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46 事件の後で



 キヨアキは生きて捕まえることができた。

 そのまま連れて行かれてそのままなので、彼の処遇がどうなるのかはまだわからない。

 ジョン教授に聞いてみたけれど、この件には関与できないのという答えだった。


「キヨアキのことが心配なの?」


 スラーナは不可思議という表情だ。


「心配というのとは、なにか違うんだけど」


 でも、なにか妙に気になる。

 こんなにも気になるのは、まさしくあの事件の前後からなのだけれど、この感覚はなんなのだろう?


「自分でもよくわからないんだよね」

「……もしかして、恋?」

「なんでそうなるかな?」

「あなたって、そんなふうに他人を気にしているところを見たことがないのに、あいつを気にしているから」

「やめて」

「……」

「いや、本当にやめて」


 恋愛感情がそもそもよくわからないだけど、少なくとも同性とそういう感情になるのは間違いだと思う。

 子供作れないからね。


「ふうん。そういうマインドなんだ。原始的ね」

「原始的って」

「でも、あなたはそれでいいと思うわ」

「どういうこと?」

「原始的でいいってこと」

「まぁ、そんなのはどうでもいいよ。もう行こう」

「そうね」


 バタバタしたけれど、ようやく今日、俺たちのダンジョン行きを再開できるようになった。

 わからない問題に頭を悩ませていた俺も悪いんだけど、久しぶりのダンジョンなんだから、変なことばかり考えているのも危ない。


「いい加減、次の深度に行けるようになりたいよね」

「私は十分に強くなってから進みたいかな」

「それもわかる。でも、どっちにしてもダンジョンには行くってことだよ」

「そうなのだけれどね」


 まだまだダンジョンの入り口みたいなところにしか入っていないんだ。

 この奥にはなにがあるのか、はやく見てみたい。

 もっと、この状況を楽しまなくては。

 せっかく来ているんだから。



† † ????† †



「復学?」

「なんの罰則もなしに学校に戻すというのですか?」

「それは、いくらなんでも……」

「あら? でも彼の罪状ははたしてなんでしょう?」


 提案に難色を示す声が並び、女性は彼らを見た。

 どれも学園の経営に関わっている者たちばかりだ。

 女性自身もそうではあるのだが、女性はそれ以上に学問的な理由で、復学を提案した。


「退学にするとして、理由はなんですか? 父親の罪? 一体何百年昔の価値観で話をしているのですか?」

「君の言いたいことはわかる。だが、彼自身もここには居づらいだろう」

「それは彼が決めることであって、学園が決めることではありません」


 ピシャリと言い放つ。

 正論であるので、誰もそれに言い返せない。


「学園という存在として、ミスはあっても罪のない生徒を追い出すようなことを行為を許容することはできない。むしろ、今後の彼を教え導くことこそ、学園としての存在意義を満たせるのではないでしょうか?」


 このように熱弁する。

 結局のところ、彼の在学は認められることになった。


 司法的にも彼はダンジョントラップに引っかかった上での暴走であり、故意は認められないとしているため。

 また、ダンジョンに挑むのはいまの人類にとって絶対必要なことである。

 そのため、トラップに引っかかっての暴走による被害は、人類が受け止めねばならないデメリットであるという法律的な結論が存在する。

 その上で未成年であることも関係し、彼は無罪となる。



「そうですか、彼の在学が決定しましたか」


 ジョン教授は女性からその決定を聞かされ、ほっとした顔を浮かべた。

 副理事長の息子とはいえ、ただそれだけで退学を決めるのは、教師としておかしいとは思う。

 だが、内心は複雑な心境だ。


「しかし、どうしてあなたは彼を弁護したのですか?」

「あら、そんなのは決まっているじゃない。学術的な好奇心よ」

「好奇心、ですか」

「あなたが人類のいなくなった地上への好奇心を抑えられないように、私も術理力と属性が導く先に興味があるの」

「そのために彼が必要だと? 花頭キヨアキ君が?」

「そう。彼の属性は面白い可能性が秘められていると思わない?」

「彼の属性は……『火』でしたか」


 キヨアキの記録を思い出し、ジョン教授は呟いた。

 身内贔屓ではないが、属性の種類という意味ではタケルの方が興味深いと思うのだが。


「ジョン、あなたの考えていることはわかるわ。地上から連れてきた彼の方が属性としては面白いとでも?」

「考えを読むのはやめてくれないかな、カル」


 カル・スー教授。

 同じ聖ハイト学園の教授にして、理事でもある。

 そして、同年代で、同じ学校を通ってきた仲でもある。

 専攻は違うが、こうして同じ学園で働く身となった。


「あなたの頭の中は単純だから好きよ、ジョン」

「褒められている気がしないね」

「これ以上ない褒め言葉のつもりなのだけれど。術理力があなたほどわかりやすければね」

「つまり、わかりやすい私は、君の好みではないということだろう?」

「人の好みと学問の好みを同じにする気はないわよ?」

「そうかな?」

「ふふふ」


 術理学。

 術理力を学術的に解明することをカルは専門としている。

 そして、彼女自身も術理力を扱う適性者でもある。


「それで、キヨアキ君のなにがそんなに気になるのかな?」

「もちろん、彼の悪運よ」

「悪運?」

「そうよ。彼の最近の行動を調べてみても、そうだとは思わない?」


 最近の行動?

 目立った部分を思い出してみる。


「ダンジョン講習でのモンスターの増殖。隠しエリアの発見。そして滅多にないモンスターハウスを発見し、パラサイトアーマーなんて珍しいモンスターと出くわす。悪運がすごいでしょう?」

「そうだね。それが?」

「その悪運が彼の人間性なのか、それとも術理力のなせる業なのか」

「そんなものかい?」

「術理力、そしてそこから生まれる属性はその人間の可能性が超常的に発露したものであると、私は考えているの」

「しかし、彼の属性は『火』だよ』

「属性の最初に出てくるものがそれだからといって、それで終わるわけではないことは、あなただって知っているでしょう?」

「それはそうだけどね」

「花頭キヨアキ。彼の体内には火のように凄まじく燃えるものがある。だけど、その炎の奥に隠されているのはそれだけかしら? 人間の炎が燃える燃料は、一つではないでしょう?」

「君はそれが見たいのか?」

「ええ、とても見たいわ」

「君も適性者だろう。君自身が術理力を極めようとは思わないのかい?」

「私の術理力は戦闘には不向き。その時点で自分を見極めるのは諦めたわ。それよりも、多くの人の可能性を見ていたわね。あなたの連れてきたタケルも魅力的ではあるけれど、彼はあなたがいるもの。放っておいても勝手に育つ。だけど、キヨアキ君はそうはいかないでしょう。学園は育つ者を見捨ててはいけない」

「非常に私的な感情があるように思えるけれど?」

「では、あなたに私的な感情はないの?」

「……そうだね」


 カル・スー教授の笑みには複雑な闇が存在しているように思える。

 だが、その暗さの中になにが重なり合っているのかを見通すことはできない。

 そこにカルは希望を見出しているかのように、ジョンには見えた。


 術理力と属性の可能性。

 だとすれば、タケルはどのように成長するのだろうか?

 そして、彼の成長が地上とダンジョンの間でどのような影響を及ぼすのか?

 彼女の興味もわからないでもないが、ジョンはどちらかといえば太陽に向かってまっすぐ伸びる大樹の方が好みだなと思った。


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