活動や戦闘に耐える作りになっている。
それだけでなく、小道具も少なからず仕込まれている。
内ポケットに収められたハンカチは簡易なガスマスクとして使用できるよう、濾過繊維で作られている。
それを口に当てて、ひたすらに進む。
一時間ほど進んだところで、地面に変化が起きた。
黄ばんだ石や砂しか転がっていなかったのに、草が姿を見せるようになった。
もう少し。
耳を澄ませて音を拾ってさらに進み、なんとか川を見つけた。
「もういいよ。川で喉を洗おう」
一言も喋っていないのにガラガラになった声で皆に告げて、俺は率先して川でうがいをした。
「ねぇ、タケル。ここって」
スラーナが恐々と尋ねてくる。
「そうだね、たぶん……ここは地上だ」