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66 捕縛



「ギィィィィッ! よくも、よくもやってくれたな!」


 フーレインが怒り狂っている。

 催涙剤がかなり痛かったらしい。

 今も涙が止まっていないし、目は真っ赤だ。


「風を使った窒息は?」

「無理、相手の術理力で弾かれた」


 便利な攻撃方法だと思っていたけど、使い所はかなり限定されているみたいだ。


 それはともかく。

 この状況をどうするか。


 背後から近づいて来ているのは、敵か味方か。

 スラーナも気付いている様子だ。

 フーレインは気付いているのか?

 逃げたいけれど、状況的に無理だ。


「背後に賭ける?」


 フーレインと戦い、後ろから近づいてくるなにかに追い付かれる前に決着を付けて、前に逃げる。

 あるいは背後の何者かを迎え撃つ。


 そういう考え方もあると思う。

 できないことはないと思う。

 いまの時点でフーレインの弱点……というか、どうしてこの必勝パターンが導かれたのかは思いついたので、その部分を突けば、あるいは簡単に決着をつけることができるかもしれない。


 だが、もしもその読みが外れていたら?

 それに、背後の何者かが敵なら、フーレインが負けるのをただ見ているとも思えない。


「賭けましょう」


 スラーナの判断は早かった。


「あっ! 待てっ!」


 同意とともに背後に向かって走る。


「味方だったら?」

「一緒に逃げる!」

「敵だったら?」

「なんとか横を抜ける!」

「了解!」


 走りながら意思確認。

 見えたのは一人。

 草臥れたコート姿の成人男性だった。

 怪しい。

 味方とは思えない。

 目配せで再確認。

 そのまま抜けることに決定。


「おん?」


 場違いにのんびりした声だったが、それを無視して横を抜けるために速度を上げる。


「まぁまぁ、そんなに急がず、おっさんに話を聞かせてみなさい、よっと」

「え?」

「ぐっ」


 いきなり、体が重くなった。

 走る勢いさえも押し殺され、まるで粘りのある液体の中に突き落とされたかのように動けない。


「ぐぐぐ……」

「お? この状態でもまだ動ける? すごいねぇ」


 のんびりと感心した声を上げる。


「だけど、君が無茶をすると相方の方にも力を込めなきゃいけなくなる。そうなると、息ができなくなるかもよ?」

「っ!」


 声とは裏腹の冷たい響きにスラーナを見れば、彼女は苦しそうにその場に倒れていた。

 術理技か、属性か。

 上から押し付けてくる力に耐えられず、スラーナは潰されそうになっている。

 そのために、息ができなくなっているのだ。


「さあ、意地を張りなさんな」

「くそっ」

「そうそう。人間、素直が一番よ?」


 脱力した瞬間に、頭に衝撃が走り、気絶させられた。




「そいつ殺す!」

「まぁまぁ、フーちゃん、そう怒りなさんな」

「黙れ! 愛称で呼ぶなんて許してない!」

「まぁまぁ、下手に殺すのはだめよ〜?」

「そいつらも殺した!」

「あれはフーちゃんの仕業でしょ? 責任転嫁はよくないよ?」

「ちっ!」

「あっ、ちょっと、運ぶの手伝ってよ。……まったく」


 ぼんやりと残した意識で音を拾う。

 フーレインと合流したコートの男は、俺とスラーナを運んでいるようだ。

 どこに?

 それにこれは、腕で抱えて運んでいるわけじゃない。

 さっきの正体不明の見えない力だ。


 あれはなんだ?


 属性なら再現不能なのだから、こういう時はとりあえず術理技として考えてみる。

 いや、考えるまでもなく、答えはアレか。

 フーレインが鋼棘を操っていたあの術理技。

 あれと同じはずだ。


 だけど間違いなく、フーレインが使っていたものよりも強力だった。

 大人の適性者はこれぐらい術理技を使いこなしているのか。

 いや、フーレインは俺たちとそんなに年齢が違うようには見えなかったけど。

 でも、コートの男はまさしくそうだ。


 つまり、ハグスマド同盟は学園よりも早く術理技を教えているということになるのか?

 それとも、フーレインがただ優れているだけか?


 どっちだろう?

 でもどちらにしろ、すごいな。


 術理技にはまだまだ深い。

 彼らは他に、どんな技を見せてくれるだろうか?


 だめだ。

 シズクやプライマが捕まっているかもしれないし、いまはここにスラーナがいる。

 みんなが危険な時に、こんなことを考えるべきじゃないんだけど。

 やばい、気になる。


【俯瞰】と【小盾】の応用だと思う。

 スラーナが矢に催涙剤を巻きつけているのも同じ方法だし、間違いない。

 とはいえ、まず使っている術理力の量が違うし、フーレインはあれほどに複雑な動きを実現させて、自らの属性を隠し玉にするぐらいに研ぎ澄ませている。


 ただの補助と呼ぶには、その練磨は行き過ぎているように見える。

 学園とハグスマド同盟では、考え方が違うのかもしれない。


 なら、学園にはない使い方とかもあるのかも?


 気になる。


 ああ、だめだ。

 そんなことを考えている場合ではなくて……。


「君、余裕だねぇ」


 進みながら、コートの男が話しかけてきた。

 意識があるのを気付かれた?

 死んだふりは得意なつもりだったけど、見抜かれていた?


「君を包んでいるのはボクの術理力だよ。鼓動の数から血流の勢い、お腹のうんこの動きまで丸わかりだよ」

「……俺たちを、どうするつもりだ?」

「とりあえずは殺さないかな? ボクとしては子供殺しは気が引けるからね。いまの段階では、だけど」

「なら」

「まぁまぁ。大人しくしていたら、その内救助隊に見つかるようにしてあげるよ。だから静かにしていてよ。君たち、フーちゃんに嫌われてるから」

「ヤンっ! なにブツブツ言ってんの⁉︎」

「な〜んでも」

「ちっ!」


 コートの男はヤンという名前らしい。

 たしかに、ヤンほどの実力者なら、術理力だけで生物を握り潰すなんて簡単かもしれない。

 ましてや自分の術理力で包んだ相手の状態を読むなんて、簡単なことなのかもしれない。


 ん?


 術理力。

 状態を読む。

 相手の術理力。

 あの時のカル教授の手。


 もしかして?


 あ。


 わかったかも。


「お、なんだ君? 笑ってる? この状況で? 怖いよう」


 もしこれが【王気】なんだとしたら……そういうことなのかもしれない。


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