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53 深度Dさらに奥へ



 冷たい洞窟をさらに進む。

 進みながら、俺はさっきの技のことをシズクに質問していた。


「さっきのあれはなんだったんですか?」

「ん? 【CtoC】のことか?」

「たぶんそれです。あれも属性なんですか?」

「ははは、あれは属性ではなくて、術理技だよ」

「術理技?」

「君たちなら進級したらすぐに許可が出るんじゃないかな? 属性に頼らない、術理を使用した体術や術理だよ」

「そんなのがあるんですか?」


 スラーナに「知ってた?」と聞くと、彼女は「当然」と頷いた。


「だから、兄がいるんだから覚える流れはだいたい知ってるわよ」

「そっか。でも……」


 そういうのは、もっと早くに教えてもらったほうがいいんじゃなかろうか?

 術理技というのが、術理さえ使用することのできる技なのなら、属性という個人差のあるものより教えやすいのではないかと思う。


「属性を極めるのは個人の感性に頼るところがあるから、他人が教えるのが難しいんだよ。そして、術理技は術理力をある程度練れてないと、たいして役に立たない。だから、属性をよく使わせて、先に術理の練り方を覚えさせるんだ」

「はぁ、なるほど」


 属性の使い方は教えられないけれど、属性の可能性を個人が模索している間に術理力が練られる……強くなるから、その強くなった術理力を利用した技術を教えられる……と。

 理に適ってる……のかな。


「さっきの【CtoC】はね、大楯に回した術理力に衝撃を吸収させ、いい感じのところで放出して攻撃に変換する、という技だよ」

「術理力で衝撃を吸収?」

「聞くと、そんなことできんの? って思うだろう?」

「まぁ」

「だけど、できてしまうんだなぁ」

「そうですか」

「深く考え出すと、そもそも術理力ってなんだよとか考え出すことになるからね。いまあるものの可能性を信じて、それを引きずり出すことに専念する。曖昧な科学的常識よりも、センスだよ」

「……まぁ、そうですよね」


 深く考え出すと、俺ができていることもなんでだろうと考えるようになりそうだ。

 できることだと受け止めてできるようにする。


 うん、それが正しい。


「術理技はいろいろあるからね。自分の得意分野を深めることもできれば、苦手分野を潰すためにも使える。僕の場合は攻撃手段として使っている」

「私も、自衛手段として覚えています」


 とプライマも手を挙げる。


「君たちは十分に術理力が練れてるみたいだから、どうしたいかを考えていてもいいんじゃないか?」

「いまは、属性という自分の長所を伸ばすことを考えた方がいいと思いますが」

「おっ、意見がわかれるね」

「私の場合は、それ以外に選択肢がないからでもありますから」

「まぁそうだね。僕にしても、防御一辺倒でなにもできないと、いざという時に困るから覚えたのだし」

「あの……それって覚えられる数に限度があったりするんですか?」

「いや」

「ないですけど」


 二人の話も興味深いけれど、気になることがあったので質問を割り込ませてもらった。

 すると、二人が変な顔をする。


「ないけれど、覚えるのにも時間が必要だからね」

「まずはなにを優先するかの話ですし。術理技はあくまでも補助的なものですから」

「つまり、全部覚えても問題ないわけだ」

「だから……」

「いや、好きにしなさい」


 プライマに呆れられた。

 スラーナにも変な顔をされている。

 俺だって無謀なことを言っているなとは思っているのだけど。


 でも、覚えたいものは全部身に付けてしまいたい。

 術理技。

 なんか気になってしまったのだから仕方がない。


「そんな簡単に覚えられるものではないんだけどね」


 シズクにも呆れられながら、ダンジョンを進んでいく。

 何度か戦闘を重ねた末に、ボスに到着した。


「あの奥にいるのだね」


 地下道の最奥にそいつはいた。

 甲殻を持った二足歩行の虫っぽいの。

 ビートルマンだ。

 だけどここにくるまでに出てきたモンスターとは違う。

 人間のそれに似たしっかりとした足。

 脇腹のあたりから生えている副腕。

 背後の腰から生えている大きな棘付きの尻尾。

 蠍から変化しているのがはっきりとわかる。


 さしずめ、ビートルマンスコーピオというところか。

 両腕には大きな曲刀を二本持っていて、副腕も、それぞれにナイフらしきものを握っている。


 強そうだ。


「よし、それじゃあ」

「すいません」

「ん、なにかな?」


 当たり前に出て行こうとするシズクを止めた。


「すいません。この戦い、俺に任せてもらえませんか?」

「はぁ?」

「なにを言っているの?」


 シズクとプライマが呆れた顔をする。


「あのね、君。今回は」

「わかってるんです。でも、お願いします」


 二人が言いたいことはわかる。

 今回はバランスのいいパーティを体験するため、という理由で二人が来てくれている。

 だけど、さっきの術理技というものに刺激されて、体がウズウズしている。

 なんとかこれを形にしたい。

 いまならできる……そんな気もするんだ。


「だけどねぇ」

「すいません。私からもお願いします」


 と、スラーナも口添えしてくれた。

 その結果、五分間は俺の好きにさせてくれることになった。


「スラーナ、ありがとう」

「なにか掴んだんでしょ。物にしてよ」

「ああっ!」


 刃喰を抜いて、ビートルマンスコーピオに接近する。

 こいつも、敵が刃物持ちだから喜んでいる。

 俺の接近に気付き、向こうも動き出した。

 正面からの衝突になる。

 二振りの曲刀を豪快に振り回すビートルマンスコーピオは、四本の副腕の持つナイフの細かい攻撃との連携で隙が全くない。

 さらに……入り乱れる刃の乱舞に集中しすぎていると、尻尾が伸びて視界外から毒針の一撃で襲いかかってくる。

 さらに言えば、ナイフにも毒が塗ってあるようで、刃が妖しく光っている。

 曲刀は見た感じなにもなさそうだけど、大丈夫という保証はない。

 一撃だって受けられない。

 いつもそうなんだけど、毒が加わった今回は、特に緊張感がある。

 曲刀とナイフの攻撃を刃喰で受け、毒針の一撃は避けていく。

 ビートルマンスコルピオの猛攻は止まる様子を見せない。



「ああ、なにをしているんだい、彼は」


 戦いを見守るシズクがもどかしそうにしている。


「相手の手数に押されているんじゃないですか? 毒があるでしょうから無理に責めれないでしょうし。手詰まりですか?」

「ああもう。僕が抑えれば、すぐなのに」

「一年生ですからね。ちょっと調子に乗りすぎたのかもしれません」


 プライマも好き勝手に言う。

 そんなことはありませんと言い返したくなったスラーナだが、ここはグッと我慢した。

 大丈夫、間違いなくタケルはやってくれる。

 いままでだってそうだった。

 だから、今回も同じになる。

 その時の二人を見逃さないようにしないと。

 きっと、驚いた顔をしているはずだから。



 一つ、判明したことがある。

 刃喰は、倒したモンスターの持つ刃を喰っているだけじゃない。

 打ち合った刃さえも喰っている。

 つまりそれは、相手の武器の強度が弱っているということで……。

 崩壊の音が同時に聞こえた。

 二振りの曲刀。

 四本の副腕が操るナイフ。

 その全てが砕け、ビートルマンスコルピオの仮面みたいな顔に驚愕が走った気がした。

 その頭上から尻尾の毒針が振ってくる。

 それも避け、この一撃を放つ。


【CtoC】


 刃喰で受け止め続けた衝撃を、術理力で包み込んで体の方に回し、放つときにはその全てを切先の一点に集中させる。

 尻尾の一撃に集中していたビートルマンスコルピオは避けられなかった。

 あるいは避けなかった。

 自身の甲殻に自信があったのかもしれない。

 だが、この戦いで初めて放った攻撃の威力を、こいつは読むことができていない。

 ビートルマンスコルピオは額に受けた切先の一撃で、後頭部にまで届く穴を開けて、倒れた。


「よしっ!」


 うまくいった。

 残心からの血振りを終えて、俺は思わず拳を握っていた。


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