オババ様にお礼を言ってから商店街を出る。
ルオガンに見つかるとまた「勝負勝負」と言われるので、逃げるように出ていった。
それから村まで急いで帰る。
だって、すでに何日か日を跨いでいるからね。
「お前たち、なにをしていた?」
村の入り口に立ち塞がる大爺の姿に、俺たちは威圧され、硬直した。
剥き出しの赤銅色の肌からは炎のような怒気が溢れ、額の一本角は帯電してパリパリ光っている。
本気で怒っている証拠だ。
「クトラとタレア、誰にも告げずに里を出たらしいな? タケル。戻ってきたならまずは村に顔を出すのが筋だろう?」
「「「ごめんなさい」」」
俺たちは素直にその場で正座してごめんなさいした。
その後、大爺からの説教を受けた後、こちらの事情を説明した。
「ミコト様をな」
「いいかな?」
「オババ殿のそれで起きるなら、かまわないということだろう、好きにしろ」
「やった。ならさっそく」
「クトラとタレアは里に帰れ」
「「なんで⁉︎」」
即座に言いつけられ、二人は抗議する。
でも、それは言っちゃダメな奴だとわかってほしい。
「心配させておいて報告もなしに次のことができると思うな?」
「「……はい」」
再び睨まれて、二人はすごすごと自分たちの里へと帰っていった。
悪い気もするけど、割と見慣れた光景でもあるので、懐かしさもあったりする。
三人で怒られ、そして二人がしょんぼりと自分の里に帰っていくという光景は、子供の頃から何度かあった。
「若はすぐにミコト様のところに行け。夜は村の者たちで宴だ。それまでにはあの二人も戻ってくるだろう」
「ん、わかった」
宴という言葉で、大爺も村の人も俺が戻ってきたことを喜んでくれていることがわかる。
少し離れたところに村の人が何人かいて、ずっとこっちの様子を窺っていた。
大爺と同じ、鬼と呼ばれる種族が多い。
俺は彼らに手を振ってから、ミコト様のいる社に向かう。
村の側にある山にそれはある。
赤い鳥居のある坂道を駆け上がった先に開けた場所があり、そこに社がある。
息を整えてから社の中に入り、きれいな鏡が備えられた祭壇の前にオババ様の作った特製竜まんじゅうを置く。
そのまま正座して待つことしばし。
「にゅ」
と、声が聞こえた。
「にゅにゅにゅ?」
気のせいではない。
いや、知っているけど。
「にゅにゅにゅ? これは気のせいか? 竜まんじゅうの匂いがするぞ?」
さすがにもう出来立てじゃないのに、匂いがわかるんだ。
「そうですよ。オババ様に作ってもらった特製ごま餡入りの特大竜まんじゅうです」
「にゅにゅにゅ! タケル! でかした!」
声とともに、鏡の中からニュルンと現れたのは紅白の服を着た少女だった。
鏡から飛び出し、そのまま竜まんじゅうを掴むと、空中で一回転して俺の背後に着地する。
そしてその場に座り込んで、竜まんじゅうに齧り付く。
「美味いのう。美味いのう」
「お気に召していただけたようで、なによりです」
「うむうむ」
しばらくミコト様が満足げに竜まんじゅうを食べる姿を眺める。
彼女の顔ぐらいに大きかったそれは、あっという間に胃の中に収まってしまった。
「ふむ、満足じゃ」
「よかったです」
「それで? わざわざ寝ている我を起こすとはどんな用じゃ?」
「それは……」
「ふむ? いや、待て」
とミコト様は立ち上がると俺の周りをぐるぐる回る。
「ふうむ、ほう?」
その姿は俺と同じ人間のように見えるのだけど、そうではないという。
そもそも、ミコト様は俺が小さな時からずっとこの姿だ。
そういうところが「人間じゃない」部分なのだといわれればそうなのだけれど、ミコト様がいたからこそ、村の人たちが仲間からはぐれた俺の両親を受け入れてくれたのだともわかっている。
「タケル、人と交わったか?」
「あ、はい」
「お前の両親の仲間が来たか。それで誘われたか?」
「はい」
「で、行ったのか?」
「はい」
「それで、どうする?」
「どうする、とは?」
「
「……まだ、わかりません。決められない。でも、あちらで見聞したいことは、まだたくさんあるんです」
「ふっ、ふふ、欲望に忠実だな」
「すいません」
「よいよい。情だけで考えていても損をする。だが、損得だけで考えていても心は満たされん。そのことを肝に銘じておくのだな」
「はい」
「ならばよい。で、なにを求めてこのアマギリノミコトの目覚めを早めたのだ?」
「それは……」
俺は、理事長選挙のことをミコト様に語った。
二度目の説明ということもあって、要点をまとめることができたように思う。
いくつかの質問に答えると、ミコト様は「うん」と頷いた。
「そういうことなら、我でなんとかできるじゃろう」
「お願いできますか?」
「よいよ。これまでのタケルの献身に報いるには、これぐらいはなんのこともない」
「ありがとうございます」
「だが、次を求めるときは気をつけよ。その時には、我はお前をこの村の者と思わぬかもしれぬぞ?」
「はい」
厳しい指摘だと思った。
俺が人間だから、ダンジョンの中にいる人々の生活を見ることができる。
だけど、俺が人間だから、村の人たちは離れた俺を敵と見る日が来るかもしれない。
ミコト様はそのことを言いたいのだ。