「タケル〜〜‼︎」
鎧の内部で幾重にも反響するキヨアキの声は薄気味悪かった。
ダイスが振り回していたものよりも巨大な大剣を片手で振り回す。
「くそっ! 距離を取れ!」
「俺に任せてください!」
「しかし!」
キヨアキを捕縛しようとしていた人が、躊躇する。
制服から俺が学園の生徒だとわかるから、それで迷っているのかもしれない。
「あいつは俺を狙っています! 近づかないほうがいい!」
「わかった。無理はするな」
俺が重ねて言えば、彼はすぐに迷いを振り切った。
判断の速さは、さすが成人した適性者、なのかもしれない。
「こっちだ」
彼が納得したことで、俺はさらに主戦場となっている場所から移動する。
他の邪魔が入らない場所を探し、そこに行く。
「さあ、ここならもう邪魔はない」
「タ〜ケ〜ル〜〜‼︎」
キヨアキの全身から、こい紫の気体が漏出している。
魔力だ。
地上にいる強いモンスターたちの中で、こういう状態になるモノはいる。
色は様々だけれど、魔力で間違いないだろう。
漏れ出た魔力は渦を巻くようにして鎧の中に戻っていく。
これが吸われている状態なのだろうか?
だとしたら、かなり危険な状態だ。
「キヨアキ、意識はあるのか?」
「死ねぇ‼︎」
大上段からの大剣の振り下ろしが床を切り裂く。
さらにその衝撃が炎へと変化して、避けた俺を追いかけてきた。
魔力が吸われているのに、あの状態で属性も使いこなすのか。
話ができる状態ではないけれど、殺意は本物だ。
「わかった」
二度目の覚悟。
嫌な奴とはいえ、顔見知りを斬る覚悟をつけるのは難しい。
そのことを自覚しながら、心を沈め、視界の線に集中する。
だが、もう迷わない。
「うおおおおっ‼︎」
「っ!」
雄叫びとともに撫で切りに放たれた大剣を刀の鍔元で受け止める。
衝撃が金属の澄んだ音ととなって跳ね返し、遅れて発生した炎を弾く。
押し返された炎が力任せに戻ってきたが、その時にはもう移動していた。
受け止められていた大剣とともに炎が虚空を薙ぎ払う中、それを死角に利用してキヨアキの利き腕側に回り込む。
まずは、その腕を落とす。
硬い鎧に守られたキヨアキに通る線は少なかった。
それでも関節部分はまだ防御が薄いようなので、そこを狙ったのだが。
瞬間、見えていた線が消えた。
危機感が頭上で爆発し、即座に退避する。
さっきまでいた場所に大剣が落ちてきた。
「やる」
キヨアキは大剣を逆の腕で持っていた。
振り抜いた勢いのまま持ち手を変え、膂力に任せて姿勢を強引に制御、俺に両断しようとした。
状況を理解できているようには思えないのに、俺を殺すことに関しては属性を操り、技を凝らそうとする。
パラサイトアーマーを凌駕する殺意と執念を、キヨアキは燃やしているのか?
そこまで恨まれる覚えなんてないと思うのだけれど、キヨアキにはあるのかもしれない。
「うおおおおおおっ‼︎」
キヨアキの雄叫びとともに大剣を中心に炎が渦を巻く。
「まずい」
距離を開けるために後方に下がるが、キヨアキは距離を詰めるでもなくその場で炎の勢いを加速させる。
あれを解き放てば、モンスターとの戦いに集中している他の人たちが浴びることになる。
俺が避けないことをわかっているかのように、キヨアキはその場から動かない。
迎え打つしかない。
刀を鞘に戻し、居合いの構えをとる。
「死ねぇぇぇぇっ!」
殺意は炎となって大剣から解き放たれた。
炎の巨蛇が迫る。
視界を赤が埋め尽くす中、線はぼやけている。
やれるかどうか、明確ではない淡い線。
揺れるな。
惑うな。
己の間合いの森羅万象を握るのに自信を見失うわけにはいかない。
俺なら、できる!
【居合術・山斬り】
斬撃。
そして衝撃。
炎は割れ、衝撃で散る。
そのまま、前へ。
大剣を振り下ろしたままのキヨアキがいる。
「ぐっ、おのれっ!」
振り上げようとした大剣の先に足をかけ、さらにその先に踏み込む。
「タケルーーーーっ‼︎」
持ち上げる速度よりも、俺が接近する速度の方が速い。
【居合術・木霊返し】
上段からの一閃を落とし、キヨアキを守る兜を両断した。
「ぐっ、おおおおおおおおおおおおおおっ‼︎」
兜を断たれたキヨアキは大剣を捨て、頭を抱えて呻くと、そのまま仰向けになって倒れた。
「気絶……かな?」
手放した大剣を遠くに蹴り、少し様子を見ていると鎧から煙が発生して消えていくようだった。
「んっ」
なにか、刀がガチャガチャと震えている。
何事かと思っていると、切先が意思を示すかのように一方向に向かおうとしているように感じた。
そんなバカなと思いつつ、そういえばこれはダンジョンのドロップ品だし、そういうこともあるのかもしれないと考え直して、切先の動きに従う。
そこには蹴り飛ばした大剣があった。
切先の案内に従って近づくと、より強く動き、大剣の腹の部分に触れる。
その瞬間、大剣が解けるように崩れて、刀の中に吸い込まれていった。
「は?」
驚いている間に見る間に現象は収束していき、大剣は消えてしまう。
代わりに、手の中にある刀が妙に艶めいているような気がした。
「モンスターを喰った? それとも、刃を喰った?」
どっちなんだろう?
モンスターを喰うのだとしたら、いままでの戦いでも起こっていてもおかしくないと思うのだけど、そうはならなかった。
振り返れば、キヨアキを覆う鎧の部分はまだ半分以上残っているし、刀はそちらには興味を示しているような感じがない。
「まっ、そういうものなのか」
変な物にはそこそこ出会っている。
こいつはこういう物なんだと受け入れることにして、キヨアキを拘束することにした。
モンスターの群れとの戦いは、程なくして勝利に終わった。