目次
ブックマーク
応援する
2
コメント
シェア
通報
36 選択肢




 倒れたジャシンの残骸が片付けられていくのを見ていると、ルオガンが機嫌よく尻尾で地面を叩きながらやって来た。


「やるじゃねぇか、坊!」


 そしてバシバシと背中とか肩を叩いてくる。


「痛いって」


 ルオガンの身長は二メートルを超えている。

 比例して手も大きいし力も強いから、痛いんだ。


「いつの間にそんなに強くなったんだよ! わっはっは!」

「そう思うなら坊呼びやめてくれよ」


 言ってみるのだけど、ルオガンは聞いてない。

 鼻から火を吹く勢いの大興奮で顔を近づけてくる。

 危ない。


「ようしっ! そんなら改めて勝負だ!」

「するんじゃないよ」

「がっ!」


 そんなルオガンが背後からキセルで殴ったのは、俺よりも小さな竜人だった。


「「「オババ様!」」」

「んなっ!」


 俺たちが声を揃えて驚いていると、激痛で頭を抱えたルオガンは慌てて背後に振り返り、そこにいる小さな竜神を見た。

 ルオガンのような爬虫類っぽい顔ではなく、人間の皺だらけの老婆のような顔をしたその方はオババ様と呼ばれている。

 竜まんじゅうの店主で、この辺りの竜人たちのまとめ役であり、商店街と呼ばれるこの通りの顔役でもある。

 とにかく偉い人だ。


「少しは落ち着きな。若造」

「いや、でもな、オババ様」

「あっ?」

「……なんでもないです」


 自然と正座になったルオガンがしょぼんとうなだれる。


「まったく」


 オババ様はキセルに新しい煙草を詰めて火を吹き入れる。

 成長した竜人はみんな、キセルを持っている。

 ちなみに詰められているのはマグマ草というもので、竜人にとって必要な栄養素を煙で吸い込んでいるのだそうだ。


「タケルや、随分と成長したようだね」

「あ、ありがとうございます」

「ふうむ。とはいえ、人と交わったか」

「え?」

「それがお前さんにとっての正道とはいえ、現在として正しいのかどうかは難しいところよな」

「あの、オババ様?」


 人と交わったと言った。

 どうして、俺がダンジョンに行ったことがわかるんだ?


「話は聞いておったよ。寝とるミコトさんを起こすんじゃと?」

「は、はい」

「茶を淹れてやるから、ゆっくり話を聞かせてみなさい。ルオガン、屋台をたたんでおきな」

「うへぇ〜い」


 オババ様が進んでいくのに、俺たちは大人しく従った。

 竜人族は、この街の一角を棲家としている。

 ここに入ると、他のモンスターの姿はほとんどない。

 他のモンスターたちとの交流の場として開かれているのはあの商店街だけで、ここに勝手に入ってくると、竜人たちよるキツいお仕置きを受けることになる。


 廃ビルの中に作られた家の中で、俺たちはお茶をもらい、事情を説明した。

 世話になっている学園の理事長選挙のこと。

 その理事長選挙に企みがあること。

 そしていまの副理事長が選挙を勝ってしまうと、後見してくれているジョン教授が学園を追われてしまうことになり、結果として俺も出ていくことになってしまう。

 それを防ぐために、選挙が始まる前に、倒れた理事長をなんとか起こさないといけない。


「なんですか、それ?」

「ざけんな」


 俺の話を聞いて、クトラとタレアが怒っている。


「私のタケルを邪険にするなど信じられませんね」

「あたしのタケルだけどな! タケル! もうそんなところに行かなくてもいいぞ!」

「そうです。ダンジョンになど行かなくても、こちらで暮らせばいいじゃないですか」

「そうだそうだ。こっちも十分に楽しいだろ」

「いままさに締め殺されそうになっているけどね」


 二人に左右から抱き付かれ、引っ張られ、息が辛いです。


「二人の言い分は間違っちゃいないね」


 キセルの煙をプカリと吐いて、オババ様が言った。


「連中がなにを言っていようと、奴らはもう地上の住人じゃないんだよ」


 シワの中から鋭い眼光を零して、そう言い切る。


「もうここにはワシらが居る。奴らがどんな夢を描こうと、戻って来たいなどと言えばその時にはわしらと争うことになる。わかっておるのか、タケルや」

「それは……オババ様、話が飛躍してるよ」

「飛躍しておるものか。未練があるから覗きに来る。そうじゃろう?」

「うっ」


 オババ様がなにを危惧しているのかわかって、宥めようとしたけれどできなかった。

 言い分が間違っているとは思えないからだ。

 彼らは呼吸できなくなった大気のことを気にしていた。

 それはつまり、呼吸できるようになれば戻れると思っているからではないのか?

 そしてその時にはどうなるのか?

 ……あまり、考えたくはなかった。


「見知らぬ集落との付き合いがどういうものか、お前はわかっておろう。綺麗事では済まんぞ」

「そうかもしれない」


 けど。

 いまは……。


「でも、俺はいま、あそこで学びたいんだ」


 術理力のこともそうだし、ダンジョンのこともそうだ。

 人間の作った文化もそうだ。

 スラーナの弾いた曲のこともある。

 自分と同じ人間のことを、俺はもっと知りたい。


「俺はもっと知りたい。だから、いま学園から追い出されるわけにはいかない」

「……ふむ、そうかい」


 オババ様は立ち上がると、奥へと消えていった。

 残された俺は気まずい雰囲気で待たされることになる。

 クトラとタレアも黙ってしまった。

 俺から離れたりはしないけど。


 それからすぐにオババ様は戻って来た。

 そして、俺の前に二つのものを置いた。

 二つとも、同じ大きさの竹皮の包みだ。


「一つはルオガンも約束した特製の竜まんじゅうだ。これなら寝ているミコトさんも起きるだろうね」

「あ、ありがとうございます」

「それと、こっちはわしの秘薬だ。これを飲ませれば、死人以外は飛び起きることになるだろうね」

「え?」

「選びな、タケル。どっちにする?」

「どっちって」

「……」


 オババ様は詳しくは語る気はないようだ。

 でも、言いたいことはなんとなくわかる。

 村に戻るか。

 それともこのままダンジョンに戻るか。

 そういう選択肢だ。

 どちらかを選べと、そう言っているのだ。


 薬があるならミコト様を無理に起こす必要はない。

 そもそも、なんとかできるというのは俺の勝手な推測で、もしかしたらそうじゃないかもしれない。

 ここにちゃんと治せる薬があるのなら、それを持って帰った方が確実なんじゃないか?

 そう考えてしまう。

 けれど。

 俺は竜まんじゅうを選んだ。


「ちゃんと、村に戻ります」


 竜まんじゅうの入った竹包みを引き寄せ、オババ様を見る。


「ミコト様に報告しないといけないし、なにも言わずに出て来ていますから、それを話さないといけないし」

「そうじゃな。ちゃんと話せ」

「はい」

「んっ」


 これで話は終わり、そう言わんばかりにオババ様はキセルを吸って煙を吐いた。



この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?