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67 合流



 ヤンの術理力でしばらくダンジョンを進んでいると、彼らは自分のディアナを使ってポータルを出現させ、それを潜った。

 出て来た場所は、コンクリートで固められた陰鬱な場所だった。


「ヤン殿」

「はいよ、ただいま〜。これお土産ね。元気な子だから、気をつけて。そっちの彼女も寝たふりは通じないよ」

「……くっ」


 スラーナも気を失っていたふりをしていたようだけれど、ヤンには見抜かれていた。


「タケル」

「しばらくは大人しくしていよう」

「ひどいことはしないから、大人しくしててね〜」


 ヤンの言葉は軽いけれど、細い目から放たれる視線は鋭い。

 この場にいた連中に取り囲まれ、俺たちはディアナと武器を奪われた。

 それから、言われるままに進んでいくと、一つの部屋に辿り着いた。


「タケル!」


 なんとそこにシズクとプライマ、彼女たちと組んでいたらしい二人がいた。


「ん〜?」


 俺たちは部屋の中へと押し込まれたのだけれど、それを見守っていたヤンが声を出した。

 視線は、シズクに向けられている。


「そこの彼女。なんでほっぺに痕があるのかな?」


 シズクの頬には殴られたようなアザができていた。

 捕まる時にできたものかと思っていたのだけど、違うのか?


「あなたは僕たちの無事を約束したが、そちらの連中は従わなかった。抵抗したら、殴られたのさ」


 シズクは怯えることなく、堂々と言い放つ。

 瞬間、空気が冷えた。

 感覚的な話ではない。

 物理的に、周囲の空気が冷えたのだ。

 実際、彼の周りにある壁や床に白くて半透明のものが現れて積み上がっていく。

 氷だ。

 ヤンの属性か?


「誰が?」

「黙れっ!」

「そこの男。他にもいる」

「なるほど」

「ヤン殿、話をっ」


 だけど、その男にそれ以上の発言は許されなかった。

 俺たちの背中を押していたその男は、ヤンの前で苦しんでいる。

 足は床から離れ、手は首にやろうとしているけれど、見えないなにかに邪魔されて届かないようだった。

 俺たちの動きを縛った術理技か。

 いや、それだけじゃない。


「話なら、ボクがもうしていたよね? ボクたちは賊じゃないって。望んで子供を殺すようなことはしないし、ましてやそういう手の出し方をするのを許すはずもない。わからないかな? まぁ、わからないからやっちゃうんだろうけどね」

「あ、がが……」


 ヤンの属性だろう冷気が、宙に釣り上げられた男の中に注がれていく。

 空気を求めて開いた口の中に、湯気のようにゆらめく気体として吸い込まれていき、肌から熱の色を奪い、青くしていく。


「この世から消えていくのは、敵味方関係なくバカからの方が健全だと思うんだ。だから、君はもう脱落だ」

「がっ!」


 それが、男の上げた最期の声だった。

 男は固まった。

 触れないけれど、間違いなく、冷凍肉のように固くなってしまっているだろう。


「じゃあ、君たちはしばらくそこで大人しくしててね」


 凍った死体を宙に浮かべたまま、ヤンは糸目をゆるく曲げて、この場を去る。

 部屋はきっちりと、鍵をかけられた。


「強いなぁ」


 人一人を瞬く間に冷凍する。

 それは、ただ属性がそういうものであるというだけでなく、膨大な術理力によって支えられているからだ。


「超越者ヤン」


 シズクがポツリとそう言った。


「あの男がいない時に、あいつらがそんなことを自慢げに言っていた。バカな奴だ。自分たちが自慢していた男の怒りをわざわざ買ったんだから」

「それより、大丈夫だったの?」

「ああ。大丈夫だよ。脅したら殴っただけで逃げたんだから」


 スラーナの心配にシズクは笑顔で答える。

 プライマの手が伸びて、頬のアザはあっという間に消えた。


「反応をたしかめたくて残していたんだけど、まさかこんな結果になるなんてね」


 あっけらかんと告げる。

 なるほど、向こうの力関係とかを調べたかったのか。


「それで、どんな感じです?」

「あのヤンという男を頂点にして動いているけど、彼もこの場の責任者程度の立場だね。力は強いけど、派閥としては弱いのかもしれない」

「ということはもっと大きな組織が裏で動いていると?」

「だろうね。まさか本当に、ハグスマド同盟の全部が動いているとは思えないよ。一部の独断なんじゃないかな? だって、僕たち下っ端の適性者を捕まえてどうしようっていうんだか」

「なるほど」


 さすがは先輩のシズクだと感心していたのだけど、なぜか周りから変な目で見られた。


「あなたたち、この状況に慣れすぎじゃない?」

「ビクビクしてたって仕方ないじゃないか」

「できることは探していかないと」


 スラーナの声にシズクが答え、俺も賛同する。


「僕たちは適性者だよ? シクシク泣いてたすけを求めるのは僕たちのやることじゃないよ」

「はぁ。まぁ、たすけに来て捕まっている私たちが言うことじゃないけど、もう少し、ねぇ」

「そうそう。やっぱり、君たちって僕たちを捜索してくれていたのかい?」


 そこで、俺とスラーナは捕まることになってしまった経緯を話した。


「なるほど。僕たちの捜索がされているって知れたのは、不幸中の幸いだ」

「ただ、まだ普通の遭難だと思われているなら、俺たち以外にも被害者が出るかも」

「そうだね。それにしてもなんのためにこんなことをするのやら」

「強い適性者を引き摺り出すためとか?」

「こちらの戦力を削るためと考えると、そういうこともあるかもしれないけど……」

「ハグスマド同盟は消滅の危機があるというから、焦っているのかも」

「なるほど。実行犯は冷静でも頭脳役の司令部が冷静じゃない可能性もあるのか。でも、本当に消滅するのかな?」

「わからないわ。私だって噂だけだもの」

「そうだよね。他の連中のことなんて、噂以上のことがわかるわけない。そもそも人が大勢いて存在が固定されているはずの居住地部分が消滅するなんて、本当にあるのか」


 スラーナも加わって話だせば俺の出番なんてない。

 ああだこうだと話し合いが続いていくところから離れ、先ほど思いついたことを試してみようと四苦八苦していると、また扉の向こうで近づいてくる音がした。


 黙って様子を見ていると、また学園の制服を着た人々が放り込まれる。


「え?」

「嘘」


 そこにた一人に、俺とスラーナは驚いた。

 なんとそれは、花頭キヨアキだったのだ。


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