「ただいま」
「……」
と返したのだけど、スラーナの機嫌は悪かった。
「ええと、どうかした?」
「なんで勝手に……なんでもない」
「え?」
「なんでもない! ジョン教授に言われて迎えに来たの。早くして」
明らかに怒っている。
だけど理由を言う気はないらしい。
こういう時、そっとしておく以外の対処法がわからない。
しつこく聞いても怒られるだけだし。
「仲直りした」
ポツリとスラーナが呟いたのは、学園の建物の中に入ってからだ。
「友達。ユウコたち。仲直りした」
「ああ、それはよかった」
あんな事件でそのまま関係が悪くなるなんて、嫌だもんね。
「タケルは、友達とは喧嘩したりしてないの?」
「友達?」
「地上に。いるんでしょ?」
「ああ、それはね」
「喧嘩はしないの?」
「たまには?」
「ふうん」
んんん?
なにか聞きたいことがあるようだけど、それを直接言いたくない?
そんな雰囲気がスラーナにある。
そのことを口にするべきかどうかと悩んで、答えが出ないうちにジョン教授の部屋に到着した。
「どうだった! タケルくん!」
「力は借りられました。あとは試してみるだけです」
「そうか! では、さっそく行ってみよう」
「そんな簡単にできるんですか?」
「君が向かっている間に、話を付けてある。家族、医者、警察にね。問題なしだ!」
ジョン教授は大興奮だ。
飛び出していってしまいそうだけど、俺がいないと話にならないし……。
「慎重に移動しましょう」
なにより、俺が部屋に入るときにすごい視線を感じた。
ここで油断してはダメだ。
† † ????† †
聖ハイト学園副理事長、花頭キヨヒラ。
彼が掴んでいた裏社会へのコネは、近隣のドロップアウトした適性者たちに非合法な仕事を紹介する組織だった。
だが、その組織も単独で成り立っているわけではない。
見える手、見えざる手が様々に伸びた末に成長し、そしてまた他の組織への影響も及ぼしている。
ドロップアウト。
適性者としての能力を発揮し、裏社会で仕事をするほどの能力を持っているならば、ダンジョンで戦闘する仕事をすることにどんな問題があるのかとも思われる。
だが、問題というのは常にダンジョンだけで起きるわけではない。
内面の問題。
人間関係。
不慮の事故。
悪運。
そういったものに付き纏われ、結果としてダンジョンに入ること叶わなくなったり、司法に追われる身分になった者たちもいる。
ここにいる男も、その一人だ。
ダイスの率いる組織が壊滅したと聞いて、情報収集に来た。
実行部隊は捕まってしまったようだが、その周辺の使いっ走りや連絡役などはまだ潜伏している。
そういう連中を探して、なにが起きたのかを調べた。
ばからしい話だった。
聖ハイト学園の副理事長ごときに雇われ、権力争いに利用され、そして潰されてしまったのだ。
未熟者ばかりとはいえ、適性者の集う学園に関わればどんなことになるか。
自分たちも歩いてきた道なのだから知っているだろうに。
未熟者が弱者だとは限らない。
目覚めた時から強者という者は、存在するのだ。
今回、ダイスたちを潰したのは山梁タケルという生徒らしい。
まさしく、不運を引いたのだろう。
とはいえ、ただの生徒が権力争いに巻き込まれるなんて異常事態だ、ただの生徒ではないということぐらいは想像が付きそうなものだ。
それができないから滅んでしまう。
別に、ダイスたちが自滅したことはどうでもいいのだが、これで裏社会との戦いが好転するなどと考えられては困る。
こんなクソのような場所であっても、男のようなものには必要な場所なのだ。
そこを守るためにも、山梁タケルには死んでもらわなければならない。
† † † †
学園を出てポータルリフトの駅へと入るわずかな距離。
そこで相手に動かれた。
「ひうっ!」
「え?」
駅へ出入りする人たち紛れて視線が外れたその瞬間、スラーナがそんな声を残してこの場から消えた。
「……タケルくん」
「誰かに狙われてます」
「そうみたいだね」
スラーナを捕らえられてしまった。
「君たちを狙っていた裏社会からの報復かもしれない」
「報復?」
「こういうところは面子を重んじるそうだからね」
「つまり?」
「負けっぱなしは許さないということだよ」
「なるほど」
そういうことかと納得はできるけれど、このタイミングというのが困る。
『聞こえる?』
「スラーナ?」
いきなり、耳元にスラーナの声が響いた。
『喋らされてる。私を殺されたくなかったら、#$%&%$に来いって』
「わかった」
スラーナの属性を使って声だけ運んだのか。
つまり、今回の敵は、ちゃんとこちらの情報を掴んでいるということだ。
「タケルくん」
「ジョン教授、先に病院に行っておいてください」
「大丈夫かい?」
「やるしかないでしょう」
「わかった。スラーナくんを頼んだよ」
「はい」
そう、やるしかない。
スラーナを人質に取るなんて……彼女は前のことを気にしているというのに。
絶対に、許すことはできない。
指定された場所は学園内にある人気のない場所だった。
そこに男が一人立っている。
側には、縛られたスラーナがいる。
首には術理力を抑制する首輪がされている。
「一人で来たのか? 自信過剰だな」
「そうしなかったら、どうしていた?」
氷のような目をした男は、はっと嘲りの笑みを投げた。
「この娘を殺して去るだけだ。それだけでも、こちらの仕事としては十分ではある」
「そんなことはさせない」
ひどく痩せているが、放たれている雰囲気は本物だ。
強い。
腰にある剣はまだ鞘の中なのに、まるで抜き身を向けられているような緊張感がある。
「お前を倒して、スラーナと二人で戻る」
「そうはならん。お前が死んで、この娘も死ぬ。お前が生き残る道は、一人で来た時点で潰えた」
「いいや、そうはならない」
男の動きに合わせて、刀を抜き放つ。
術理力を動かし、属性を解放する。
視界に……。
「っ!」
線がなかった。