あれから何度か深度Eのダンジョンを攻略したことで、深度Dへの挑戦権を手に入れた。
キヨアキが暴走した原因が成長酔いというものだということもあって、連続でのダンジョン攻略が制限されてしまい、必ず休息時間を設けるようにと徹底されてしまったせいで、時間がかかってしまった。
スラーナはお陰で授業を聞く時間ができたなんて言う。
授業が役に立たないなんて思わないし、人類のことをほとんど知らない俺にとって有用なことばかりだということはわかっているのだけれど、それでもやっぱりダンジョンに潜りたいと思ってしまう。
「焦りすぎじゃない?」
そんな俺を見て、スラーナが苦笑まじりにそんなことを言う。
「焦ってなんていないと思うけど」
と、言ったものの、それはまた正しいのかもしれない。
いや、スラーナに指摘されて、それは正しいのだとわかった。
俺は焦っている。
ミコト様に言われた間合いのことや、属性による線のこと。
掴めているようで掴めていないあやふやな感覚をどうにかしたくて、焦っている。
深度Eのダンジョンでは、その感覚をたしかめることはできなかった。
ただ、視界に広がる無数の線を読み解くだけで戦いが終わってしまう。
それでも得られるものがなかったわけではない。
モンスターを倒すと、なにかが体の中に入ってくる感触がある。
ボス級の強いモンスターを倒した時には、特に強くそれを感じた。
おそらくはこれがひどくなると、成長酔いというものになるのだろう。
なにはともあれ、深度Dだ。
「どんなのかな?」
「ううん、期待しているところ悪いけど」
「そんなでもない?」
「あまり大きな変化はないっって聞いているわよ」
スラーナが言うには、大きな違いはない。
だけど、小さな変化はある。
モンスターが少し強くなる。
ダンジョンの罠が増える。
……などの小さな違いだそうだ。
だけどその小さな違いも、深度を重ねていけば脅威へとなっていく。
そのために、適性者が躓かないように階段状になっているのだそうだ。
「でも、上がっているなら問題ない」
受付を通り、ポータルを使ってダンジョンに入る。
ダンジョンは攻略されるごとに力を失っていく。
最後まで力を失うと、人類が開拓可能な状態となるという。
地上から見ると不可思議な開拓環境だ。
だけど、ダンジョン空間を生きる場とした人類にとっては、これが普通だという。
「やってることが無駄じゃないんだから、いいよね」
「なんだかんだで前向きよね」
「前に進めていたら、その内どこかにたどり着くよ」
いまは辿り着きたい場所があるから焦ってしまうだけだ。
「うずうずする。さあっ!」
ポータルを抜ける。
そこに広がったのは、青い海だった。
「海?」
「え? これが海?」
風と共に流れてきた潮の臭いはまさしく海のそれだった。
カタカタ。
「うん?」
腰の刀が震えた気がした。
なにかなと思って触ってみると、やっぱり震えている。
柄を握り、抜こうとしたところで、異常がはっきりした。
「抜けない」
「え?」
「刀が抜けない」
「……どういうこと?」
「引っかかっているという感じじゃないな。なんか……」
出たくなくて抗っている感じ?
「あっ、もしかして、潮風で錆びるとか思ってるのか?」
「なにそれ? まるで意思があるみたいなことを」
「いやぁ、どうもそれっぽいんだよね」
古城のボスと戦った時とか。
パラサイトアーマーの剣を奪ったこととか。
そういう風に見えることをするのが、この刀だ。
それも次第に強くなっている気がする。
「じゃあ、戦えないじゃない。戻る?」
「いや、素手でも戦えるから、とりあえずはそれでやってみようと思う」
「大丈夫なの?」
「『武器がないと戦えないなんて軟弱』っていうのが、ミコト様の考えだから」
「ふうん。でも、無理そうなら早く言ってよ」
「それはもちろん」
というわけでダンジョンに足を踏み入れていく。
目の前に広がる海の光景。
砂浜。
俺たちが歩くのは、コンクリートで固められた波を受け止める塀の向こうにある道。
地上にもこんな光景がある。
あっちはもっと古びていて、手入れをできる人がいないからボロボロになっているけれど。
ダンジョンが、かつての地上の光景を映しているなんて、不思議だ。
今まで、みたことのない世界の光景を切り取っているかのような場所ばかりだった。
あるいは、ダンジョンはこれを、『もうここにはない光景』と認識しているとか?
そんなことを考えながら進んでいると、海とは反対側にある山川からモンスターが降りてきた。
ていうか、こっちからなんだ。
海があるんだから、海からなにか出てくるのかと思ったのに。
「ツキノワベアよ!」
「うん、熊だ」
熊は地上にもいる。
だけど魔力を取り込んだこの熊は、明らかに俺の知っている熊とは違った。
胸元にある三日月型の赤い紋様。
立ち上がって威嚇してくる姿は、俺のおよそ二倍。
「大丈夫なの⁉︎」
「いける、スラーナは離れて」
「もうっ!」
心配されているけれど、構わずに前に出る。
こういうのは、見せておかないと信頼されないものだし。
大きく構えるツキノワベアに対し、俺は小さく構える。
熊というか、動物は自分を大きく見せて威嚇するものだから、俺のこの構えは逆にツキノワベアを侮らせて、攻めて来る判断をする。
威嚇の構えをやめて四つん這いで距離を詰め、前足の爪で俺を薙ぐ。
その瞬間、薙いだ前足の外側に移動してから距離を詰めると、熊の耳の穴から指を突き込んだ。
【指穿】
分厚い頭骨を突き破る際、まるで鉄板を打つかのような音が響いた。
属性による線の導きはこの時にも見えていた。
できないことは線とはならない。
指は頭骨を穿ち、ツキノワベアの脳を掻き回した。
ツキノワベアはぐらりと脱力してその場に崩れると、しばらくして魔石になる。
「ああ、なんかもったいない」
せっかくの熊肉なのに。
モンスターの時には感じなかった狩りした時のような気分が一気に霧散して、俺はため息を漏らしてしまう。
「本当にできるなんて……でも、モンスターは食べないわよ」
「いや、熊肉がね」
「熊でもモンスター!」
ピシャリと言われてしまい、俺はまたため息を吐いた。