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40 間合いの



 視界に線がない。

 属性を使ったというのに変化が起きない事実に、俺は一瞬だけ混乱した。

 まるでミコト様に対峙した時のようだ。

 そこまで考えた瞬間に、冷静にもなれた。

 ミコト様のような強者がそう簡単にいるわけがない。

 これには何か理由があるはずだ。

 なにか、認識させないような詐術を使っているはずだ。

 前回のような幻術か?


 そう考えていると、体が勝手に動いた。

 修行に明け暮れて磨かれた勘と経験が、物を言ったような感覚だった。

 ミコト様には否定されたけれど、それは決して無駄ではない。

 背後に動かした刃が衝撃を受け止める。


 いつの間に後ろに回られた?

 いや……。

 奴はいまだ、俺の前にいる。

 やはり、幻術?


「ほら、よそ見している場合じゃないぞ!」


 前にいる男が動き、距離を詰めてくる。

 斬撃に反応して姿勢を低くしてかわし、胴を薙ぎ払う。

 だが、空を切った感触しかなかった。

 上からの殺意。全力で前に跳んで避ければ、剣が地面を打つ音がした。

 人は幻だったのに、剣だけは本物?


「わけがわからないな」

「ふん、まだ減らず口を叩く余裕があるか。生意気な」


 振り返る男には余裕と俺を見下す表情が混ざっている。

 だけど、男が動いたから、背後にはスラーナだけだ。

 束縛を解いて、首の術理力を制御する首輪を切って、二人がかりになれば有利か?

 そこまで考えて、ほんのわずか刀を動かしたけど、やめた。

 なにか、嫌な予感がした。


「ふん、頭が回るな」


 男が笑う。


「そのままそこの女を解放しようとすれば、お前は間違ったところを切っていただろうな」

「……なんで、その話をする?」

「信じずに切ってみるもよし、信じて動けなくなるもよし。どっちでもいいからさ」


 その言い様が、逆にこいつの有り様も教えている。

 迷わせるのが、こいつの戦法か。

 ミコト様とは大違いの存在だ。

 なら、視界に線が見えないのは、単純にこいつの能力との相性が悪いからと考えた方がいい。


 うん。


 もう、動揺は無い。

 問題は、どうやってこいつを倒すかなんだけど。


『剣の届く範囲での森羅万象』


 ミコト様の言葉が頭に浮かんだ。


『己の間合いにあるもの全てを瞬時に理解せよ』


 とも。

 勘や浅い経験とも叱られたが、さっきの攻撃を受けることができたのは、それのおかげでもある。

 なら、ミコト様の言っていたことは、勘と経験の究極的な先にあるものであるということなのか?

 いや、それだけではないのか。

 もっと多くの物を使って把握しろということか?

 剣の間合いにあるものを全て支配する。

 俺の属性は万能のように見えたけれど、そうではなかった。

 だけど、ミコト様の教えと合わされば強くなるのはたしかだ。

 これまでも、いままでは使えなかった技を使うことができた。

 つまり……。



† † スラーナ† †



 タケルが見えない相手とずっと戦っている。

 彼の持つ刀が動くと、その場で金属の衝突音が響く。

 不思議だ。

 タケルはどうやってあいつの動きを察知することができているのだろう。

 わからない。

 わからないけれど、目の前にある事実は、彼が徐々に慣れていっているということだ。

 最初は急な動きで対応していたし、体勢に無理もあったけれど、いまはとても自然な動作で相手の攻撃を受け止めている。

 刀から聞こえてくる音も、無理をさせているとわかる音ではなく、まるで鈴のように澄んだ音が聞こえるようになっていた。


 すごい。

 タケルはすごい。

 だけど、そのすごさをただ見ているだけの自分になりたく無いのが、スラーナだ。

 奴が戦いに集中してこちらをみる暇もないのなら、脱出のための苦心をする。

 手を縛られているときの脱出法。

 使われているのは結束バンドだから……急な圧力の変化で……。


 バチッ。


 よし、切れた。

 奴も、こんなに長くスラーナから目を離すことになるなんて思っていなかったのだろう。

 術理力制御の首輪を外し、属性を解放。

 周囲に風を撒く。


 奴の属性がなにかはわからないが、目には見えないなにかであることは間違いない。

 だが、消えてなくなったわけではない。

 なら、周辺の空気全てを触覚とすることができるなら、スラーナにだってどこにいるかわかずはずだ。



† † † †



「クソがっ!」


 苛立たしげな声が放たれているが、決して怒りを制御できていないわけではない。

 それさえも罠として利用している。

 その証拠に、次に来る斬撃はまるで別の場所からだ。

 防戦一方だけれど、いまのところ負傷はしていない。

 そのことで相手が苛立ちを募らせていることはわかっている。

 足音は聞こえる。

 風の動きも。

 奴の息遣いも。

 だけど、襲ってくる斬撃はまるで別の場所からやってくる。

 全てが詐術なのか?

 受け止めてはいられているけれど、反撃で失敗してもいいほどの余裕はない。

 ギリギリの状態で耐えている。


 なにがわかっているのか?

 攻撃の流れがわかる。

 ここを攻撃されて、こういう足音が聞こえているのなら、次の攻撃はここだな。

 そういう理解に従って動いた結果、防ぐことができている。

 だが、この先は……。

 この先を、どう掴む?


 理解が足りない。

 ミコト様の言葉を実現するにはまだ……。

 だけど、それを掴まなければ。


「音、気を付けて」

「え?」


 いきなり聞こえたスラーナの声。

 だけどすぐに刀を放って耳を塞ぐと、追撃をされにくいように低い姿勢になった。

 その瞬間……。


 凄まじい高音が周囲を襲った。


「グアアアア!」


 いきなりの高音に男も耳を押さえて立ちすくむ。

 そこにいる。

 隙だらけだ。

 だが、違う。

 刀を掴んだことで、まだ続く高音に鼓膜に痛みが走ったが、これを攻撃してはいけないと告げている。

 だが……。

 線が、見えた。

 奴の属性がこの状態で緩んでいる証拠だ。

 俺は縋り付くように、その船を追いかけて刀を振るった。


「がっ!」


 奴は、あんな状態でも己の属性を操作し、自分の位置を誤魔化し続けた。

 戦いへと導くやり方は汚いけれど、その精神だけは見事と思った。

 口にはしないけど。

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