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35 ジャシン



 ジャシン。

 その単語に周囲にいた全員が反応した。


「チッ!」


 ルオガンも舌打ちしてそちらに向く。

 複数の廃ビルを跨いで巻き付くようにしているそれは、ヘドロ色をした肉塊をこねくり回したような、醜悪な形をしている。

 名前があるとすれば、『生命への憎悪』だ。

 柔らかな肉塊の中には目や鼻や口に歯に耳、毛や指や手や足、乳房などの生命体のパーツが無秩序に並んでいる。

 スライメールの女の子たちが逃げている。

 驚き慌てているせいで人間体を維持できずに這いずるように逃げているのだけれど、邪悪な偏見をすれば彼女たちの集合体がそれなのではないかと思えてくる。

 だが、ジャシンに彼女たちの淡い青やピンクなどのきれいな色などは存在しない。

 寮の食堂で食べたゼリーのような雰囲気のあるスライメールたちとは違い、ジャシンにはなに一つとして好意を抱く余地が存在しない。

 趣味嗜好の問題ではない。

 それは、命あるモノとして全てが、存在してはならないと感じる……そういうモノなのだ。


 ジャシンが再び吠える。

 全身を震わせる方向とともに伸び縮みする体躯のあちこちにある穴……鼻、口、目の涙腺、耳、穴という穴から黒緑に澱んだガスを噴き出させる。

 毒霧と呼ばれている。

 これが大気に残ると、人やモンスターは息をするのが辛くなり、その土地に居られなくなる。

 ジョン教授たちに話していないが、大気の汚染の根源はこれのはずだ。

 その土地を住めるようにするには、そこに住むジャシンを排除しないといけない。

 この街と近辺にいたジャシンたちはずっと前に倒した。


「奥地から巣立ちでもしてきたのでしょうか?」

「相変わらず迷惑な奴!」


 二人が嫌そうに顔をしかめる。

 ともあれ、ジャシンが出て来たとなったら、やることは一つだ。


「やろう」

「当たり前だ」


 応じると、ルオガンは屋台の蒸し器の中からまんじゅうを掴むと、一つを自分に、そして残りを俺たちに投げてよこした。

 一口大の大きさのそれを口に放り込み、咀嚼する。

 一噛みごとにほんのりとした甘さと共に、強烈な力が全身をめぐる。


 竜まんじゅう。


 竜人族が作る特別な製法で作るまんじゅうは、食せば特殊な力が漲る。

 力の作用はそれぞれだけれど、俺にとってはジャシンの撒く毒霧の中でも短時間ながら活動できるというものになる。


「いくぞ」


 クトラの出してくれた水で最後に飲み下していると、ルオガンが真っ先にジャシンに向かっていく。


「オラオラッ! 戦えない奴は道を開けろ!」


 鞘に入ったままの大太刀を振り回しながらルオガンが進むのだけれど、逃げる他のモンスターが邪魔になって進めていない。


「お先」

「あっ、テメェ!」


 俺たちは廃ビルの壁をかけていく。

 術理力を手に入れたことでできるようになったのだけど、クトラとタレアまでできるとは思わなかった。


「二人はほんとになにしてたのさ?」

「タケルがいなかったから」

「暇だったんで修行してた」

「修行」


 まるで俺がいない方が二人は強くなれると言われているようで、ちょっと傷付いた。


「タケルこそ、すごく強くなったね」

「いまなら、ミコト様ともいい勝負できるかも?」

「どうかな?」


 壁を走り、ジャシンに肉薄する。

 すでにメーズやゴーズの戦士が大剣や大斧を振り回して地上にあるジャシン部分を切り裂いている。

 切れば体液とともに毒霧が撒き散らされるから、苦しそうだ。

 他にも大角巨人が廃ビルの瓦礫を投げつけたり、アラクネが移動範囲を制限するために糸の壁を構築したりしている。


「二人、頼んだ!」

「はい!」

「おう!」


 クトラの生んだ水が局所的な雨となり、大気に拡散しようとする毒霧を落とす。

 同時にタレアも風を起こして、毒霧の拡散を防ぐ。

 結果としてジャシン周りの毒霧が濃くなったけれど、竜まんじゅうの力を信じて突っ込む。


「斬り落とす!」


 下で戦っているモンスターたちに声をかけ、廃ビルを駆け上がる。

 見えた一本の線に抜き放った刀を走らせる。


【居合術・山斬り】


 廃ビルの壁に張り付いていたジャシンの先端が落ちる。


「まだ!」


【居合術・木霊返し】


 振り上げた刀を縦に落とし、さらに肉塊の質量を減らした。

 落ちた肉塊は落下の衝撃で潰れている。

 まだ壁に残っている方は……断面から濃い毒霧を吐いていたかと思うと、ずるりと蠢いて、生体パーツを不揃いに並べた姿を取り戻す。

 再生……ではなく、失った部分が惜しくないだけだ。

 外面的な生命体のパーツを揃えているくせに、内臓的なものは一切存在しない。

 そこにあるのは生物の振りをしようとしてできないままに生物を憎む、おぞましい肉塊があるのみ。


「だああ! お前ばっか活躍してんじゃねぇ!」


 跳躍の勢いが終わり、廃ビルの壁に手を掛けていると、ルオガンの叫びが熱気とともにやってきた。

 ルオガンが、炎の推進力を利用して飛翔している。

 朱鞘から抜き放った大太刀が、新たにできた頭部を切り裂く。


「このまま千切りにして俺様たちの土地に入って来たことを後悔させてやる!」

「おう!」


 ジャシンは巨大で、その質量と毒霧は脅威だが、さまざまな種が集まるこの街にやって来たことは失敗だった。

 程なくして、ジャシンは全て切り刻まれ、毒霧は水と風で奥地へと押し流された。




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