† † キヨアキ(あるいは彼の護衛)† †
成長酔いのままにダンジョンを突き進むキヨアキとその仲間の姿はたちの悪い酔っ払いのようだ。
本来の末路としては止める者のない暴走は事故の元ととなり、良くて大怪我、悪くて死亡しかないはずなのだが、今回は護衛たちがいた。
彼らの懸命なサポートによってキヨアキたちはダンジョンを快進撃で進んでいき、そして、それと出会ってしまった。
「なんだこれ?」
「まさか、ランダム部屋?」
彼らの前には、いまの崩れかけの湖上の中には不釣り合いの豪奢な扉があった。
首を傾げたキヨアキたちに対して、なにかを察した護衛たちは驚いた。
「なんだそれは?」
「本来のフィールドには存在しない、たまに出現する空間です」
「モンスターが屯している罠部屋か、それとも宝物庫か、開けてみないとわからないが、どちらにしてもこのフィールドの等級に相応しくないものがある」
「へぇ」
護衛の説明を聞いて、キヨアキの脳裏に浮かんだのはタケルの持つあの刀だった。
キヨアキの悪意が転じた幸運。
それが奴を強くしたと考えると腹が立つ。
だが、その幸運は奴だけのものじゃない。
「行くぞ!」
罠の可能性など考えなかった。
成長酔いの勢いは護衛の言った罠部屋の危険性を耳から滑り出し、豪奢な扉を押し開ける。
そこにあったのは一式の全身鎧だった。
座る姿勢で飾られたそれは、誰が見てもわかるほどに特別な気品に満ちていた。
鎧だけでなく、巨大な剣も特製の台座に立てかけられてある。
「こいつはいい」
明らかな良品。
これは俺のものだと、キヨアキは言葉にすることなく行動で示し、自ら一歩踏み出し、そしてそれに手を伸ばした。
だが、それは罠だった。
触れた瞬間に、それは姿を変えた。
白と黄金によって王者の徳と気品を具現化したような装飾は一変し、澱んだ黒に緑の筋が波打つ邪悪な様相に変化した。
「ひっ!」
驚いて手を引く暇もなく、持ち主のいないはずの鎧が動き、キヨアキの手を掴む。
それだけでなく、キヨアキの後ろにいた仲間たち、護衛たちの側にも似たような意匠の、だが明らかに格が下の鎧が近づき、腕や肩に手を触れた。
そして、それだけでよかった。
鎧たちは自らが選んだ着用者に瞬時に取り憑く。
そこに普通の鎧的な手順は必要なかった。
鎧たちはまるで布のような柔らかさで曲がりくねり、パーツごとに分解し、それぞれの者を覆い、元の形へと戻る。
そしてその時には、金属としての硬さを取り戻す。
それは鎧ではあったが、ただの道具ではなかった。
パラサイトアーマーと呼ばれるモンスターだ。
宝箱と勘違いさせるミミックと同類の、油断させて襲いかかるタイプのモンスターなのだが、パラサイトアーマーの違うところは、寄生者の魔力を吸い上げ、その間は凶暴化する点だ。
その凶暴化の度合いは、寄生者の魔力次第。
そして今回は、休みなくダンジョンを攻め続けた結果、吸収したダンジョン因子……魔力が飽和状態となっていたキヨアキたちであった。
結果、その凶暴化はパラサイトアーマーたちだけでなく、その周囲のモンスターたちにも影響を与え、破壊する対象を求めて人間を襲い、人間を求めてポータルを潜った。
そこに、凶暴化によって引きずられたキヨアキの想念が混ざっていたのか、どうか。
† † † †
「山梁タケル〜〜〜〜!」
「その声っ!」
襲いかかってきた全身鎧からの声に、俺は驚き、そのせいで後ろに下がってしまった。
振り下ろされた大剣が地面を割り、その衝撃が周囲に飛散する。
思わぬ威力で、周りにいた適性者たちに負傷者が出たみたいだ。
「その声、まさか、キヨアキ?」
「貴様が呼び捨てにするな!」
「正気か⁉︎ なんでこんなことを?」
「黙れっ!」
大剣を嵐のように振り回し、俺を追いかけてくる。
その動きは凄まじく、そして無茶苦茶だった。
どうしたものかとこちらが距離を取れば、問答無用で追いかけて距離を詰めてくる。
もう俺のことしか見ていない。
「そこのっ! 刀のっ!」
誰かがタケルに声をかけた。
「パラサイトアーマーだ。モンスターに取り憑かれている! 捕縛の術理を用意した! こっちに!」
「はい!」
なるほど、この鎧がモンスターなのか。
いろいろいるんだなと感心しつつ、支持された場所に移動する。
話が聞こえていただろうに、キヨアキは俺を追いかけて来て、簡単に指示された場所に飛び込んできた。
「いまだ!」
その声とともに、複数の場所から属性の応用によって編まれた網や縄が放たれ、鎧姿のキヨアキを覆った。
「ぐうっ!」
「よしっ!」
俺に声をかけて来た人と術理を使った人たちが喝采をあげている。
「彼、大丈夫なんですか?」
名前からして寄生されたということなのだろうけど、治すことはできるのだろうか?
「ああ、確保できれば対処法はある。だが、長く寄生されていると、魔力を吸い上げられて危険だ」
術理力の源は魔力だ。
パラサイトアーマーはそれを吸い上げて力に変えている。
普通ならば魔力よりも先に体力が尽きて、動けなくなったり気絶したりするけれど、寄生された状態ではそんな終わり方はなく、本当の意味で魔力が尽きるまで動き続けることになる。
魔力が完全に尽きれば、人は死ぬ。
キヨアキが、死ぬ。
別に、それはそれでいいんじゃないかと思わないでもない。
俺の中に、キヨアキの命を惜しむ気持ちはない。
彼の父親が引き起こそうとしたこと、そして、彼が俺やスラーナにやったこと、そもそもの彼の態度……全てがキヨアキの命を軽視することを求めているような気がする。
だけど……。
「これで助かるなら、それもキヨアキの運命か」
「山梁……タケルっ‼︎」
だけど、キヨアキの暴走はまだ止まらなかった。
「そんな……」
「嘘っ!」
属性によって生み出された網や縄で動きを縛られていたキヨアキだが、ゆっくりと動き出し、そして束縛を破った。
「お前を殺す!」
憎悪の視線は俺にだけ注がれている。
「わかった」
逃げ回っていれば、それだけで魔力を費やし、キヨアキは倒れるのかもしれない。
だけど、そんな戦いをする気にはなれなかった。
それは、キヨアキを殺したくないからなのか。
キヨアキを殺したという事実を背負いたくないからなのかは、わからない。
「かかってこい」
ただ、もうこれ以上、こんな視線を向けられて逃げる意味はないということはわかった。