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42 印の警告




 手を切った成人を運んでいたら警察に呼び止められた。

 当たり前……なのかもしれない。

 スラーナが冷静に対処し、ジョン教授に事情を説明してもらうことになるからと、そのまま病院まで運ぶことになった。

 病院に着けばすぐにジョン教授がやってきて、彼の説明で警察は俺を解放してくれた。


「いいんですか?」

「そんなことよりこっちの方が重要だ。あっちは後でも片付けられる」


 ということらしい。

 それでいいならいいかと、後に付いていく。

 こちらはこちらで警察官が立っている病室があり、ジョン教授はそこに入っていく。

 俺たちもその後に続く。

 中には奥さんらしい婦人と、私服っぽい男性、そして複数の白衣の男性……医師がいた。

 私服の男性は捜査官という。

 警察官の仲間なのだそうだ。

 ベッドには理事長が眠っていた。


「では、頼めるかい」

「はい」


 促されてベッドに進む。

 集中する視線。

 期待と願い、好奇心に疑惑。

 正と負の混ざった視線を全身に受けているけれど、俺がすることはただ一つ。

 ミコト様に処置を施された右手を、管に繋がれて眠ったままの理事長の上にかざすだけだ。


 ミコト様、お願いします。


 そう願った瞬間、右手の甲から消えていた印が現れた。

 墨を付けた筆を走らせてできた印。

 意味はわからない。

 文字のようにも見えるし、記号にも見えるし、絵のようにも見える。

 そんな抽象的な存在が現れて、光を放った。


「おっ、繋がったかの?」


 放たれた光の中にミコト様が現れた。


「ミコト様」

「うむ」


 こちらのことが見えている。

 その証拠に、ミコト様は俺の後ろにいる人々をじろりと視線で薙いだ。

 わずかにざわめいていた人々が、それで息を呑む。


「で? どれじゃ?」

「この人です」

「むっ、下か」

「どういう風にしてくれるかは説明してもらってませんもん」

「気が利かん弟子じゃのう」

「ええ」

「まっ、よいか。なんじゃ、こんな毒の解析もまだできておらんのか。ダンジョンびともまだまだじゃのう」


 ミコト様が指を立ててくるりと回すと、「あがっ」という声とともに理事長の口が開き、そこから透明の液体が引きずり出された。

 量としてはそれほど多くない。


「誰ぞ、器を持ってまいれ」


 その光景を見入っていた後ろの人たちが騒ぎ、声を聞きつけた看護師さんが金属製の容器を持ってきた。


「これが体内に残っていた毒だ。吸収されたものは全て出したぞ。壊れた部分は治してやった。後は栄養を絶やさねば、自然と目を覚ますだろう」

「ミコト様、ありがとうございます」

「よいよい。我の言葉は覚えておろうな?」

「はい」

「ならば、ダンジョンの日々を楽しむがよい」


 ミコト様はまた視線を動かし、今度は一人に目を向けた。

 顔の向いている角度でジョン教授だとわかった。


「お前だな、タケルを誘ったのは」

「そうです。お初にお目にかかります。私はこの近くの学園で教鞭を……」

「そなたの経歴も立場も我にはどうでもよい。だが、引き込んだ者の責任として聞くがよい」

「……はい」

「そなたらがなにを望もうと、なにをどう願おうと、その目と心が地上に向いている限り、この者はいずれ悩み苦しむことになるだろう。それがいかような結果になろうとも、いかような結末を迎えることになろうとも、貴様だけは目をそらすことは許さぬ。よいな?」

「わかり、ました」


 苦しそうなジョン教授の声に、俺はミコト様がなにかしたのではないかと心配になった。


「余計な心配じゃ」

「痛っ!」

「ただ、我の願力に呑まれておるだけじゃ。弱いのう。大丈夫か、これ。そこの娘が一番度胸があるではないか」


 と、スラーナを指した。


「あ、あの、私は……」

「ああ、自己紹介なぞいらん」

「え? あの……」

「どうせ、我にとってそなたらは永遠に交わらぬ存在よ。この距離がせいぜいだ」

「ミコト様。痛っ」


 言い方があまりにあまりだと思ったので抗議しようとしたが、また叩かれた。

 今度は足で。


「さて、我の出番はここまでじゃ。それではな」

「あっ、ミコト様」


 止めようとしたけれど、ダメだった。

 光が消える。

 右手の甲にあった文字も消えてしまい、もうなんの反応もなかった。

 村で別れた時より、寂しい気がした。


「ぐうっ」

「あなたっ!」


 誰かがミコト様のことについて話し出すよりも前に、理事長が声を上げた。

 夫人が歓喜の声を上げ、続いて医師たちが騒ぎ出し、俺たちはその場から押し出されてしまった。




 それから事態は動いていく。

 理事長の証言で警察が動いて、副理事長が逮捕された。

 俺を襲って捕まったヤルナーフやローナ、ダイスたちがなにか喋ったのか、一斉摘発とかいうものが行われたとニュースになっていた。

 理事長選挙は中止になり、退院したらいまの理事長が続投すると発表された。


 なにもかもがうまくいっているように見える。

 だけど、なにか変だ。

 まだ、なにか空気がおかしいと感じる。

 それはなんだろう?

 なんだかヒリヒリすると思う俺を、スラーナや他のクラスメートは気のせいだと言う。


 だけど、やっぱりなにかおかしい。

 そう考えていた時、誰かが言った。


「あれ? そういえばキヨアキはどうなったんだ?」


 そう。

 彼だ。

 父親の副理事長である花頭キヨヒラが捕まったというのに、息子の彼はいまだに姿を見せていない。


「ダンジョンに行ったままらしいよ?」

「もしかして、ダンジョンでやられたとか?」

「え? E級からだろ?」

「E級なら行ったけど、あれで負けることはないでしょ」

「いや、あいつら油断するからわかんねぇ」

「なにより、あいつらってけっこうトラブルメイカーだからさ、自分で問題作って酷い目にあったんじゃないか?」

「ありえそう」


 そんな会話が教室で囁かれる。

 キヨアキが気になる理由なんだろうか?

 みんなはそんなことはないと言うけれど、違うかもしれない。

 いや、違う。


 悪い予感が一つの形へと辿る経緯は、そのままその悪意の距離を示すのかもしれない。

 なぜなら、俺がそう確信したその日、ダンジョンポータルから邪悪な全身鎧が現れた。


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