「さて、まだ時間はあるな」
必要な処置を施した後で、ミコト様は村を見下ろし、呟いた。
宴の支度が行われていることに気づている様子だ。
「では、時間までどれくらい鍛えられたのか見てやろう」
「ああ、やっぱりそうなるんですね」
「不満か?」
「そんなことは」
「よしよし」
ミコト様から放られた木刀を掴み、後に続いて社を出る。
「さあ、山を降りるまでに我から一本取れるかの?」
「やってみせます!」
その瞬間、術理力を解き放った。
属性によって視界が変化……しない!
「なっ?」
「どうした? ぼうっとして?」
「っ!」
からかう声に反応してしゃがめば、頭上を木刀が通り過ぎていく。
「なんぞ目当てが外れたか?」
細腕からは信じられないような膂力によって、木刀が鋭角な切り返しで戻ってくる。
今度は跳んで逃げる。
そのまま近くの木の上にまで至ったのだが、ミコト様の姿はすぐ側にあった。
「少しは動けるようになったが、その分、雑になったのではないか?」
「くうっ!」
「いかんのう。勝てる相手にだけ勝っていては、磨きはかからんぞ」
木から木に飛び移りながら、木刀を打ち合う。
一発で木刀が飛散してしまいそうな衝撃が、腕を伝って全身を苛む。
それなのに木刀が砕けないのは、ミコト様が衝撃を制御しているからだ。
それは術理力にある属性のような力ではない。
ミコト様ならではの特殊能力でもない。
体捌き、腕の動き、柄の握り、剣の振り、それらを総合したものによって生まれた……純粋な技術なのだ。
「よいかタケル。そなたに教えるときに使う我が術の全ては、いずれお前も使えることができるものばかりだ。そうでなければ教える意味がないからな」
以前にミコト様は俺にそう言っている。
つまり、いま俺は力を抑えたミコト様を相手にして、圧倒されているのだ。
属性による線も見えない。
勝ち筋がまるで存在しないということか?
あるいは、見ることができないのか。
ともあれ、線にこだわっていてはどうにもならないと、術理力は肉体強化にだけとどめた。
これでも何年もミコト様と鍛錬を繰り返してきた。
歴の浅い線に頼る必要もなく、勘と経験で対処できる!
「とでも思うておるのか?」
「痛ぁぁぁぁぁっ!」
木刀で頭を打たれた。
手加減されたみたいだけど、痛くて頭を抑えたまま地面に落ちてしまう。
「いまだお前は、その剣の届く範囲での森羅万象さえも理解できておらん。そんな奴が、勘だの浅い経験だのでどうにかしようと思うな!」
「うぐぐ……それなら、どうしろと?」
「決まっておる! 己の間合いにあるもの全てを瞬時に理解せよ!」
「それができたら苦労しないんですってば!」
「苦労なくして手に入れたものに溺れておるのが、いまのお前だな!」
それから夕方まで、俺の悲鳴が山に響いた。
「おうおう、随分としごかれたようだな」
ミコト様とともに村に辿り着いた俺を見て、大爺がニヤニヤと笑っている。
「もう、ボロボロだよ」
「五体無事な癖に文句を言うな」
ミコト様の言う通り。
これだけ体が痛いのに、捻挫や骨折なんかは全くない。
そこら中が打撲で赤く腫れているけどね。
「ああ、タケル!」
「ワハハ、ぼこぼこだぁ」
クトラとタレアも村に戻ってきていた。
他にもオクトパシアンやタイガリアンが来ている。
宴ということで招かれたんだろう。
クトラの水の魔法で怪我を癒してもらいながら、俺は彼女たちの両親に挨拶し、連絡なしで街まで行った件を謝った。
それからみんなで宴をした。
村長の家の座敷に集まり、入りきらない村民は廊下にいたり、庭で火を焚いたりしてご馳走を食べる。
その火で誰かが勝手になにかを焼き始め、それがまた配られる。
上座でミコト様が笑い、大爺がその世話をする。
俺はご馳走を食べながら村の子たちに請われて人の街のことを話したり、クトラとタレアの修行の話を聞いたりした。
楽しかった。
気心の知れた仲間たちといるのは楽しい。
心地良い。
だけど、俺は明日には人の街に戻る。
それがおかしいことなのかどうか、ミコト様とオババ様に重ねて言われると、考えてしまう。
答えは出なかったけれど。
朝になって、みんなに見送られて村を出た。
クトラとタレアも不満そうだったけれど、止めたりすることはなかった。
出てきたあの場所に全力で戻り、ディアナを使って位置を微調整して、現れたポータルをくぐる。
戻ってきたらまた念入りな消毒をされたけれど、入院して様子を見るということはなかったので、そのまま学園に戻った。
ポータルリフトに乗っていると、地上を歩いていた時のことを思い出す。
いまでもこの乗り物は心が躍るけれど、クトラとタレアの二人と歩きながら話したあの道を思い出した。
不便だけど、いままで不便だなんて感じたことはなかったし、あの時間も楽しかった。
便利だからと、どちらが上だと決めたくはない。
なら、俺にとって、どちらが?
ぐるぐると考えだけが回って、なに一つ納得いくものは出てこないまま、ポータルリフトは目的地に到着した。
早すぎると思ってしまった。
「おかえり」
学園前でポータルリフトを降りたところでスラーナに出迎えられた。
なんだか、ホッとしたような気がした。