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65 海月のフーレイン



「なんでそんなことをする?」


 シズクやプリズマたちを誘拐してどうするのか?

 俺にはそれがわからなかったのだけど、男から呆れた目を向けられた。


「そんなこと、いまさら聞くか?」

「ハグスマド同盟のダンジョンに崩壊の危機が訪れているって聞いたことがあるけど、まさか本当なの?」


 スラーナが説明してくれる。

 言葉の内容にも驚きだけれど、そんな彼女の動きから、他の連中が覚醒し始めたのがわかった。

【俯瞰】を広げて俺の方でも監視する。

 前から気配で周囲の動きを見るというのはやっていたので、【俯瞰】を覚えるのは簡単だった。

 より周囲の情報が明確になったことで、その整理が大変なことになったけれど、慣れれば問題ない。


「はは、そっちの学生さんは呑気だな。だから捕まる」

「彼女たちは無事か?」

「さあて、な」


 男の挑発は、仲間が気が付き始めたことをわかった上でのものだ。

 俺たちの意識をそちらに向けさせたくないのだろう。

 だけど、無駄だ。


「人質のつもりか? それなら俺の目の前にもいるし、お前の後ろにも候補はいる。あいつらが余計な動きをする前に、あんたを教材にしたっていいんだぞ?」

「おいおい」


 ちゃんと気付いているぞと釘を刺せば、男の顔がまた青くなる。

 刃喰の刃はいまだに男の喉にあるのだから。


「さっきも言ったが、できるできないかを、お前の体でたしかめたいなら……」

「生きてる! くそっ、生きてるよ! なんだよお前、怖ぇよっ!」

「それはよかった。で、どこにいるんだ?」

「おい! 喋るなよ!」


 真っ先に気が付いた盾役が叫ぶ。

 攻撃役の二人は四肢を切られて苦しんでいるので、声を出せない。

 スラーナが倒した二人は、催涙剤の影響でいまだに苦しんでいる。

 盾役も不意を突くのは不可能だと察したようだ。


「馬鹿野郎! お前、こいつ怖いんだぞ! お前が代わりに尋問されてみろ!」

「それどころじゃねぇ! こんなところで喋ったことをあの人に知られたら……」


「もう、知ってるよ」


 その声が聞こえた瞬間、ゾッとした気配が襲いかかってきた。

 反射的に後ろに飛び、スラーナも抱えて距離を取る。


 次の瞬間、鋼の雨がその場所に降り注いだ。


「なにしてるの? 捕まってるなんて、ダッサダサ」


 声は高い女性の声だった。

 嘲笑の声は体のあちこちから血と肉の割れ目と骨を覗かせた、かつての生者に向けられている。


「で、そのダサ君たちをいたぶってくれたイジメっ子があんたらってわけだ?」

「いや、トドメを刺したのはそっちだろう」

「敵に捕まって情報を吐くぐらいなら死を選ぶ。同盟の戦士なら当然よねぇ?」


 背は小さい。

 陰気な化粧を施して、気の強そうな目が俺を見下ろしている。

 手に持っているのは長い杖の先に、無数の鋼の棘がぶら下がった紐状のものが生えているという奇妙な武器だ。

 種類としては鞭になるのか?

 フレイルというのもあるな。


 あれらの数が多い変形物か。


「で、そっちはうちの情報を盗み取ろうとする不埒者なの? それならお詫びに私たちに情報をよこしなさい。それで許してあげる」

「いろいろと破綻したことを言われている気がするけど?」

「そう? それじゃあ……泣き叫べ」


 来る。

 スラーナを後ろに突き飛ばし、代わりに前に出る。

 杖全体に術理力がまとわり付いているが、それが先端に比重をかけた。

 その瞬間、鋼棘が俺に向き、飛びかかってくる。

 杖と繋がっている金属製の紐は複雑に絡み合っていたのだけれど、それが解けて距離を稼いでいく。


 そうして横殴りの鋼の雨が完成した。

 刃喰は我が儘を言うことなく迎撃に振るわれる。

 だが、打ち払っても、すぐに角度を変えて襲ってくる。


 一度撃ったら終わりじゃない。

 ずっと周りに纏わりつくのだ。


「蜂のように鬱陶しい!」

「虫ケラと一緒にするんじゃない!」


 俺の文句が気に障ったらしく、攻撃がさらに激しくなった。

 なにが、どうなっているのか?

 属性なのだろう。

 だけど、術理技であっても応用ができそうな気もする。


「キャハハハ! どうしたの? そこから動くこともできないの? 雑魚ザーコ!」


 嘲笑する女を無視して、術理力の動きを観察する。

【俯瞰】と【小盾】の応用で出来そうな気がする。

 優れた術理力と術理技によって完成されている?

 だとしたら、属性は別にある?


「ん〜? 気付いた? だけどもう遅いけどね」


 その瞬間、全身に衝撃が走った。


「キャハハハハッ! 海月のフーレイン様の必勝パターンに君もかかるんだ! まぁ、逃げられないようにしてるんだから、逃げられるわけないんだけどね」

「がっ、くっ」


 全身が満遍なく痛い。

 それに痺れたし、一瞬、体の動きが奪われた。

 電気か。


 周囲を飛び交う鋼棘やそれを繋げる鋼糸を伝播して電撃を浴びせかけてきたんだ。

 全方位を囲まれているようなものだから、避けようがない。

 なるほど、必勝パターンだ。


「タケル!」


 スラーナは叫んだと同時に女……フーレインに矢を放つ。


「ふん、こんなの……ぎゃっ!」


 催涙剤混じりの矢を鋼棘で打ち払ったフーレインは、降り注ぐ唐辛子と胡椒にやられて悲鳴をあげた。

 気を取られたのか、俺の周りの鋼棘の動きが緩む。

 俺は即座にその場から飛び跳ねて退避。


「ごめん、たすかった」

「いまのは仕方ない。でも、気を付けて」

「ああ、わかってる」


 逃げるのは……無理だと、スラーナは言っている。

 目の前にいるフーレインは真っ赤になった目で俺たちを睨んでいる。

 そして、俺たちの後方から、誰かが近づいてきている。

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